第64話「虚構」 #死闘ジュクゴニア
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<前回>
ひとりの男がエシュタたちの眼前に降り立つ。その男の体は灼熱している。そして、その体には刻まれている! それは!
超 新 星 爆 発 !!
「バカなッ!?」アガラは吠えるように叫んでいた。想像を絶する、圧倒的なジュクゴ力がその眼前には存在していた!
「あっははははは! 楽しいなぁ! いよいよだ! お祭り! 祝祭の始まりだぁッ! あはは!」
ピエリッタは狂ったように嗤っている。その瞳に不気味な輝きが宿り、そして、その輝きは禍々しき二字のジュクゴを刻んでいく!
☆
それは、神話的な光景だった。ミリシャを中心に、輝きとともに浮遊しているのはフシト、そしてハンカール。
「あぁぁあぁ……」
悶えるようなミリシャの呻き。ハンカールは微笑み、フシトに語りかけた。「御身は人を超越しました。しかし……」
「くくく……なんだ」そう応えたフシトの指先からは糸のように光が伸び、それはミリシャの脳天を貫いている。まるで粘土をこねるように、その手を動かす。するとガクリと、壊れた人形のようにミリシャの首が傾く。その体から発せられている赤き血のごとき濁流が、その動作に合わせるようにして不気味に蠢く。
「くくく……理解したぞ。たやすい。実にたやすい。世界を創ることなど、今の余にとってはどうということもない」
「しかし、それでも。御身は世界そのものではない」ハンカールの言葉にフシトは眉をしかめた。「……それは、どういう意味だ」
「御身でも、創世の重みに耐えきることはできない……そういうことです」
「なんだと?」
「世界とは無限の情報……そのすべてを引き受けることは、御身であっても不可能です」
「くく……ではどうしろと?」
ハンカールは悶え苦しむミリシャを一瞥し、再びフシトに視線を戻した。その微笑みに宿るのは、どこか、非人間的な冷たさだった。
「世界を、御身が想像できる範囲に留めるのです」
「ほう?」
「無限を、有限へとお変えください」
フシトは目をつむる。その瞼の裏に、生まれ育った島国の情景が浮かびあがった。「くく……」フシトは目を開く。「決めたぞ。もはや懐かしさなど感じはせんが……余の故郷である日本。新しき世は、その程度の大きさで良かろう。どうだ? ハンカール」
ハンカールは目を細めた。「いいでしょう。そして御覧ください」右手を広げるようにしてフシトに世界を示す。「今あるこの世界に、すでに必要となる素材は溢れています」
「くく……すべてを新しく作るのではなく、今あるものを、この世界を流用せよと? つまりは扱う情報量は限りなく少なくせよ……そういうことだな?」「その通りです……しかし、ここまでやっても、創世はまだ不可能です」
「解せぬ」フシトはめんどくさげにため息をついた。「まだ何か必要なのか?」「はい」ハンカールは静かに告げた。
「……極限概念」
摩訶不思議の光に照らし出され、その瞬間、フシトは幻視していた! 先に見た己の根源、天上天下唯我独尊の灼熱の光。その周囲に煌めく十三の輝きを! それらは極限の光を放っている! それらは極限のジュクゴである!
最強! 無敵! 必殺! 極悪! 無双! 常勝! 蓋世! 永劫! 自在! 滅亡! 虚無! 六道! そして……不屈!
「おおぉぉぉ……!」フシトは唸るように吠えた。凄まじき力! ハンカールはその手を……摩訶不思議の輝きを高く掲げた。
「これより、あれらをこの世界に降ろします」
「くくくく……ははははは!」フシトは心底楽しげに笑った。
「理解した……余は理解したぞ、ハンカール! あれらを顕現させる……その時生じた力を用い、新しき世界を成せば良いッ! そういうことだなッ」
「ご明察でございます」「くくく……良かろう……ッ!」
ハンカールの掲げた右腕から、極彩色の輝きが拡がっていく。その輝きの彼方──因果地平の向こうから、それは轟きをあげてやってきた。まず最初に出現した輝き、それは……。
ハガネ。
幼きハガネの姿を象った輝き……さらにはバガン! 続いて、名も知らぬ十一人の少年少女たち。それは輝ける神秘。それは極限の凝縮そのもの。彼らは天を覆う軌跡を描きながら、フシトの元へと飛んだ!
「くくく……来い! 余のもとへ! 余が汝らに肉体を、そして生きていくための世界を与えてやろうではないかッ!」
直後、少年少女たちの輝きはフシトの身体を貫いた。
「くく……ははははははッ!」
天上天下唯我独尊の八字が、荘厳極まる輝きを放つ。フシトは目を見開き、大笑した。その指先に力がこもる。「ああああ」ミリシャが白目を剝き、壊れたように体を揺らした。赤き奔流がフシトの放つ絶対の輝きと混じりあい、極光のように世界を覆っていく。世界五分前仮説と天上天下唯我独尊を称える超自然の声が湧きあがり、聖なる歌と化して世界を揺るがした。
「祝え! 新しき世であるッ!」
次の瞬間! 世界は歪んだ。唸りをたて、渦を巻くように。大地が鳴動し、空を飛んだ。すべてが寄り集まり、撹拌され──そして圧縮された。人々はなにが起きたのかを理解できなかった。ただ、無残にも圧倒され、歪みに巻き込まれ、捻れ、捩れ、縮み、そして潰れていった。
フシトは超感覚でその様を見渡していた。人々の叫びを、その嗚咽を、慟哭を聞いた。
「良い……良いぞ! これが超越者としての愉悦……!」
ハンカールはその様を表情ひとつ変えずに見つめている。力が渦巻く!
「くくく……新しき世はジュクゴ使いによって統治する。選ばれし者の世界である! 故に……小賢しき文明など無用!」
フシトは高らかに笑った。その笑いとともに、世界に残された文明の利器は、悉くガラクタと化した。
──かくして、世界は成った。
「くくく……余は清々しいぞ……ハンカール」
満足げに笑うフシトの身体から、十三の輝きが離れていく。轟き、光の軌跡を残しながら、十三の極限は新しき世界へと散っていった。
フシトは冷淡に呟いた。
「くく……これは、もういらんな」
まるでぼろ布のように、ミリシャは大地へと打ち捨てられた。その表情は、瞳孔が開いたままで固まっている──。
その上空。紺碧の空を十三の輝きが飛んでいく。
そのひとつ。少年の姿を象った輝きが、青梅と呼ばれる小さな村へと落ちた。そして。それは受肉し──ハガネとなった。
「うッ」
世界が揺らいでいく。ゴウンゴウンという耳鳴りとともに、覚醒し、世界が鮮明になっていく感覚。ハガネは再び、ジンヤの内部に己の姿を見出していた。
「くくく……現在に戻ってきたぞ。気分はどうだ、ハガネ」
その眼前。絶対の輝きを放ち、中空から傲岸に見下ろすのはフシト! その下で、冷たい微笑みをたたえながら佇むのはハンカールであった。その背後ではアルビノ風の少年がおずおずと、隠れるようにしてハガネのことを見つめている。
「……ふざけるなッ」
ハガネはこぶしを握り締めた。ハガネは打ち震えていた。体の中で、沸騰するものを感じていた。「ふざけるな……お前たち……ふざけるな……ッ!」それは怒りであった。それは慟哭であった! ハガネは叫んでいた。
「あれは……崩壊の日は……お前たちが……ッ!」
「いかにも。余だ……余があれを為した!」
「死んだぞ……人が大勢……死んだぞッ!」
「くくく……そうとも。だが汝も見たであろう……世界は滅びの淵にあったのだ。余は世界を救ったのだぞ? 感謝されこそすれ、憎まれる謂れなどなし。そしてそれが無くば、汝もまた生まれてはいなかったのだ、くく、ハガネ」
「黙れ!」
「くだらないまやかしだ……」ハガネはフシトを見据える。
「俺は……青梅で生まれ、育てられた。そして六歳の時に崩壊の日に遭遇した……この目で見たぞ……あの地獄を。それは嘘偽りのない、真実の体験だ。お前らが見せつけた、あのくだらない幻とは違う。お前らが見せた俺の姿……あのくだらない輝きは、決して現実ではない!」
「く……くくくく……」フシトは笑いをこらえていた。「くく……」そして、こらえきれんとばかりに吹き出した。「哀れ! 実に哀れ! ははは……ははははははは!」
「ふふ……」ハンカールもまた、憐れむような目でハガネを見た。
「それは違うのだ、ハガネ。残念だが、君は思い違いをしている」
☆
「あっははははは!」
それはまるで、陽炎のようだった。朧に揺らぐピエリッタの輪郭。狂ったように嗤うその瞳には、不気味な明滅が宿っている。
「貴様……ッ……貴様ァ!」アガラにとって、ピエリッタの背信は明らかだった。アガラは激昂した。「許さんぞ……貴様……ッ! きさ…………ぐはぁッ!?」
それは灼熱の拳であった! アガラの顔面は凄まじい力で打ち抜かれていた。超新星爆発。圧倒的な力の波涛とともに、信じられぬ速度で男はアガラの眼前へと迫っていた。その拳は閃光を放ち、無敵の障壁をも、いとも容易く貫いていた!
(バカなっ……!?)身を捩じらせ宙を舞う最中、アガラは見た。まるで燃え上がるような、男の獰猛な顔を。
(あれは……笑っているのか……?)
痛みの中で、アガラは冷静さを取り戻していく。迂闊にも右腕を失い、そして今、ピエリッタの背信にあった。さらには尋常ならざるジュクゴ使いの軍団……灼熱の拳……あまりにもバカバカしかった。あまりにもバカバカしくて、アガラの口角は笑みとともに上がっていった。「ふんっ……」
アガラは宙で身を捻り、静かに着地を決めた。吐き捨てるように呟く。「くだらんな」アガラの瞳は燃えていた。アガラの失われた右腕の切断面。そこから稲妻のごときジュクゴが迸っていく! それは、獣のような巨大な腕(かいな)を形成していった──それこそは!
天 下 無 敵 !
「ふっ。認めよう。俺は腕を失い、動揺していたようだ。だが……」
アガラは周囲を見渡した。そして、値踏みするように超新星爆発の男を見た。男は獰猛な笑みを浮かべてそれに応えた。「ふん」鼻から垂れる血を舐める。その瞳に輝く無敵の二字が、弾けるように、炎を纏うがごとく輝いていく!
「俺は無敵だ。この程度のこけおどしなど……物の数ではないッ!」
天下無敵の腕をピエリッタへと突きつける。
「今ならばまだ許してやろう……。俺を"王にする"と言ったお前の言葉。嘘偽りなく、履行してみせるならばな……ピエリッタ!」
「あはは?」
ピエリッタの狂ったような嗤いが……止まった。
「あはは……王に……する……?」
ピエリッタは手で顔を覆った。「ぷぷぷ……」俯き、震えるように笑いをこらえている。その輪郭は、ますます朧になっていた。「なんだ……?」ジリと後退しつつ、エシュタは刀を握り締めていた。軍団の放つ圧倒的なジュクゴ力が凪いでいる。辺りを支配しているのは、不気味な静寂だった。
「ぷぷ……あのさぁ」
ピエリッタは……女は、顔を上げた!
「あたし、そんなこと言いましたっけぇ~?」
「!?」
アガラは目を見開いた。見知らぬ顔が、そこにはあった。血の気のない薄ら笑いを貼りつけた、10代半ばの少女。その瞳には暗く浮かんでいる。不快で、不気味で、底の知れない、暗黒の二字。それは──
虚 構
【第65話「嘘と偽りと真実と」に続く!】