企業の優位性やMOATについて書かれた名著「7 Powers」を読んでみた
Spotify CEO の Daniel Ek や Netflix創業者の Reed Hastings、著名投資家のピーター・ティールなどが推薦する、ハミルトン・ヘルマー著「7 Powers」はシリコンバレーを中心とするテック業界ではかなり有名なようですが、日本ではほとんど名前を聞いたことがありません。たぶん日本語版が発売になっていないことが大きな要因だと思いますが。
先日聞いた Podcast で紹介されていたので早速Amazonで探したところ、すぐ届く(読める)のはKindle版だけだったので、そちらを購入。
この本にはいわゆる Moat と呼ばれる、長期的な優位性に大きな影響を与える力(パワー)が分析・解説されています。
そしてヘルマー氏は「これらのパワーを獲得することが戦略(Strategy)であり、戦略とはいくつもの creative act(クリエイティブな行動)の集合だ」と語っています。
パワー(= Moat)も戦略も、Creativity と実際のアクションによってもたらされる、という感じでしょうか。
7 Powersでは各パワーを Benefits と Barriers という概念で分析しています。
Benefits はそのパワーがもたらす恩恵や優位性を示し、Barriers はその名の通りそのパワーがもたらす(他社に対する)障壁を指します。
ヘルマー氏はさらにこれらを Superiority, Significance, Sustainability の"3つのS"で説明することもあるそうで、その場合は Benefits が Superiority とSignificance、Barriers が Sustainability によって説明されます。
Benefits よりも Barriers の方が希少であり重要で、Barriers こそが Moats の本質と言えるようにも思えます。
ヘルマー氏は(明確さがなくても)できるだけ早い段階でこの Barriers について検討したり戦略を考えるべきと語っています。
ではここで本に出てくる 7 Powers をざっくり説明します。
Scale Economies
スケールエコノミーは規模の経済により、一人や1個当たりにかかるコスト(ユニットコスト)を下げることができる性質を持ちます。
例:
* NetflixやSpotifyなどに見られる、契約者数による優位性
* ウォルマートやAmazon
Network Economies
ネットワークエコノミー(ネットワーク効果)は、(あるユーザーに対する)プロダクトの価値が他のユーザーも同じプロダクトを使うことによって高まることです。
ソーシャルメディアなどの Winner-take-all な市場の場合は、このネットワークエコノミーが非常に重要になるため、いかに多くのユーザーを早く獲得するかが勝負になる傾向にあります。
例:
* Googleの検索エンジンの精度
* FacebookやTwitterなどのソーシャルメディア
Switching Cost
スイッチングコストはその名の通り、一度導入したり使い始めると、他社の類似商品/サービスへの乗り換えが(様々な理由から)困難になる性質を持ちます。
スイッチングコストはFinancial、Procedural、Relationalの3種類があると7 Powersには書かれています。
Financialは他のプロダクトにスイッチするのに経済的に大きなコストが発生するもの。Proceduralは、例えばスタッフがある程度の時間をかけて使い方を習得した場合など、プロセスや慣れに関係するもの。Relationalはサービスプロバイダーのスタッフ(例えば営業担当)などとの交流を通して培われた友好関係に因果するものです。
例:
* オラクルやSAPなどの大規模なエンタープライズソフトウェア
Branding
安心感を与え、同じ価格あるいは価格が高くてもそのブランドを選ぶ心理的なパワーを持つのがブランディングです。
長い年月をかけて築き上げられたブランド力そのものがBarrierで、これにより他社よりも高いPricing powerというBenefitがもたらされます。
Dollar Shave ClubやWarby Parkerのように比較的短時間でDtoCとしてのブランディングを確立させた企業もあるものの、一般的には獲得にはかなり時間がかかるパワーです。
例:
* エルメスのバッグや、ティファニーのジュエリー
Counter-positioning
カウンターポジショニングは、そのマーケットに新しく、より優れたビジネスモデルを持って参入する企業を、競合(通常は大企業)は簡単に真似できないことから発生するパワーです。
尚、「より優れた」ビジネスモデルだったことは後から証明されることが多いように思います。
ここで重要なのは、なぜ競合の大企業は簡単に真似をできないか、です。
複数の要因がありますが、ひとつは今まで行ってきた既存のビジネスモデルよりも絶対に優れているという確実なアップサイドが(その時点では)わからないにもかかわらず、確実にダウンサイドは発生することが目に見えていることです。そしてその不確実なアップサイドを分析したりしているうちに、手遅れになって市場を奪われてしまう、という結果になります。
新しいビジネスモデルに対抗したり真似てシフトする場合のコストや、その他のダウンサイドで決定が遅れることによって結果的に競争に負けてしまう、というイメージです。
著名なクリステンセンのイノベーションのジレンマに近いものを個人的には感じました。
プロダクト優位性の例:
* バンガード(資産運用会社)による投資信託市場へのインデックスファンドの導入
* ハードウェアとしての携帯を作っていたNokiaと、ハードウェアにソフトウェアを統合したiPhoneを作ったApple
ディストリビューション優位性の例:
* ケーブルカンパニーのHBOに対するNetflixのインターネットを介したコンテンツのディストリビューション
* Compaqなどの代理店販売に頼ったパソコン販売と、Dellの顧客への直接販売モデル
個人的にはテスラに代表される電気自動車と、トヨタなどの従来のガソリン車も近い将来この一例になってしまうような気がします。
Process Power
プロセスパワーは、製造など処理の工程が伴う場合に、長年の改善の積み重ねによりアウトプットされるもののクオリティーが高まるものの中でも、特に他社が容易に真似できないことに起因するパワーです。
どうしたら真似できるかを容易に説明できなかったり簡単に実行できないケース、仮にコンサルティング会社を雇って数年かけても同じことができないようなケースを例に挙げています。
例:
* トヨタの自動車製造工程
Cornered Resource
それ自体に価値を高める能力が備わっている貴重なアセットに、魅力的な条件でアクセスできることがCornered Resourceです。
これは7 Powersの中でもProcess Powerと同様かなり珍しいパワーで、個人的にはやや理解が難しいと感じました。
例:
* ピクサーのジョン・ラセター、エドウィン・キャットマル、スティーブ・ジョブズの3人のブレイン
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