人類救済学園 第玖話「許されざる者との死闘」 ⅲ
【前回】
ⅲ.
その時──鳳凰丸と鹿苑は左右に分かれ、駆けだした。一瞬、中宮の眼が左右に泳ぐ。
それはまさに、運命を分かつ瞬間だった。
「ギャハッ!」
鹿苑が嗤い、中宮の周囲で荊が弾けた。まるで繭玉のように、中宮の体を覆っていく。
『ふふッ! それがどうしたァ、メス豚ァッ!』
紫の閃光。繭玉をすり抜け、迸り、中宮は繭玉に押し潰されることなくその外に出現。
だが、その時すでに──
すでにふたりはッ!
中宮の前。凶悪な笑みを浮かべ、鏡鹿苑は不敵に立っていた。そして中宮の背後では。
『……!?』
中宮は身を捻り、背後を見る。そこには立っている。鳳凰丸は、冷たく微笑み立っている。
「へえ……」
中宮の傍らで、新任教師、六波羅蜜弁財は感心したように声をあげた。無論、その声は誰にも届くことはない。
その時。
ふたりの間には、静けさだけがあった。
鳳凰丸は見つめている──鏡鹿苑を。
鹿苑もまた、鳳凰丸を見つめている。
鳳凰丸の視界から、間に立つ中宮の存在が消えた。鹿苑もまた、鳳凰丸の瞳しか見ていない。
静けさがあった。中宮が嘲笑う世界と、鳳凰丸と鹿苑、ふたりだけの世界。動と静。死地と静けさ。ネガとポジのような、ふたつの世界。
しかし鳳凰丸は……同時に見ていた。倒れている救世の姿。その時、救世は、うめき、苦痛に表情を歪ませ、震えるようにその顔をあげた。そして──救世の目は驚きに見開かれる。救世は見ていた。
鹿苑と呼吸を合わせる、鳳凰丸の瞳を。
鳳凰丸は、その視線を無視する。そしてただ深く、鹿苑の呼吸へと己を合わせていく。
いまは、君のことなど。
鹿苑は息を吐く。
鳳凰丸は息を吸った。
鹿苑は息を吸う。
鳳凰丸は息を吐いた。
鹿苑は息を吐く。
鳳凰丸は息を吸った。
鹿苑は息を吸う。
鳳凰丸は息を吐いた。
ドクン。鹿苑の鼓動を感じる。
ドクン。鳳凰丸の鼓動が伝わる。
見つめあうふたりの間で時が止まり、そして、ふたりは心と心で語り合っていた。
ギャハハ!
鏡鹿苑は盛大に嗤う。
なんだよてめえ、よくよく見たら……その格好、あたしとおそろいじゃねえか。
ああ……そうか……そうだったね。僕の制服は今、君と同じように真っ赤に染まっているんだった……。
ペアルックってやつか? ハッ! やっぱきめえな、てめえは。
……相変わらず、君は口が悪いな。それにちょっと、自意識過剰じゃないか? 君に合わせた訳じゃない……。
ハッ、まあどうでもいいさ。この際だ。ひとつ、てめえには言っておきたいことがある。
……なんだい。
あの日。あたしが負けたあの日。あたしはちゃんとわかっている。
その声音に、微かに含まれるのは……恥じらい。
わかっていた……てめえがあたしを保健室に連れていこうと必死になっていたこと……フン。まあ、なんだ……ちゃんと、覚えている……。
そうだったんだ。
ま……ありがとよ。
鳳凰丸は……
今でも覚えている……あの時の君の柔らかさ、温もり、鼓動……あの時、僕はそれが嬉しかった。退学していないんだ、って。それがわかって嬉しかった。とても穏やかな気持ちになった……。
ギャハ!
鹿苑は笑った。
やっぱてめえ、キモいわ。
はは、君はやっぱひどいな。
鳳凰丸の脳裏で光が瞬いていく。それはやがて、鮮烈な輝きとなって浮かびあがる……それは、
閃きである。
鹿苑は身を屈め、構えた。
鳳凰丸は戦鎚を構える。
いまや、ふたりはふたりであり。
ふたりはひとり。
魂の奥底で、ふたりは繋がっている。
鹿苑は動き出す。
鳳凰丸もまた動きだす。
『無駄な真似をォッ!』
中宮は叫んだ。視界がすべて、紫の輝きで埋め尽くされていく──
だがその時すでに!
ふたりの技は発動していたのだッ!
「アルマァッ!」
鳳凰丸は、その叫びとともに眼前の空間へと向けて戦鎚を振りおろした。その一撃は、まるで不可視の壁を叩いたかのように、虚空に衝撃の波紋を広げた。梵鐘のごとき音が回廊に響く。そして。
『ぬぅッ!?』
輝きとともに動きだそうとした中宮の……櫻の体が、のけ反り、硬直した! アルマ……その技は空間を越えて伝導し、対象に衝撃を与え……刹那、動きを封じる。恐るべき技だった。そしてそれは、続く一連の動きによってその真価を発揮する! 鹿苑は腕を振りあげる挙動と同時に跳躍し、叫んでいた!
「ヘメラ……ヘメロォッ!」
動きを止めた中宮の……いや、櫻の足元。そこから地獄のような音が轟く。回廊の床が震動。そして……ドリルのごとき螺旋回転する荊が出現、突きあげた! 荊のドリルは……
『なッ!?』
のけ反ったその胸元、アミュレットをぶら下げたチェーンを突き破る! アミュレットが宙に舞った。
この一連の連携こそ絶技!
ア ル マ ・ ヘ メ ラ ・ ヘ メ ロ で あ る !
「だがなぁ!」
跳躍した鹿苑は凶悪な笑みを浮かべ、叫ぶ。
「まァだまだ、これからだぜッ!」
空中で身を捻る。その手を、その足を大きく伸ばす。絶技は、この挙動をもって次なる技へと連携され、継続される!
深紅の瞳が見開かれる。広げられた手と足に添うように……鹿苑の背から、爆発的な荊が四方八方へと飛びだしていく。それは猛烈な速度で空間を覆い尽くし、無数の美しい薔薇を咲かせていく。
その技は、破壊と美の壮絶なる共演である。その技は、完全解放されれば逃れる術はないとされている。会敵必滅。見敵必殺。生徒会の歴史において、最強名高きその技の名はッ!
「亜麗愚悧亜(アレグリア)だッ!」
【ⅳに続く】
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