
文化財の活用、立ちはだかる法律の狭間で解決方法を探る話。|建築リノベーションの現場より
法律って人間がつくるものですから「完全」なものにはなり得ないですよね。必ずどこかに「穴」がある。
雨漏りしているだろうところを塞いだら、今度は別のところから雨漏りしてきた、というような感じで、一つの抜け道を塞いだら別の穴ができてしまう、そんな存在だと思います。
日本各地で100棟以上の古民家のリノベーションに関わり、その内のいくつかが文化財だったことから、建築基準法と文化財保護法の狭間で、法律の運用や解釈について、さまざまな議論や調整を体験してきました。
今日はこの調整や体験について、少ない事例ではありますが記事にして、後輩たちに知見を共有したいと思います。
なお、リノベーションする建物の用途によっては、旅館業法や食品衛生法、水質汚濁防止法、消防法、バリアフリー法、などの様々な法律が絡んでくるので、その辺りの知識も欠かせません。勉強勉強!
消防法に関する解説記事は過去に書いていました。参考にどうぞ
と、本筋に行く前にまず、建築基準法と文化財保護法の「関係」について述べておきたいと思います。
建築基準法と文化財保護法、どっちが強いんだい?!
どっちなんだい!?
Youtube活動で自身の才能を開花せさた、人気者なかやまきんにくん。
彼が繰り出す素敵なビジネス笑顔は、同い年(S53年生まれ)の僕に希望をくれます。
、、、で、建築基準法と文化財保護法、どっちが強いんでしょうか?
それを知るために、まずはそれぞれの法律が何に重きを置いているのかを考えてみましょう。
建築基準法は、建物を利用する人々の安全を第一に考える法律。一方文化財保護法は、後世に残すべき建物(歴史)の保存を第一に考える法律です。
文字にして単純比較すると、人々の安全の方が上位にある気はしますが、人々の心の拠り所になりうる、文化的精神を守るという意味では文化財保護法も強そうです。
若者にとって国宝のお寺なんか興味ないかもしれませんが(なぜか歳をとると好きになる)、自分の推しがいなくなった世の中を想像してもらって、それが国宝がなくなることだよ、というと通じるかな。どやろ。
ここまで、建築基準法と文化財保護法をVS(バーサス)構造で書いてきました。
どっちが強いのか?と。
答えは「どっちも強い」になります。
「強い」というより「どっちも守らなければならない」が正解です。
それは当たり前でしょ?と読む前から思っていた方もおられるかと思いますが、その通りなんです。
しかし、なぜ当たり前のことをVS構造にして書いてきたかというと、文化財を利用する建築設計の現場では「どちらかの法律を優先せざるを得ない」状況が発生し、乗り越えなければならないことがあるからです。

路地の緩やかな曲がり角に建つお寺建築の2階から。
外壁に排煙用の開口部を設けなければならない。なのに、、
実例を元に解説しましょう。
ご紹介するのは、木造2階建て・延べ床面積約350㎡・築100年程度の古民家を旅館にするプロジェクトです。
延べ床面積が200㎡を超えているので、確認申請(用途変更)が必要です。
一方、この建物がある街区は「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されており、主に街並み保存の観点で塀や外壁などの改変が規制されます。
つまり確認申請=建築基準法と、街並みを保全する=文化財保護法、の二つの法律が同時にかかってくることになります。
本件で問題になったのは、住宅から旅館へ用途を変更する際、住宅のままだと問題なかった、排煙のための開口部の面積が足らないことでした。
なお、「住宅のままだと問題なかった」のは、建築基準法で住宅の用途の排煙面積が旅館よりも小さいから、という訳ではありません。
この建物が建設された時代には建築基準法が存在せず、よって排煙面積の規定もなかったので、現在も創建当時のまま存在する開口部の排煙面積が、後から作られた法律に合致していなかった、という話です。
後から作られた法律に合致していない部分はそのままで良いとするのは「既存不適格」という考え方になりますが、これはその建物を使用して新たに「確認申請」をする場合には適応されません。(※注 適応される箇所もありますが、この話はまた別の機会に)
よって、住宅から旅館に用途変更する際、これまでは問われなかった開口部の面積不足が「違法」となってしまうため、解決方法としては「開口部を大きく」すれば良いという結論になります。
「なんだ、簡単なことじゃないか」
と思われたかと思います。
窓をちょっと大きいものに取り替えれば済みますもんね。
でも、そうであればこの記事は無用の長物です。もちろん簡単ではありません。
ここで、文化財保護法における規制が登場します。
すでに「重要伝統的建造物群保存地区」に指定された地域内の建物は、街並み保存の観点で塀や外壁などの改変が規制されると述べました。
つまり、外壁も街並みの一部になるため、改変ができません。
よって、壁に新たに開口部を設けることはできない、という理解になります。
こう言われたら困りますよね?
建築基準法を守って建物を適法にするには外壁に面する窓を今より大きくしなければならない。
しかし、外観は現状維持が基本であるため改変してはならぬ。
むむむ。
どうしたら良いのか。
これが、法律同士の衝突であり、越えなければならない壁という訳です。
文化財や古い建物を扱っていると、このような事象が、居酒屋の常連のおっちゃんが「よぅ、今日も来てたんかい。調子はどうや?」と声をかけてくるくらいの気安さで発生するので、なかなか難しい仕事だと思うのですが、解決できた時の清々しさが脳内麻薬となってしまっているので、半ばジャンキーのように問題を楽しみにしていたりします(笑)
ほんで、どうやって解決したん?
最終的な手段は「天窓」を開けることでした。
重要伝統的建造物群保存地区で保全の対象になるのは、主に街並みです。
重伝建地区(略語)の街区を歩いていて見える建物の塀や外壁、屋根などが規制の対象なので、では「見えないところなら?」という議論をしました。
この建物は、屋根が流れる方向の壁面に出入口(玄関)がある、いわゆる「平入り」の切り妻屋根でした。

もうすぐ10年経つのか、、早い。
なので、出入口とは反対の面にある屋根の面は、歩いている人たちからは見えません。
つまり「街並み」という観点からすると天窓を新しく設けていても、見える景色が変わらないので、「影響しない」のでは?という理論です。
この理論が着地点となり、無事に排煙面積を確保することができました。
なお、最終着地までには次のような議論もありました。
「今は航空写真が安易に、すべての人が見ることができる。その際に、屋根に昔は存在しなかったものが設置されていると気づくことができる。よってNGである。」
確かに、見えると言われれば見えます。
この論法で返されてしまった時は、もう他に方法を思いつかず、八方塞がりでプロジェクトは頓挫か、と思いました。
しかし、何度か議論をするうちに、まぁこれは良しとしましょう、という結論を出してくださったので、プロジェクトは中止にならず、無事にオープンすることができました。
このような方法はおそらくこれまでに諸先輩のどなたかが実施して、実績があったのでしょう。
お役所というところは「前例」があればそれに倣ってくれる場合が多い。
もちろん前例がなくても、お互いの理論の落とし所に大きな問題がなければ、基本的には「前向きに進めて」くれます。

これくらいの解像度だったら、窓があるかどうかはわからないと言えそう?
事業主が土地・建物の購入や設計契約の前にやるべきこと
いかがでしたでしたか?
プロジェクトの特殊性は伝わったでしょうか。
こういったプロジェクトは、状況によってはプロジェクト自体が進められない無理ゲーである可能性を持っていると、お気づきの方がいらっしゃるかと思います。
なので、このような特殊性のあるプロジェクトにおいては「調査・企画」のフェーズと、実際の「設計・工事」のフェーズに大きく分けて考えた方が良いと思います。
また、土地と建物の購入が絡むのであれば「調査・企画」の結果次第で契約を破棄できる特約をつけた上で購入する方が無難でしょう。
買ったは良いが、何をやろうとしても違法にしかならない建物では、ただのお荷物を買っただけになってしまうからです。
土地と建物の購入までにかかるお金と時間は、一般的な物件よりも随分かかってしまいますが、無に帰してしまうよりはマシだと思いませんか?
調査・企画のフェーズで、建物の大まかな面積や利用方法を策定し、それをもとに、関連しそうな各種法律をチェック、必要に応じて窓口で議論をする。
それらの結果をもとに次のフェーズへ進めるかどうかを考える。
事業主の方には、そのようにしていただけたら幸いです。
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