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エピローグ「修羅のジョウド」 #死闘ジュクゴニア
山上を悍馬のごとく風が駆け抜けていく。ぼろぼろのマントが、そして黄金色の長髪がなびいている。青年は、眼下に広がる盆地を見下ろすように立っている。
荒れ狂う風は予感させる。
波乱、そして戦乱を。
荒涼とした山並みに囲まれた盆地。そこはかつて、壮大なる戦いが繰り広げられた調布の遥か北西。奥多摩と呼ばれる秘境を越えた、さらにその先にある。人々はこの地をこう呼んでいる。畏れとともに──秩父盆地と。
秩父盆地! そこは今まさに、世界に災厄をもたらす蟲毒と化そうとしている!
「…………」
ピクリと、青年の眉が動いた。その眉の下──青年の両眼は潰れ、痛ましい傷跡が残されている。奇妙なことに、その傷跡にはうっすらとした光が浮かび上がっていた。
それは、ジュクゴだ。そこに浮かび上がる二字……それは極限の二字。
最強。
青年は……最強のバガンは口を開き、呟いた。
「奴だ……奴の気配を感じる……」
その手を、握りしめる。
☆
神話は物語る。
創世の昔……無の中に、霊妙なる言葉が発せられた。そして世界は生じた。その始原の言葉、その断片……それこそが、ジュクゴ(熟語)なのだと。
運命に選ばれし者にジュクゴが顕現する時、その体にはジュクゴの文字が浮かび上がる。彼らは時に英雄として、時には悪逆非道の独裁者として、歴史の中で、超常の力を振るってきた。
ジュクゴを使う者──彼らは、ジュクゴ使いと呼ばれている。
☆
暗雲漂う秩父盆地の荒野。
一人の少女が疾走している。
豹のようなしなやかな動き。切り揃えられた紅髪が、紅い軌跡を描くようになびいている。まっすぐに見据えるその視線の先。ひしめくのは野盗のごとき集団である!
殴殺、野蛮、放火、忍者、略奪……
それはあまりにも禍々しい集団だった。その一人一人が、その身におぞましいジュクゴを刻みつけている。……そう、彼らはジュクゴ使いの軍勢である! ジュクゴ使いたちは荒々しく大地を踏み鳴らす。ズン、ズン、ズン、大地が揺れる!
「「グフウ……! グルヴヴヴッ!」」
ジュクゴ使いたちは唸っていた。涎をたらし、その目は血走っている。その視線は焦点が合わず、瞳孔は開ききっている。あり得ないほど筋肉が隆起し、その体からは瘴気のごとく蒸気が立ち昇っている。
野獣のごときジュクゴ使いたち! 彼らは一斉に手に持つ得物を叩き、吠え声をあげた!
「「ボゥッ! ホゥッ! ヴォゥッ!」」
ズン、ガン、ズン! 震える大気! 少女は負けじと雄叫びを上げた!
「ウゥッララララァァーッ!」
駆けながら、その左手を前に、右手を引き絞るように後ろへ。少女の何も持たぬその手に鮮やかな紅色の煌めきが生じた。煌めき……それは弓を形作っていく!
「……ァァァァッ!」
雄叫びの終わりとともに、引き絞った右手を離す! 刹那、弓から紅い輝きが迸り、軍勢の頭上へと飛んだ。輝きは……上空で炸裂する! 分裂した光が紅い流星となって軍勢へと降り注ぎ、凄まじい爆発が生じた。ジュクゴ使いたちが吹き飛ぶ。もうもうと土煙が巻き上がる!
少女は叫んだ!
「ジョウドは、負けないッ!」
だが、次の瞬間! 少女は舌打ちし、眉をしかめる。土煙の中から……吠え、跳ね、まるで少女の攻撃などものともしなかったかのように、蛮性を漲らせたジュクゴ使いたちが躍り出たのだ!
「ウッラァァァアッ!」
叫ぶ少女の両手。弓が光の粒となって消えていく。そして新たなる煌めきが生じていく。それは紅く、燃えるような巨大な双剣を形作っていく! 少女はその体躯に見合わぬ巨大剣を両手に掲げ……軍勢の中へと突入した!
駆け抜ける少女の瞳。そこには、紅い炎の輝きが迸っている!
その右の瞳には「修」!
その左の瞳には「羅」!
壮絶に燃え上がる、修羅の二字が輝いている!
☆
「うっひゃー。すごいすごーい。ほんとにジョウドがやって来る! ヤァ! ヤァ! ヤァ!」
軍勢の後方、高台の上。手を叩いてはしゃぐのは、道化じみた仮面の女だった。
「カハハ……!」
その背後。けばけばしい装飾を施された、巨大な山車のような車輪付き黄金玉座がそびえていた。その玉座には獅子を思わせる巨躯の男が座っている。男は牙のような歯の間から、荒々しく乾いた笑いを漏らしていた。
「カッハハハ……なぁオイ。ナイト様がお姫様を救いにやってきたぞ……カハハ……なぁオイ、良かったなァ?」
そう言いながら、男はその手に持つ黄金の鎖を引いた。男が動くたびに、カチャリ、カチャリと、黄金や宝石をちりばめた下品な装束が音を立てて煌めいている。鎖の先……惨たらしく首輪で繋がれた少年は呻いていた。
「ぐゥッ……お前も……ジョウドも……」
その美しくも幸薄そうな顔を歪めながら、少年は吐き捨てた。
「いい加減にしろ……ッ!」
「あーん……?」
玉座の男は気怠そうに首を傾げた。少年は振り返り、男を見上げる。少年の銀髪がきらきらと揺らめく。
「お前……自分が何をしているのかわかっているのか? 僕は世界の禁忌だ……! これ以上かかわるのは、やめろッ!」
その瞳……少年の憂いを帯びた瞳。そこには渦巻いている。
右の瞳には「極」。
左の瞳には「悪」。
恐るべき根源悪を象徴する「極悪」、その、極限の二字が!
「カハ……」玉座の男は一瞬目を見開き、直後、腹を抱えて笑い出した。
「カッハハハハ! オイオイオイ、メリアぁ~。お前の極悪の力! 手を引く? この俺様が? なわけねェだろうがよオイ!」
男はその巨大な足を振り上げ、少年を……メリアと呼ばれた少年を踏みつけた!
「アァッ……!」
メリアは切なく声を上げた。男は立ち上がり、そのままメリアを踏みにじる!
「オイオイオイ! ジュクゴニア帝国が滅んでから2年ッ! 混沌! 暴力! この秩父は最ッ高にタガが外れた、ご機嫌な状況だよなぁ、オイ! だがなぁ……俺様はまだまだ満足できねェ……このゼルバ様はまだまだ喰い足りねェッ! 人の苦痛を、人の不幸を、人の絶望を!」
巨躯の男……ゼルバは一転、悲しげな表情を浮かべて呟いた。
「足りねェよ……足りてねェんだヨ……全然、足りてねェヨ……」
直後、カッと目を見開き、盛大に嗤った!
「だからヨォ……世界をすべて、暴力の坩堝へと巻き込んでやるのさ! 世界の皆様、ウェルカム! カハハハハッ! そぉさ! 俺様と、お前の力ならそれができるよなぁ、メリアぁ~! 想像してみろ……そこは最ッ高にご機嫌な世界だろ? カハハ! いいッ! 想像だけでも最高に絶頂ッ! 最ッ高にハイになれるッ! カハハハ……ッ!」
「……狂っている」
「カッハ!」
ゼルバは満面に壮絶な笑みを浮かべた。
「カハハ! 言われたくねぇなぁ、テメェには……。メリアぁ~。存在するだけで不幸をまき散らす男が! どのツラ下げてそれを言う! カッハハ!」
足を振り上げ、再び踏みつけようとした……その時! 道化仮面の女が、恥じらうように両手を仮面にあてて呟いた。
「やだ、来ちゃった……」
ズガーン!
軍勢が吹き飛ぶ音とともに、旋風のごとくゼルバへと駆け寄る人影! 紅髪の少女である! 少女は叫んだ!
「メリアをッ! 解放しろッ!」
「あーん?」
ゼルバは鷹揚に少女を見下ろし……その振り上げた足を、無造作に少女に向けて突き出した。
「!?」
少女は目を見開く。眼前に、巨大な足が広がる!
「ウァァァッ!」
吹き飛ぶ! ゼルバは嘲笑った。「雑ぁ~魚」そして両手広げ、仰け反るように嗤った。
「カハハ……! 解放しろだぁ? な~に言ってやがる。こいつは俺様のペットなわけだが? そしてこれから、お前もそうなるわけだが? カッハハハ……! なぁオイ、最高にご機嫌な、混沌と暴力の世界へようこそ! 一緒に楽しもうぜェ、修羅のジョウドぉ~」
少女は……修羅のジョウドは落下し大地に激突、跳ねて、宙で身を捻りながらかろうじて着地した。「くッ……!」立ち上がり、ゼルバを睨みつける。
「おぉ~おぉ~、その反抗的な目ッ! カハハ……いいッ! 実にいいッ! そして輝く修羅の二字! カハハ……! 最高だ。完・全・に、俺様の好みだ……カハッ!」
ゼルバは舌を出し、下品になめずった。極悪のメリアは思わず顔を背ける。鎖が、じゃらりと鳴った。
「ジョウド……ッ! なんで……なんで来たんだ……」
ジョウドは応える。
「メリアの気持ちなど、関係ないッ!」
「関係……ない?」
メリアはジョウドへと視線を向けた。ジョウドの眼差しはまっすぐにメリアへと向けられている。その瞳。修羅の二字を滾らせ、ジョウドは言い切る!
「関係ない。メリアがどう思おうが関係ない。ジョウドは、己の意志でここに来た!」
ジョウドは構える。右手を上に、左手を下に。その手に再び煌めきが迸る。そして、薙刀のごとき武具を形成する!
「ジョウドは、己の意志で闘う……なにがあろうと、必ず!」
「カハ……」ゼルバは乾いた笑いを漏らし、黄金の鎖を引っ張った。「うぐッ……」メリアの顔が苦痛に歪む。「メリア!」叫ぶジョウドを嘲笑うように、ゼルバは鎖を玉座に結いつけ、前へと進み出た。そして……。
「俺様と闘う? お前が? 雑魚ぃお前が? これから俺様のペットになるお前が? この秩父の覇者であるこの俺様と? カハッ……カハハハハハ……!」
ゼルバは凄惨な笑みを浮かべた! その猛々しく剥き出しとなった口内。牙のごとき歯列には輝いている……それは恐るべき四字のジュクゴ! それこそは!
兵 荒 馬 乱 !
「この俺様と! 兵荒馬乱のゼルバ様と闘う? カッハ! カハハハッ……!」ゼルバの眼光がギラリと光った。「……いいぜェ。遊んでやる」再び舌なめずりを繰り返す。「存分に、たっぷりと、ゆぅっくりと、なァ~」
ジョウドは……薙刀を演舞のように回転させ、ゼルバへと突きつけた。
「ジョウドは……お前を殺すッ!」
「カハ、カハハハハハ……ッ!」
ゼルバは腹を抱えて笑い出す。
「いい! いいねェ~……実にいいッ!」
二人の間に、荒野の乾いた風が吹き抜けていく……直後!
「ウゥッラァァッ!」
雄叫びとともに、ジョウドは跳躍! 薙刀を振りかざし……回転! その回転力を載せ、凄まじい速度で薙刀を振り下ろす! ゼルバは……微動だにせず、不気味な笑いを浮かべている!
紅い軌跡を描き、薙刀がゼルバの肩へと振り下ろされる!
「!?」
ジョウドは目を見開く。超高速で振り下ろした薙刀は……ゼルバの肩で、ピタリと止まった。斬り抜くことができない! ゼルバは嘲笑った。「雑ぁ~魚ぉ」そして無造作に左手を振り上げ、振り下ろす! ジョウドに直撃!
「ウワァァッ!」
ジョウドは大地に叩きつけられ、高く跳ね上がった。「カハハ……ジョ~ウドぉ~」ゼルバは跳ね上がるジョウドを見据えながら、右拳を握り、再び振り上げる!
「テメェには学びが必要だ……。これからテメェを所有する俺様が、どれだけの力を持つのか……わからせる必要がある」
ゼルバの眼前へとジョウドが落ちてきた瞬間! ゼルバはハンマーのごとく、その巨大な拳をジョウドへと叩きつけた!
「ジョウドォッ!」
メリアが叫ぶ! ジョウドは弾丸のように吹き飛び……凄まじい衝撃音とともに、大地へと叩きつけられた! 大地が割れ、クレーター状に陥没! ジョウドは……「うぅ……」身動きできずに呻いている。
「カハハ……」ズシズシと重たい足音を響かせ「カッハハハハ!」ゼルバはジョウドへと近づいていく。
「理解できたか? 俺様の力が! カハハ! 俺様はすべてを飲み込むぞ……この乱世に跋扈する、あの名だたるクソどもを飲み込むぞ! 天牢雪獄のフブキも! 回山倒海のグラシオも! 沈魚落雁のセチアも!」
ゼルバはジョウドの前で立ち止まると、両の拳を組み合わせ、高く振り上げた!
「飛竜乗雲のロンユンも! 銅頭鉄額のアイアーンも! そして……あの義賊きどりの造反有理のリオも! すべて、この俺様の前に屈することになる! このゼルバ様が……」
「う……」ジョウドは辛うじて身を起こした。しかし……。
「このゼルバ様が! 俺様の暴力が! すべてを飲み込んでいくのだッ!」
巨大な両拳が振り下ろされる! ジョウドは……動けない。
「ジョウドォーッ!」
メリアの絶叫。ジョウドは咄嗟に顔を背けた。その身体に拳が迫り……そして……。
「………?」
何も、起きない。
「 ……な、なんだ」
ゼルバの呻き声。
「なんだテメェは……いつの間に……ッ!」
ジョウドは、ゆっくりと顔を上げた。背中が見えた。その背の持ち主は右手を挙げ……その片手のみで……ゼルバの拳を受け止めている! ゼルバの両拳が震えている。ゼルバの全力を、片手のみで受け止めているのだ! ゼルバは絶叫した!
「なんだテメェはッ! なんなんだテメェはッ!」
その瞬間……爆発的なジュクゴ力(ちから)が迸った。その場にいる誰もが感じたことのない、想像を絶するジュクゴ力が!
「な……!?」
ゼルバは驚愕した。拳を掴む右手が振り上げられていく。ゼルバの巨体が持ち上がっていく。片手のみで、軽々と! そして!
「バ、バカなァーッ!」
ゼルバの巨体が宙に舞った! 凄まじい速度で錐もみ回転! 「あああああああ!?」目を回す! そのまま無様に大地へと落ち、打ち付けられる! ジョウドは息を呑んだ。
「あんたは……いったい……」
背中の主は振り返る。
「修羅のジョウド……俺は君を探していた」
それは野性的でありながら、凛とした雰囲気を漂わせた青年だった。揺らめく鈍色の髪。覚悟を秘めた眼差し。そして、その瞳には……。
不屈。
輝く極限の二字。ジョウドは思わず声を漏らした。
「不屈って……?」
この遭遇は、修羅のジョウドにとって……あまりにも鮮烈なものだった。
死闘ジュクゴニア
完
✴️
「ウ……ググゥ……」
ゼルバは頭を振り、身を起こした。
「…………!」
その眼前。道化仮面の女が身をかがめ、ゼルバの顔を覗き込んでいる。逆光となった身体に暗い影が落ち、仮面の目の奥で、不気味に何かが輝き、蠢いている。
「ウフフ……。勝てませんよ……? 貴方では。あのお方には……」
「ウッグゥゥッ…………!」
ゼルバは呻いた。ゼルバもまた気づいていたのだ。その野性的な勘は告げている……青年との、圧倒的な力の差を! 「クウゥ……ッ!」ゼルバは、屈辱に震えた。
「だからぁ……」
道化仮面の女は首を傾けながら、ゼルバに顔を近づけた。仮面が笑っているように歪んで見えた。
「使っちゃいましょうよぉ……使っちゃいましょうよ~。〈壊世の種〉を……使っちゃいましょうよ~」
「!!」
息を呑むジョウドに背を向けて、青年は……不屈のハガネは再び前を向いた。「俺は君を探していた。でも今は……」
ハガネはその燃える瞳でまっすぐに見据えている。視線の先。ゼルバがゆらりと立ち上がった。
「なんだ……あれは……」
メリアは眉根を寄せた。ゼルバの体が小刻みに震えている。全身が黒い靄のような影に覆われていく。そしてその口。兵荒馬乱の四字が明滅し、そこから暗い……昏い瘴気のような何かが立ち昇った。
「…………!」
ゼルバから立ち昇る瘴気。それは文字を形作っていく。メリアの目が、そしてジョウドの目が驚愕に見開かれていく! メリアが呻いた。
「そんな……バカな。そんな……!?」
あり得ない。あり得るはずがない! 形作られた文字を見て、メリアは戦慄した。
血塗られし者、それは
「ジュクゴじゃ……ない……だと?」
ジュクゴの理を超えた、恐るべき十四の文字が揺らめいている!
血 塗 ら れ し 者、
そ れ は
兵 荒 馬 乱 !
不屈のハガネは拳を握り締め、背後のジョウドに語り掛ける。
「俺は戦っている。修羅のジョウド……〈六道〉の断片である、君を狙う者たちと」
ハガネの瞳。不屈の炎が輝き、爆ぜた。ハガネはゼルバの身体、そこに蠢く影の先に見据えている。謎めいた敵……不可説不可説転のジュクゴを持つ、恐るべき敵の姿を!
ハガネは拳を突き出し構えた! その背から、煌めく翼が広がっていく! それは神話的な壮大さで、輝けるジュクゴを描き出していく!
ハガネは雄叫びをあげた!
「俺は……決して屈しはしないッ!」
かくして……ひとつの死闘が終わり……乱世を舞台とした、新たなる死闘の幕が切って落とされようとしている!
死闘ジュクゴニア弐
2021年連載予定
乞うご期待!
2021年と書いてありますが、2024年現在、それはまだ書かれていません。しかし、いつの日か、きっと……。
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