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人類救済学園 第伍話「緊急生徒総会」 ⅲ

前回

ⅲ.

「ヒィッ……」

 童学瑠璃の口から漏れたのは、小さな悲鳴だった。その目が直前まで、雛壇を見つめていたことを、鳳凰丸は知っている。瑠璃は恐怖にひきつった顔で後ずさり……そして、逃げだした。

「逃げるな、童学瑠璃!」

 鳳凰丸はその背に向けて手をかざす。

「我が権能において命ずるッ!」

 瑠璃の体が、電撃にうたれたように震えた。

「ああ……ッ」

 動きを止めた瑠璃に、鳳凰丸は一喝した。

「君も風紀委員であるならば、その職責を果たすんだ、童学瑠璃! 真実を話すんだ、洗いざらい、すべてを!」

 鳳凰丸はかざしたその手を……握り潰す! 童学瑠璃はビクンと震え、そして、ゆっくりと振りかえった。

「僕の質問に答えるんだ、童学瑠璃」

 その額には汗を、その顔には諦めにも似た笑みを浮かべ、彼女は、わずかな抵抗を思わせる緩慢さでうなずいた。鳳凰丸もまた、うなずく。

「君の証言が必要だ。聞かせてくれ。君は……無畏庵宝厳と共謀し、三十二名を秘密裏に退学させた。そうだね?」

 瑠璃は喘いだ。無理矢理に押しだされたように、その口から言葉が漏れだす。

「……ええ、そう、です」

 スタジアム中にどよめきが広がった。
 雛壇上の御影教王がうめく。

「これは……凄まじい……スキャンダルだ……ぞ」

 鳳凰丸は盧舎那を見た。それは、静かな真摯さをたたえた眼差しだった。

「君は、この事実に気がついていた。だから、無畏庵宝厳を粛清した。そうだね?」

 盧舎那は鼻を鳴らす。

「……ああ、そうだ」

 鳳凰丸はうなずき、再び童学瑠璃を見る。

「だが、真実はこれにとどまらない……そうだろう、童学瑠璃!」

 鳳凰丸は迫る!

「君たちはなぜ、三十二名もの生徒を退学させたんだ!」

「あ、ああぁ……」

 瑠璃はガタガタと震え、掻きむしるように顔に爪を立てた。

「違う……違う……」

 首を激しく振り、

「違う……宝厳さんは……そんな人じゃない……違う……私が……私を……」

「言うんだ、真実を……童学瑠璃!」

「う、あああぁ……宝厳さんは……」

 瑠璃は、絶叫した。

「私を……退学させると、脅されたからッ!」

 一瞬の沈黙。そして、スタジアムは割れんばかりにどよめいた。

「……なんだと?」

 盧舎那の眉が、ピクリと動く。
 鳳凰丸は顔の前へと手をかざし、続けた。

「そうだ。ここから先は、金堂盧舎那すら知らなかった真実……!」

 鳳凰丸は、その目を見開く!

「童学瑠璃! 君たちを脅し、三十二名もの生徒たちを闇に葬った、その者の名を明らかにするんだ!」

「それ……は……」

「真に罪深き者の名は!」

「う、うう……うう……」

 瑠璃の指先が抵抗するように震え、しかしそれは、少しずつあがっていく。

「それは……うう、それはッ!」

 瑠璃は指し示した。雛壇の上。その者は立ちあがり、憤怒の表情で見おろしている。その輪郭は不快に揺らぎ、まるで鋸歯のような、ギザギザとした歪みを生じさせていた。

 童学瑠璃は告げる。

「それは教師……極楽真如です」

 生徒たちの間から、悲鳴があがった。

「おのれぇ……おのれぇい……」

 極楽真如は、怒りで皺くちゃとなった表情で鳳凰丸を睨む。

「やはりぃ、転入生はぁ、災いのぉ、兆しぃ……!」

 その首元に、黒い和刀が閃いた。

「動くな。今はまだ、な」

 夢殿救世だ。極楽真如はゴボゴボと沸騰するような音で喉を鳴らした。

「教師をぉ、舐めたらぁ、いかんぜぇ……」

 救世は冷たく微笑む。

「もとより、覚悟の上だ」

 スタジアム中央では、鳳凰丸の尋問が続いている。

「童学瑠璃! 三十二名は、なぜ犠牲となったんだ!」

 瑠璃は下を向き、息を吐きだす。「宝厳さん……私……」様々な想いが去来する……そして拳を握り締め……前を向いた。まっすぐに鳳凰丸を見て、彼女は言った。

「極楽真如は言っていました。学園の秘密に近づいた者は退学させる、と」

「……そういうことかよ」

 金堂廬舎那は呟いた。重く、まるで地下を流れる溶岩のような、静かだが、凄まじい爆発を予感させる声だった。

 鳳凰丸はそんな盧舎那を見つめていた。その眼差しは静かであり、そして、かすかな罪悪感を含んだものだった。寂しげな微笑みを浮かべながら、鳳凰丸は盧舎那に告げた。

「僕にはわかっていた。盧舎那くん、君を逮捕したあの時……君は、全然本気ではなかったということを」

 鳳凰丸は目をつむる。そして思い出す。鳳凰丸を殴りつける盧舎那の顔を。そこには傲慢な笑みがあった……だが、鳳凰丸にはわかっていたのだ。彼は、傲慢なのではない。傲慢な笑みを取り繕っているのだ。必死になって……。

 鳳凰丸は目をあけた。
 その目はどこか、遠くを見ているようだった。

「僕を殴る君からは伝わってきた。君が抑えつけようとしている悲しみ、そして食いしばりながら、己の責任を果たそうとする覚悟……。僕にはわかる。君は、コミュニケーション能力がゼロで、ガサツで、乱暴なやつだが……」

 鳳凰丸は、盧舎那の目を見ていった。

「本当は、優しいやつだ」

 盧舎那は、眉根を寄せて鳳凰丸を見た。
 鳳凰丸は続ける。

「風紀委員たちを生徒会長室に乗りこませた時もそうだったね。君は全然本気じゃなかった……君が本気を出せば、彼らをなぎ倒すことなんて朝飯前だったはずだ。でも、君はそれをしなかった……僕以外の生徒を、風紀委員たちを、傷つけることを恐れたからだ」

 鳳凰丸は……

「……すまない!」

 深々と、盧舎那に頭を下げた。

「……」

 盧舎那は無言で鳳凰丸を見た。
 鳳凰丸は続けた。

「計画が発覚すれば、僕は抹殺されただろう……だからすべてをカモフラージュして、秘密裏に物事を進めなければならなかった。今日この舞台を、この状況を、必ずや作りださなければならなかった! だから僕のやったことを……疎水南禅と八葉蓮寂光のふたりを退学させたことを、許してくれ、とは言わない……罪は、いずれあがなう時が来る……でも」

 そう言って、鳳凰丸は顔をあげた。盧舎那と鳳凰丸、ふたりの視線がぶつかり合った。バチバチと光が生じ、ふたりの世界は光に包まれ、ふたりの男の想いが絡み合い、そして、何かが弾けた。スパークするような感覚だった。

 刹那の輝きの中で、鳳凰丸は盧舎那の闘いの数々を見ていた。彼は闘い続けていた。陰に陽に、誰にも知られず、誰にも認められず、ただひたすらに、学園を護るためだけに。

 そして盧舎那もまた、見たのだった。鳳凰丸の想い、その計画。南禅の退学に涙する鳳凰丸の姿……。

 そしてふたりは、すべてを赦した。

 やがて輝きは去り……盧舎那は言った。

「あとで殴らせろ……それでチャラだ」

 鳳凰丸は、泣きそうになりながら笑っていた。

「ありがとう……少しだけ、救われた気分だ」

 鳳凰丸は思った。

 ついに、この時が来たのだ。

 足を踏みしめる。決意をこめて顔をあげる。腕を広げ、ざわめく生徒たちに向かって吠える!

「諸君! 理解しただろう! 生徒たちが理不尽に闇に葬りさられる中、たったひとり、金堂盧舎那は、金堂盧舎那だけが、それに立ち向かっていたのだ! 彼が皆を護りつづけていた。彼は……真の英雄だ!」

 生徒たちは……電撃が走るような感覚とともに理解していた。その通りなのだ。自分たちは、金堂盧舎那によって護られていた……。

「そして、僕は諸君らに訴えたい! このような理不尽がまかり通る学園とは、いったいなんなのか、と! 僕らは知らない……自分たちが何者であり、どこから来て、どこに行くのかすら知らない。入学前の自分を、そして卒業後、自分たちがどうなるのかすら知らない。そして、その秘密に近づいた者は……葬り去られる運命にある!」 

 生徒たちは沈黙していた。だがその胸の中には……何かが生じようとしていた。

「僕たちは何も知らずに学園に生まれ、そして意味もわからず三年間を過ごし、そして卒業しては消えていく……本当にそれでいいのか。それだけの存在でいいのか! 僕たちの学園生活は、そんなもので本当にいいのかッ! 僕たちは、本当にそれで満足なのかッ!」

 鳳凰丸は否定するように、腕を横に振った。

「否だ! そんなわけがない! あってたまるものか! 僕らは、僕ら自身の真実を知り、そして、僕ら自身の意思で歩んでいく権利があるはずだ! だから……今こそ。今日、このようにして、諸君に集まってもらった真の目的を話そう!」

 高々と手を挙げ、叫ぶ。

「緊急動議ッ!」

 鳳凰丸は、極楽真如を真っ直ぐに見据えた。極楽真如は、煮えたぎるような眼差しでそれを見返す。鳳凰丸は告げる。

「学園則第九十九条、第一項! 『生徒はその総意をもって、教師に対し学園の改善ないし機密開示について、要求をすることができる』!」

 多くの生徒たちが……どよめき、思わず立ちあがっていた。

「同第二項! 『第一項の実現手段としての、教師に対する校内暴力は、生徒会長にのみ、これを認める』!」

 盧舎那は、不敵な笑みを浮かべた。

「同第三項! 『生徒会長の校内暴力に敗れた教師は、速やかに、生徒の要求に応じなければならない』!」

 生徒たちは、雄叫びのごとき歓声をあげていた。鳳凰丸は極楽真如にその指を突きつける!

「だから、僕は要求しよう! 極楽真如、お前に、この学園の秘密を洗いざらい話してもらう!」

 すかさず救世が、堂々たる声で告げた。

「本緊急動議に賛成する者は、挙手を!」

 スタジアムが揺れる。生徒たちは足を踏み鳴らし、万雷のごとき轟きとともに一斉に挙手をした。救世はうなずき、高らかに告げた。

「賛成多数! よって、本緊急動議は可決された!」

 フッ……。

 その瞬間、盧舎那は肩を震わせ……

 フッ、ハ、ハハハハハハハハッ!

 獰猛に、吠えるように笑いだした!

「救世くん!」
「鳳凰丸ッ!」

 雛壇の上、救世は和刀を翻し、跳躍した。同時、鳳凰丸もまた跳躍する。ふたりは空中で交差した。スタジアムに超自然の雷鳴が轟き、華麗に身をひねる鳳凰丸の手に、戦鎚が生じていく。

 ふたりは同時に着地。吠えるように笑う盧舎那の右後方に、救世。鳳凰丸は左後方。盧舎那はふたりを一瞥する。

 救世は和刀を構え、言った。

「盧舎那。できる限りのサポートはする」

 鳳凰丸も戦鎚を構えた。

「盧舎那くん……虫のいい話だけど、君だけが頼りなんだ」

 盧舎那は鳳凰丸を見た。

「おい……」

「ん……」

 と、盧舎那に顔を向けた鳳凰丸の眼前に、巨大な拳が迫っていた。

「!?」

 凄まじい衝撃とともに、鳳凰丸は床に倒れる。「……ッ」鼻血を押さえ、半身を起こした鳳凰丸に、盧舎那は告げた。

「これで、チャラだ」

 そして盧舎那は歩き出す。雛壇へと向けて、一歩、一歩と。それはまるで、歩く山脈だ。その背には輝く光輪が浮かび、その顔には、獰猛な笑みを浮かべている。

 盧舎那は雛壇の上、極楽真如を見た。そして、低く、うなるような獣の声で言った。

「さあ、かかってこいよ、極楽真如」

 さも当然のように、教師ですら見くだす眼差しだった。誰であろうと見くだす、王の眼差しだった。王のように振るまい、王のように歩み、王のように語る。

 それが、金堂盧舎那だ。

 盧舎那は指をバキバキと鳴らした。

「てめえは、ボコボコにしてやる」

「ふぇ、ふぇ。必要ぉ、みたいだぁねぇ」

 極楽真如は拳を握り、そして……その拳を舐めた。

「鉄拳、制裁がぁねぇ」

 盧舎那の光背が鮮烈な輝きを放つ。
 盧舎那は、高らかな笑いとともに告げた!

「さあ、始めようか」

 反逆の、時間だ。

次回、第陸話「講堂決戦」

「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)

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しゅげんじゃ
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