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逆噴射小説大賞2023ライナーノーツ的なやつ+α
2023年秋。今年も逆噴射の輝きは天空から降りそそぎ、人びとを熱し、畏れさせ、狂乱させた。11月になると輝きは去っていった。だがその残照はいまだ熱を持ち、年末が近づくなかで、日本は再び夏日を迎えようとしていた……(逆噴射は季節を狂わすぐらい楽しかったですねの意)。
ヘッダー画像は AI 画伯が生成したマスコット「ふりかえるくん」です。なぜかヨガのチン・ムドラー(親指と人差し指で輪っかをつくる印)をキメてますね。かわいい。
ということで、何ごともふりかえりが肝心。まずは自作のライナーノーツを書き、それから個人的に思っている逆噴射の Tips 的なものを書いていこうと思います。
「Tips? なぜ唐突に?」と感じる方もいるかもしれません。創作において Tips なんてくだらないもの……特に逆噴射においてはその精神に反するもの、とも言えます。ただ、最初期から逆噴射に参加していて、去年は大賞を取り、そんなこんなでそれなりに経験値をためてきたこともあってか、他の人の作品を読みながら「こういう点を意識すればもっとよくなるのに……もったいない……」と感じることが増えてきました。
そこで後進のためにも、そういった感覚を言語化して残しておこう……なんてことを思ったのでした(偉そうだなおい)。もちろん逆噴射はお祭りなので Tips 的なものなんて気にせずに、自分が思うように、好きなように作品を書いて投稿するのが本来あるべき姿です。ただ、賞レースで少しでも上を目指したいという人、あるいは逆噴射とは関係なく小説自体うまくなりたいと思っている人にとっては、そこそこ役立つ内容になっているはずです。
では、やっていきます。
逆噴射小説大賞2023ライナーノーツ
1. 【没ネタ】天使螺旋で舞っていた
逆噴射の応募枠は 2作。それを踏まえて参加前に考えていたのは、応募作のうち 1本は完全に肩の力を抜いて書いたものにして、もう 1本は肩の力を入れて……つまり本気で書いたやつにしよう、ということでした。
この「天使螺旋で舞っていた」は後者の本気枠の候補だったんですが、実際に応募した「黄金ザクロ」ほどの迫力は出せないな、ということであえなく没にしたものです。供養として投稿したやつはそこまでブラッシュアップしていない状態のものなので、まじめに手を入れたらもう少しよくなるんじゃないかな……。
登場した伊座利と黒メガネの女(黒奇という名前)はけっこう気にいってます。異能力バトルの舞台設定としても悪くないと思っているし、天使や〈超人学園〉の生徒だったり、時間制約含めて、いろいろと転がせる要素も散りばめてある。ただ、やはり「天使」という素材はいささか凡庸なんだよなぁ……。実際、今年の逆噴射でも天使が出てくる作品っていくつかありましたよね。あと群像劇的な内容になるはずなんですけど、800字で納まりよく書くのはちょっと難しかった……。この作品用に考えていたことは、またどこか別の形で再利用することになりそうです。
2. 平等院鳳子を殺せない
肩の力を抜いて書いた枠。パルプ飲み三次会で、皆でワイワイ言いながら初日零時投稿をキメたのはよい思い出……。
単に肩の力を抜くというだけでなく、アホっぽいものを書きたいという願望がありました。逆噴射小説大賞は年々レベルが上がっていて、それ自体はとてつもなく素晴らしいことなんですが、同時に初期にあった原初の荒々しさというか、いい意味でアホっぽい作品が減ったなとも思っていて。一応、昨年大賞を取った人間でもあるし、率先してアホっぽいものを書くことには意義がある! という妙な義務感すら抱いていた……!
で、書くのは楽しかったんですが、何も考えずに書くと僕はこうなってしまうんだなぁ、ということをよくも悪くも実感させられました。賞レース的には絶対上にいかないやつ。前回大賞獲得のご祝儀的な側面もあるんだろうけど、そこそこの数、スキはついたので、読んでいただいた方にはそれなりに満足してもらえたみたいでよかったです。
肩の力を抜いて読めるような、軽い読み味の作品には間違いなく需要があるわけです。ですが、そういう作品はすでに世の中に溢れかえっている。そうであるならなおさら、軽い読み味の作品こそ作者の技術・筆力が問われる。作者が「肩の力を抜いて書く」というのと、読者が「肩の力を抜いて読める」はイコールではない……! こういうアホっぽいのを書きたいならもっと精進が必要だぞ、しゅげんじゃさん……! ということで、来年もアホっぽいのにチャレンジしてみたいです。
登場した鳳子、エビス、沙羅の三人はけっこう気にいってます。続きを書くとしたら短編連作になるので、半年に一回のペースで刊行している『無数の銃弾』にも向いてるかな、などと思ったりしています。
3. 黄金ザクロ
こっちはまじめに書きました。神話的で、不穏で、読者が焦燥感と不安感に駆られるような、そんな作品にしようと思って書きました。その目論見はわりと成功したんじゃないかな……と感じています。
と、書いたところであとは Tips に続きます。
逆噴射 Tips 的なやつ
Tips と言ってもそんなにたいした内容ではないですが、ひょっとしたら役に立つ人もいることでしょう……! ということで、やっていきます。
1. 読者にどのような「体験」をさせたいのかを意識しよう
なんだかんだ、これがかなり重要です。
たとえばですが、読んでくれた人に笑ってもらいたいのか、スカッとしてもらいたいのか、怒ってもらいたいのか、怖がってもらいたいのか……どのような体験をさせたいのかを意識することで、物語の方向性や、やるべきことなどを組み立てやすくなります(もちろん実際にどういう体験をさせたいのかは、もっと解像度高い方が好ましいです)。
今回僕が書いた「黄金ザクロ」は、はっきり言って人を選ぶ作品です。人によっては不快に感じたり、「ちょっとヤな話だな」と感じるかもしれません。でも、実はそれで大成功だったりする。
「黄金ザクロ」は上でも書いた通り、読者に不穏さや焦燥感、不安感などを感じさせたい物語です。そしてそのために構成を組み立てているし、自分なりに工夫もしています。
工夫の一例としては、意図的に「連続殺人」や「通り魔」などの血なまぐさい言葉を散りばめる、というものがあります。たとえば弥勒の過去について書かれている段落、書きはじめた当初はこうなっていました。
はじまりは小学生の時だった。飼い犬のタロが死に、次に級友。大好きだった先生。そして六年前。中学入学の直後、父と母が死んだ。全て夢を見た後だった。
で、推敲を経たバージョンではこうなっています。
はじまりは小学生の時だった。飼い犬のタロが死に、次に級友。大好きだった先生。そして六年前。中学入学の直後、父と母が自殺した。全て夢を見た後だった。
こういった細かい言葉選びは物語の本質とは関係ないわけですが、あえて特定の印象に誘導する「強い言葉」をチョイスして、それを散りばめることで全体的な雰囲気づくりの一環としています。
これは一例にすぎませんが、いずれにしても「どのような体験をしてもらいたいのか」を考えることで、それを軸に物語を組み立てることが可能になるし、工夫の方向性も見えてくるわけです。
2. 読者の「期待」を高めていこう
どのような体験をさせるのかを決めたうえで、それに向けて読者の期待感を高めていく必要があります。つまり「このまま読み進めていこう」と思ってもらうためには、その先の展開や読書体験に「期待」を抱いてもらう必要があるわけです。
たとえば去年大賞を取った「罪喰らうけだもの」。
回想から始まり、着信、暴力、そしてタンクローリーの描写と、シーンが進むごとにドン、ドン、ドン、と不穏が高まるように構成しています。特に途中のチンピラを蹴落とすシーン、これは実際には描かなくても物語の流れには影響がないわけですが、その描写があるからこそ、読者も主人公である凌馬の凄みを理解できるし、最後のタンクローリー登場で「あ、これはヤバいことになる」と期待を高めることができるわけです。つまり、読者の「期待」は描写の積み重ねで醸成していくことができる……ということです。
3. 視点人物を決めよう
これもすごく大事です。「この物語は、誰の視点で見ているのか、語られているのか」を意識する。「三人称の場合は関係ないのでは。三人称って神の視点だし」と思う人もいるかもしれませんが、実際には三人称だからこそ、視点がどこに置かれているのかを特に意識する必要があります。
というのも、マンガなどの媒体と異なり、小説は必ず言葉で説明していく必要があるからです。なので説明なしに視点の置き場があっちこっちに動くと、シンプルに読者は混乱します。だから書きはじめるとき、あらかじめ「彼を視点人物にしよう」と決めてしまうのがお勧めです。そしてその人物を通して物語っていくということを意識すれば、読者にとってわかりやすい文章になります。
では、途中で視点人物を動かすことはできないのか?
それは可能です。たとえばこれから引用する文章は僕が書いている長編の一部ですが、細かく視点移動を行っています。
※ 主人公の勇(いさむ)が敵に追われて、競技用キックボードでジャンプをしたシーンから場面が始まっています。
勇は滞空しながらその刹那、父と母、ふたりの笑顔を思い浮かべていた。ふたりによって世界は色づき、勇はあたたかさと己の名を得た。
だから……俺は、父さんと母さんを助ける。絶対に、なんとしてでも、なにをしてでも。
勇は覚悟を決めた。
宙で身をひねり、キックボードの足場を蹴る。勇の足の下でハンドルバーを軸にデッキがプロペラのように回転する……テイルウィップというキックボードのトリックだ。勢いよく回転するデッキは迫りくる女の手を直撃した。くぐもった唸りをあげ、女の目が一瞬怯む。
「いいや、まだだ!」
着地。
直後に再び跳ねる。
高く、高く。
女の視線がそれを追って上へと向いた。そして女は見た。
空中で、勇は音もなくデッキを上方へと蹴りあげていた。その勢いのまま掬いあげるようにハンドルを腕でひねる。キックボードが旋回し、デッキは上に、ハンドルは下に……逆さまの状態となる。驚きに女の目が見開かれていく。その視線の先には夜空に渦巻く〈虚〉の闇があり、闇の大穴にかぶさるように、ネオンを反射したキックボードが煌めきを放ちながら頭上へと……まるで死神の鎌のごとく掲げられていく。そして女は、勇の鋭く冷たい眼差しを見た。
「俺はッ!」
この場面、本来の視点人物は主人公の勇ですが、視線の動きなどを明示することで敵側の女に視点を移すことに成功しています。ただ、読んでいてわかると思いますが、視点を動かすにはそれなりに段階を踏んで描写していく必要があります。なのでやはり、800字限定の逆噴射では視点人物を固定するのがお勧めです。
4. 「描写の厚み」が足りているのかに気を配ろう
小説を書き慣れていないと、どうしても文章がト書きのようになってしまいます。つまり、小説として必要な描写が抜け落ちている状態です。まずは客観的に、読者に意味が通じる状態になっているのか、自分が思い描いている情景がきちんと伝わるように描かれているのか、意識して読みかえすことが重要です。
ただ、仮に風景の描写や人物の動きの描写などに不足がなかったとしても、それだけでは小説として味気ないものになってしまいます。そういう場合のひとつのテクニックとして、動きの中に人物の思考やセリフを挟みこむという方法があります。たとえば「黄金ザクロ」の初期稿ではこうなっていましたが、
つけっ放しにしていたネットラジオからは、連続殺人のニュースが流れていた。陰鬱な朝。ラジオを消そうとした弥勒の手が止まる。
最終的にはこうしています。
つけっ放しにしていたネットラジオからは、連続殺人のニュースが流れていた。陰鬱な朝。
「くそっ」
ラジオを消そうとして、その手が止まる。
こんな感じで合間合間に人物の感情の発露を挟むだけでも、ぐっとよくなるわけです。「描写の厚み」という言葉には、ふたつの側面があります。ひとつは読者が適切に状況を理解できるだけの描写がきちんとあるのか。そしてもうひとつは、読者の心を動かすための誘導があるのか、です。
5. 小説として自然な「引き」をつくろう
逆噴射でありがちなパターンとして「なんとなく続く感」を醸しだしながら引きを迎える……というのがあります。特に主人公にそれっぽいセリフや独白をさせて終わるケースが多いですが、それだと無理くり最後の行を「置いた」感じになってしまいます。
でもこれまでの大賞作を読みかえしてもらえればわかりますが、いずれの作品も最後の引きは小説として自然なものになっています。逆に言えば、無理しないで小説として自然な形で書きましょう、そしてそのためにも先の展開を少しはイメージしとこうね、ということだと思います。
他にもありがちなパターンとして最後になにかすごいサプライズを持ってくるというのもありますが、それもよほどうまくやらない限り、小説としては歪になってしまうので要注意です。
6. 体言止めの濫用には気をつけよう
死んだ親父から言い残されたことがあるんだ。小説の中で体言止めを多用する作家と、会話の中に、『にもかかわらず』って言葉を使うような相手は信用するな、ってな。
逆噴射だと文字数制限もあり、文字数を稼ぐためにどうしても体言止めを使いたくなってしまうものです。僕もそうです。また、逆噴射小説大賞を主催するダイハードテイルズの代表作「ニンジャスレイヤー」では体言止めを連発することでグルーヴ感を生みだすことに成功しているので(ほんとにすごい!)、それに憧れて真似してみたいという人も多いと思います。僕もそうです!
ただ原則として言えば、体言止めって読者にとっては負担になり得るものです。というのも、たとえば
銃弾の嵐。血の雨。
みたいな文章は、本来であれば
銃弾の嵐が吹き荒れた。血の雨が降りそそぐ。
ぐらいの文意があるところを、読者の想像力で補ってもらうことで成立させているからです。読者が文末の用言を無意識のうちに補っているわけです。なので、工夫なく連発されると読者にとってはハイコストだし、なんだか読んでいて苦痛だな、と思わせてしまいます。そして最悪、読み解くのも困難になってしまう。
800字という限られた文字数のなかで、体言止めは文章圧縮術として有効ですが、やはり濫用には気をつけるべきです。使う時は局所に、あるいは明確にグルーヴを生みだすことを意図して使うべきでしょう。
7. 最初の掴みが大事
これは書こうか迷ったんですが、書いてしまおう……。
逆噴射だと「800字全体で勝負すればいいんじゃ!」と思ってしまうかもですが、逆噴射に限らず、小説って最初の一行目、冒頭の冒頭でいかに読者の心を掴むのかが重要だったりします。そのことで、その後の没入感が大きく変わってくる。
そしてこれはちょっとした小手先のテクニックですが、人のアテンションをつくり出すために「人の持つ感覚」を利用するのは有効な戦略のひとつです。例として、ここ数年の大賞作の冒頭を見てみましょう。
昼過ぎに玄関のチャイムが鳴った。
ゴン、ゴン、と遮温服を叩く音がする。
共通点、わかりますよね。音をフックにして、人の聴覚によるイメージ喚起を発生させている。読者は無意識のうちに描写された音を想像してしまうし、そのことによって物語世界にスッと入っていく。僕の「黄金ザクロ」もそうです。
誰もいなかった。たった独りきりだった。
ウゥゥー……ウゥー……。
荒涼とした大地に、呻きにも似た何かが木霊していた。
もちろんフックにするのは聴覚である必要はなく、五感のいずれでもよいと思います(一番やりやすいのは聴覚ですが)。
たとえば、
棍棒に付着したトマトのカスを舐めると、顔をしかめるほどの酸味と多少の苦味が口の中に広がった。この地区のトマトは若くて攻撃性が高いようだ。
みたいに味覚をフックにすることもできる!
ただし。五感に訴えるだけが小説表現ではないという点に注意です。たとえば「罪喰らうけだもの」の冒頭はこうです。
南雲星斗の死は美しいものだった。
要するに冒頭の冒頭で読者をいかに「ハッとさせるのか」が重要です。それによって物語への没入感も変わってくるわけです。なので、特に最初の一行にはこだわったほうがいいと思います。雑に書きだしてはならない!
そしてその「ハッとさせる」ためのフックとして、上に書いたような「人の感覚を利用する」手法は有効だと言えます。
8. 逆噴射先生の「パルプ小説の書き方」を読もう
これがラストです。
読もう。とてつもなく勉強になる。
以上です!
本当はもっといろいろ書こうと思ってたんですが……たとえば「描写が動いていることと、展開が動いていることはイコールではない」とか、「映画の予告編にしてはならない」とか。でもなんか疲れてきたのでこのへんにしておきます。
ちなみに「しゅげんじゃさん、けっこう手の内をさらけだしたみたいだけど大丈夫?」と心配する方もいるかもしれませんが、僕はここで書いた以上のことを、これから長編作品でやっていくのでまったく問題ないです(と、強気の発言をして自分の退路を断つ作戦。
なお、こんなことを偉そうに書いている僕自身が二次選考までに全滅するということも普通にあり得ます。もしそうなったら「やっぱ逆噴射って難しいし、だからこそおもしろいなー」ぐらいに思ってください! 実際楽しい。
【おしまい】
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