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人類救済学園 第壱話「嵐を呼ぶ少年」 ⅱ

前回

ⅱ.

 白く輝く堂々たる回廊だった。白亜の列柱。白よりもなお白い天井。そして、どこか薄く青みがかった床。その輝きのなかを、夢殿救世はまっすぐに歩んでいく。鳳凰丸は、その後ろにつき従うように歩いていた。

「え。そうなんだ?」

 と、鳳凰丸は素っ頓狂な声をあげた。

「ああそうだとも、普通はな。学園に入学した直後は、パニックを起こすものなのだ……見当識に異常がみられ、目の焦点はあわず、場合によっては叫び、暴れだす。記憶だって混濁する。入学とは、尋常なできごとではないからな」

 救世は立ち止まり、振りかえった。その顔には笑みがたたえられていた。

「だから、貴様は見事だ」

 鳳凰丸の肩に手を置く。

「貴様のようなやつは、俺の知るかぎり本学園はじまって以来だ。ゆえに……貴様は尊敬に値するぞ、平等院鳳凰丸」

「んー。なんだかよくわからんけど……」

 鳳凰丸も笑みを浮かべた。

「とりあえず、あんがとね」

「フン……」

 救世は鼻を鳴らした。

「鳳凰丸、貴様はおもしろいやつだな……奇妙だが」

 回廊の輝きが眩しくて、鳳凰丸は思わず目を細めた。輝きのなかを再び歩きだした救世の後ろ姿は気品があり、優雅さと勇壮さを兼ねそろえている。その後ろ姿を眺めながら、鳳凰丸は細めていた目を「あ……?」と、大きく丸く広げた。

「ツーブロックだ!」

 目覚めたばかりということもあって、さっきまでは気づいていなかったのだ! 救世のこめかみから後頭部にかけて、アウトラインがツーブロックに刈りあげられている。右耳には、さりげない金のピアスだ。

 鳳凰丸は口に手をあてて、くすくすと笑った。

「君、案外おしゃれなんだね」

「なんだ?」と救世が振りかえる。
「んーん、なんでもないよ」と笑みを噛み殺して鳳凰丸。

 二人はやがて回廊を抜けた。景色が開けて風が吹き抜けていく。二人の髪が涼しく揺れる。

「うわあ……」

 鳳凰丸は歓声をあげた。救世と鳳凰丸は、テラス状の建造物の上に出ていた。そこから見える景色は、あまりにも美しかった。

 空は青く、青く。溺れるような瑠璃色に染まっている。地平の向こうには勇壮な山並み。空の下、鳳凰丸たちの真下に広がるのは、緑豊かな校庭だ。そしてその向こうには……壮麗な、伽藍のごとき超高層建築が煌めいている。

 その中心は、丸みを帯びた巨大な尖塔だった。「高っ……」鳳凰丸は思わず呟いていた。遥か高くまでのびた頂きには雲が漂っている。そして塔のなかほどからは、同心円状にピラミッドを思わせる階層構造が広がっていた。その階層ひとつひとつが巨大であり、細かい窓があり、そして窓はキラキラと、まばゆい光を反射している。建物全体が、さきの回廊の床にも似た、どこか青みがかった白に染まっていて、どこか神聖で、畏怖すら感じさせる美しさだった。

「あの、あのさ、救世くん!」
「なんだ」

 鳳凰丸はぶんぶんと腕を広げた。

「これ、全部が学園!?」
「そうだ」
「じゃあ、じゃあ、あのでっかいのが校舎!?」
「ああ、そうだな」
「ううー」

 鳳凰丸は、うめいた。

「おおお……マジか……マジですか……」
「ふふふ、驚くだろう、そうだろう」
「すご……」

 救世は自慢げにうなずく。その横で「おやっ?」鳳凰丸は手のひらをひさしのように額にそえて、空を見あげた。

 その見あげる先。尖塔のさらに、さらに、さらに上。雲間の向こうに、輝きを放つ謎めいた球体が見えた。太陽ではなかった。その放つ光は一定のリズムを持っていて、まるでさざ波のように静かに広がっていく。神秘的で、鋭くも優しい、慈愛を感じさせる光だった。

「なんじゃあれはっ!?」
「講堂だ」

 救世はそう言うと鳳凰丸の前に進み出た。鳳凰丸はきょとんとその姿を見つめる。救世はテラスの端に立った。静かに息を吸いこむ。そして、唐突にうたいだした。

 光の風そよぎ 緑の葉はそよぎ
 そびえたつ 我らの校舎
 照らす明かり ここに証し
 煌めくは 天空の講堂
 友よ 人を救え 救え人を
 人類の希望
 我ら 人類救済学園

 堂々とした、朗々とした歌声だった。歌声は風に乗り、広がるように景色のなかに溶けこんでいく。鳳凰丸はポカンと口を開けていた。救世はうたい終わると、振りかえり、鳳凰丸を見た。鳳凰丸は食いつき気味に尋ねる。

「いまのなに!?」
「校歌だ」

 救世はどこか、誇らしげだった。

「あの講堂は……校歌にもうたわれているように特別な場所なのだ。あそこに入れるのは、生徒総会や卒業式、そういった特別な行事の時のみであり……」

 鳳凰丸は、そこにかぶせ気味に声をあげる。

「君……歌うまいね!」

 救世は説明をやめた。すこし微笑んだように見えた。
 鳳凰丸は腕を組んで、満足げにうなずく。

「なるほどなぁ、あれが講堂かあ……あそこに入れるとか、すっげえなあ。マジで感動したぜ……」

「……おい。ちょっと待て」

 救世は、軽く咎めるように言った。

「よくよく考えてみれば、奇妙な話だぞ。鳳凰丸」

 鳳凰丸はきょとんと救世を見かえした。

「え、なにが」

「フン。なにが、ではない、鳳凰丸。俺をからかうのもいい加減にしろ。貴様の状態から察するに、間違いなくあれらの記憶もあるはずだ。そうだろう? 校歌だって知っていないとおかしい。違うか?」

 鳳凰丸は屈託なくこたえた。

「うん、そうだね」

 すべて憶えているともさ。でもさ、と鳳凰丸は続けた。

「やっぱ実物に触れると感動すんだよね。僕はさ、なんか嬉しいんだよ。肉体がある。形があって、色がある。重さがある。風が吹き、髪を揺らす。隣には語りあえる人がいる。いいね、実にいい。世界には時間があって、時は静かに刻まれていく。僕らは少しずつ時を重ね、そしていずれ、すべては最期を迎えるのだ……」

 だからさ。

「一秒一秒を、全力で楽しみたいじゃん?」

 鳳凰丸は満面の笑みとともに、それを一息で言い切った。そして直後、目を丸くした。

「……うわ、どうしたの?」

 救世はうつむき肩を震わせている。「え、なになに?」と、鳳凰丸が声をかけるのと同時。救世は顔をあげ、呵呵と笑いだした。

「ははは! 貴様、やはりおもしろいやつだ!」

「えっと、なんかありがとう……」

 救世はひとしきり笑うと、目にたまった涙をこすりながら鳳凰丸を見た。

「そろそろ、話しておかねばならんな。貴様の今日の予定だが……」

「はい」

「実は、生徒会長との顔あわせを残すのみなのだ。それで終わりだ。もともと、転入時のパニックを想定して予定を組んでいたからな……」

「……はあ」

 鳳凰丸は気のない返事をした。救世は続けた。

「ゆえに、いささか時間に余裕がある。だから俺が手ずから、学園を案内してやろう。光栄に思うがいい」

「え!」

 鳳凰丸は目を輝かせた。

「マジすか!」
「マジだ」
「副会長って偉い人だよね!?」
「まあ、そうだな」
「忙しい、んじゃないの……?」
「フン。貴様が気にする必要はない」

 おおお、と鳳凰丸はうめいた。

「救世くん、君って……」

 鳳凰丸は救世に抱きついた。

「すごくいいやつ!」
「わ、バカ、ひっつくな!」

ⅲに続く

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