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人類救済学園 第参話「VS.鏡鹿苑!」 outro

前回

 outro.

 黒と緋色、闇と輝き。
 空に鮮烈なる十字が刻まれていた。

 その光景を、人類救済学園の生徒たちは見た。それは畏怖すらおこさせる光景だった。

 立てつづけに起こる異変──

 嵐、生徒会長の逮捕、緊急生徒総会の開催告知。そして今、空に現れた、この異様な光景。

 一連の出来事は、なにかの終わりを……終末の予感すら感じさせるものだった。不吉だった。そして実際、一部の生徒たちは気がついていた。己に権能を振るっていた生徒会役員が……庶務と書記、疎水南禅と八葉蓮寂光が、ともに退学していったのだ、という事実に。

 そして学園の端。
 薄暗い風紀牢獄のなかで。

「…………」

 寝台に横たわり、頬づえをつき、金堂盧舎那は見つめていた。半地下の牢獄のうえ、鉄格子がはめられた小窓の向こう。そこから漏れる薄明かりを、彼は、ただ静かに見つめていた。

 盧舎那には外の光景は見えてはいない。しかしその偉丈夫は……なにかを悟り、そのうえで表情を変えず、声も漏らさず、小窓の薄明かりを見つめていた。ただ、静かに見つめていた──。

 彼女の体を、黒と緋色、ふたすじの軌跡が通りすぎていった。鏡鹿苑は声なき絶叫をあげる。その手と足が強ばったように大の字状に突っぱられ……直後、荊のドレスが砕け散った。

 胸からは十字形の鮮血が吹きだし、そして時が静止したような刹那の間を経て、だらり、とその手と足は降ろされた。直後、鏡鹿苑は落ちていく。

「……チッ」

 宙で身をひねり、滑空しながら、夢殿救世は軽く舌打ちをしていた。落ちゆく鹿苑は、いまだ退学をしていない。そしてその向こうで……力なく落下していくのは鳳凰丸だ。

 鳳凰丸は頭から落ちながら、自らと同じように落ちゆく鹿苑の姿を見ていた。鹿苑から流れる鮮血がひとすじ、紅の軌跡を描いている。

 よかった、彼女は退学していない……と、鳳凰丸は思った。そして……このまま落ちたら自分もただではすまないな……打ちどころが悪ければ、ひょっとしたら……そんなことを考えていた。

 大地が近づいてくる。鳳凰丸は受け身をとろうとする。しかし、その体に力は残されていない。目をつむる。そして運に身を委ねる……。

 ふわり、とその体が支えられた。

「……?」

 鳳凰丸は目をひらく。櫻坊の顔が見えた。無表情で、まばたきすらしない、機械のような櫻坊が、鳳凰丸の体を受けとめていた。櫻はそのまま、バキバキと全身の骨を折りながら、鳳凰丸のクッションになるように潰れていく。そして、鳳凰丸は落下のダメージを一切負わずに、地面へと転げ落ちた。

「櫻坊くん……ッ!」

 転げながら、鳳凰丸はうめく。腕を地面に叩きつけるようにして回転を止める。顔をあげ、櫻を見る。ぐちゃぐちゃに折れ曲がった櫻の胸もとで、血濡れのアミュレットが瞬いていた。アミュレットは優しげに告げた。

『大丈夫です。彼は退学していません。ギリギリ、なんとかなりましたね』

「なんとか……なっただって……?」

 鳳凰丸は震える声で言った。その視線の先で、櫻は血だまりに沈み、微動だにしていない。怒りに顔が歪んでいく。それを制するように、アミュレットは……半跏思惟中宮は言った。

『この件はあとにしましょう。まだ、終わっていないのですから』

 夢殿救世は刀を手に、静かに歩んでいく。その見つめる先では、鏡鹿苑がなにごとかをうめきながら、血だまりのなかでもがいている。

 救世はその傍らに立った。そして鋭い眼光で見おろしながら、

「なにか、言い残すことはあるか」

 と、冷たく言い放った。

 鹿苑は鬼のような形相で、その顔はなかば血のなかに沈んでいる。深紅の目がぎょろり、と動き救世を見あげる。震える指がゆっくりと持ちあげられ、救世を指さした。その口の端が嗤ったかのように歪む。ぱくぱくと動きだす。声はでない。しかし救世は唇の動きから、それを読み取っていく。

 呪われろ。

「……そうか」

 救世は左手を前に、それに沿わせるように右手に持つ刀をかかげた。その切っ先は鹿苑に向けられている。刺突の構え。静かに、染み渡るように、その体に、そして刀に力が行き渡っていく。

「さらばだ」

 刀は振りおろされる

 ……はずだった。

「……なんの真似だ、鳳凰丸」

 刀は振りおろされなかった。救世の右腕を、弱々しくつかむ手があった。鳳凰丸だ。鳳凰丸は苦痛に顔を歪め、息もたえだえになりながらも言った。

「ダメだ……嫌だ……退学なんて……」

「…………」

 救世は無言のまま、鳳凰丸を一瞥する。その腕を握る鳳凰丸の手に、徐々に力がこめられていく。救世を見つめるその瞳に、静かな光が宿りはじめる。握る力が強まっていく。

「僕は、嫌だ」

 鳳凰丸はもう一度、そう言った。

「…………」

 救世は鳳凰丸を横目で見つめていた。鳳凰丸はじっと、その目を見つめかえす。やがて救世の腕の力が抜け……ふん、と息を吐き……鳳凰丸の顔がぱあっと明るくなり……救世は「……よかろう」とその腕をおろした。

「よかったぁ……」

 鳳凰丸は、力なく、血だまりにぺたんと腰をおとした。そして、

「よし……ッ」

「……?」

 怪訝そうに救世が見つめる先で、鹿苑の傍らへと這うように近づいていく。

「おい」

 と救世は呼び止める。鳳凰丸はそれを無視して、もはや身じろぎすらしなくなった鹿苑の腕をとった。身を起こしながら、その腕を肩に回す。そして鹿苑の腰に手を回すと、持ちあげようとして立ちあがり……もつれるように倒れた。

「なにをしている、鳳凰丸」

「なにって……」

 血だまりのなかでぜいぜいと息を切らせながら、鳳凰丸は言った。

「保健室に連れていく……決まってるじゃないか」

「正気か」

「正気だよ……だから」

 鳳凰丸は血だまりに突っ伏したまま、困ったような笑みを浮かべて救世を見た。

「ねぇ、救世くん……なんとかして」

 救世は驚いた猫のように、一瞬目を見開いた。

「……正気か、貴様」

 鳳凰丸は

「うん」

 と、血だまりに突っ伏したまま、うなずいてみせた。救世は納刀すると、あごに手をあて、じっくりと鳳凰丸の顔を見つめる。鳳凰丸はそれに笑みで返す。

 やがて……ふぅ、とため息の音。そして「よかろう」と救世の声。「やった……!」と鳳凰丸。救世は身を屈めると、並んで倒れる鳳凰丸と鹿苑の体に右腕を差しこんだ。

「うわ……」

 と、鳳凰丸は声をあげる。救世のスリムな体からは想像できない膂力だった。救世は二人を右腕だけで軽々持ちあげると、その右肩に担いだ。

 ああ……。

 救世は制服を血濡れにするのも躊躇せず、自分の願いを聞いてくれたのだ。鳳凰丸はその肩の上で、救世の力強さを感じていた。そして……ともに担がれた鏡鹿苑の柔らかさを、体温を、鼓動を、かすかな息づかいを感じ……安心したように目をつむった。

『あの、すみません』

「む……」

 救世は片眉をあげ、声のもとを見た。そこには人形のように崩れ落ちた肉体と、その上で瞬くアミュレットがあった。

『彼も保健室に。お願いしたいのです』

 救世は眉根をよせた。
 右肩から、鳳凰丸が懇願する。

「救世くん、頼むよ……お願い」

「鳳凰丸、貴様は……」

 と救世は言いかけ、再びため息をついた。そして櫻のもとに歩みより……今度はその左肩に担ぎあげる。アミュレットが瞬いた。

『感謝します』

 鳳凰丸は……

「やっぱり、救世くんはいいやつだ」

 そう満面の笑顔で呟くと、直後、力尽きたように気絶した。

第肆話に続く

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