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人類救済学園 第肆話「恋の始まりは晴れたり曇ったりの四月のようだ」 ⅱ

前回

ⅱ.

 鳳凰丸は立っていた。学園の外れ、古城のような建物の前。その建物はどこかねじれ、感覚を狂わすような奇妙さを漂わせている……それは、人類救済学園の図書館だ。

「うし……」

 と呟き、図書館の大きな扉に手をかける。すると、扉はぎしぎしという音ともに、勝手に開いていく。「むむ」そしてその扉の向こうには……待ちかねたように立つ、長身の少年がいた。少年は芝居がかった大仰さで、腕を広げながらこう言った。

「災いよ、ついに動き出したな! 望むようにやってみるがいい!」

「はぁ?」

 と顔をしかめた鳳凰丸を見て、少年は楽しげに「ふふふ」と笑いだす。「シェイクスピアです」などと、わけのわからないことを言いだす。このように、はじめっから調子の狂うヤツであり、まったく信用のおけないヤツだった。つまり、鳳凰丸の印象は最悪だった。

 少年は左手を胸の下に、右手を後ろに、まるで執事のように恭しいポーズをとってお辞儀をする。

「ようこそ、平等院さん。あらためまして……わたしが半跏思惟中宮(はんかしゆい・ちゅうぐう)図書委員長です」

 中宮は鳳凰丸を恭しくエスコートして、無限に続く書棚の森へと導いていった。鳳凰丸は表情を変えずに、冷たい眼差しで中宮の背を見つめている。やがて書棚の一画に、瀟洒なソファーとテーブルが置かれた空間が見えてきた。そのテーブルの上ではティーカップにいれられた紅茶が、ゆるやかで、あたたかで、馥郁たる湯気をたてている。

「どうぞ」

 と、中宮。「……」無言のまま鳳凰丸は、どっかとソファーに座った。腕を広げ、ソファーの背もたれにもたれかかり……足を乱暴に、ガン、とテーブルの上に置く。はずみでカップが倒れる。紅茶はこぼれていく。中宮はぽつりと呟いた。「悲しい」

「で?」

 と、鳳凰丸は片眉をあげてうながす。

「うちの櫻を保健室送りにした件、どう責任を取るつもり?」

 中宮は微笑んだ。しずしずと、鳳凰丸の対面に座る。よちよちと手足が生えた本が歩いてきて、こぼれた紅茶を布で拭きはじめた。中宮は言った。「わたしがいなかったら……」そして首を傾け、鳳凰丸の目をまっすぐに見つめた。

「キミ、退学してましたよ」

 ガーンッ!

 けたたましい音ともに、鳳凰丸はテーブルを蹴った。紅茶を拭いていた本は吹っ飛んでいった。「おやおや」と中宮は呟く。

「気に喰わないな」

 と、鳳凰丸。冷え冷えとするなにかが、その体からは漂っている。

「君のその余裕。その態度。嘘くさい言葉遣い。櫻くんを利用した姑息さ、狡猾さ。なにもかもが気に喰わない。僕の直感が告げている……君は間違いなく、最低最悪のクソ野郎だ」

 中宮はゆったりとソファーにもたれかかり、胸の前で指を組みあわせた。微笑み、静かにこたえる。

「キミは余裕を失っている……と、お見受けしました」

「いい加減にしろ」

「ふふ。当ててあげましょうか? キミは……疎水南禅さんの退学がショックだった。違いますか?」

「……いい加減にしろ」

「ふふ、ふふふ。キミはこうも思ってますね。半跏思惟中宮、こいつはいったいなにを考えている? こいつの狙いはなんだ? こいつは、僕たちの狙いにどこまで気がついている? 櫻くんに振るった権能の正体は? こいつをこのまま好きにさせてもいいのか? 櫻くんのように、また誰かが操られるのではないか? こいつも〈技〉を使えるのか? ……ああ、そうそう、キミはまだ知らなかったのですよね。〈技〉という概念のことを」

 中宮は憐れむような眼差しで鳳凰丸を見た。

「実に気の毒。入学したばかりで、キミはまだ、生まれたての雛鳥なのに。ああ、かわいい気の毒な雛鳥! キミはいろいろなものを抱えこんでしまった。パンク寸前の、悲しい少年だ」

 鳳凰丸はこめかみをトントンと人差し指で叩きながら、中宮を見た。その体から漂う冷気はいよいよ寒く、その頭髪はかがり火のように揺らいでいる。

「……考えていますね、平等院さん。この図書館に、風紀委員たちを乗りこませるべきかを」

「そうだね」

 と、鳳凰丸は首肯した。中宮は楽しげに笑った。

「ふふふ、そうなったら戦争ですね」

 そしてゆったりと天を仰ぎ見て、呟くように言った。

「でもそれは困る。ああ……『あなたがあくまで意地を張られるのなら、自由はこの国を去り、ただ追放だけが残るのみです』……」

 そして再び鳳凰丸を見ると、微笑みながら、鳳凰丸を真似するようにこめかみをトントンと叩いた。鳳凰丸の冷たい気配のなかで、それでも中宮の態度は、まったくぶれることなく芝居がかっていた。

「どうか信じてもらいたい。平等院さん。もとよりわたしは、キミの味方です。心の底から、真心から、ね」

「……」

 鳳凰丸はなおもこめかみを叩き続けている。

「教えましょう。キミのために。なにもかも。キミが知るべきすべてを。無償で、無条件で、キミに。すべてを教えます……なぜなら、『慈悲は強いられるべきものではない。 恵みの雨のように、天よりこの大地に降りそそぐもの』なのです」

 鳳凰丸の指が止まった。
 中宮は首をかたむけ、鳳凰丸を見た。鳳凰丸は……

「いいよ、聞くだけ聞いてやる」

 と中宮をうながす。

ⅲに続く

「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)

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