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人類救済学園 第伍話「緊急生徒総会」 ⅰ

前回

ⅰ.

 その日、空には異様な光景が広がっていた。

 瑠璃色の空。輝く講堂。そこからは、包みこむような柔らかい光が降りそそぐ……それが、人類救済学園の日常の空だ。しかし、今日は──。

 講堂が放つのは、直視するのが難しいほどの、ヒリヒリとした強烈な輝き。そして講堂を中心に、波紋のような歪みが空に生じている。それは色彩を病的に変じながら、意思のある生物のように蠢き、うねり続けていた。

 不吉だった。

 そして地上。広大な校庭には、集められた全校生徒たち。生徒、生徒、生徒、生徒、生徒。まるで生徒たちの海だ。その生徒たちは空を見あげ、口々に不安を口にしている。彼らはこれから、あの異様な状態の講堂へと入っていくことになるのだ。さざ波のように、恐怖が広がっていく。

 そこに、大音声が響き渡った。

「一同、静粛に!」

 それは広大な校庭にゆき渡る、威厳すら感じさせる鋭い声だった。生徒たちはささやきを止め、一斉にその声の主を見た。

 煌めく校舎を背景に、高くそびえる号令台。その上に、彼は立っている。金の刺繍で縁取られた黒い詰襟を身に着け、彼は、校庭に居並ぶ膨大な生徒たちを睥睨している。

 生徒会副会長、夢殿救世。

 そして号令台の傍らには、手を後ろ手に組んだ白い詰襟の少年。

 風紀委員長、平等院鳳凰丸。

 その時、ふたりの体からは決意と覚悟がほとばしるようだった。救世は静まりかえった生徒たちをゆっくりと見渡す。そして、鳳凰丸を見た。鳳凰丸はうなずく。救世もまたうなずいた。そしてまっすぐに生徒たちを見据えると……カッと目を見開き、宣言した。

「これより、緊急生徒総会を開催する!」

 そして、輝く講堂へと向かって手を掲げ、叫んだ。

「我が権能により命ずる! 講堂よ、我らに汝への道を示せ!」

 直後。天を震わし、雷鳴のごとき轟音がとどろいた。続いて、一度、二度。講堂が凄まじい閃光を放つ。そして講堂が一瞬ぶれるようにゆらめくと、その下部から吐きだされたのは、光り輝く無数の触手だった。

 触手が校庭へと降りそそぐ。触手は、ひとり、またひとりと生徒たちを捕らえ、そしてゴムのように急速に縮み、天高くへと連れさっていく。

「これが、講堂への道か……」

 鳳凰丸は降りそそぐ触手を見あげていた。その一本が、鳳凰丸へと目がけて、高速で迫ってくる。「はは……」鳳凰丸は笑い、受けいれるように手を広げた。触手の光は、優しく鳳凰丸を包み込んだ。

 そして。

「おお……」

 景色が飛んだ。見る見るうちに大地が離れ、上昇し、雲を突き抜け……頭上に、巨大な光り輝く球体が見える。

「あれが……講堂」

 不思議と、まぶしくはなかった。静かに浮かぶ、小さな惑星。そんな印象だった。そして鳳凰丸は……その惑星のような球体下部へと、激突するように突入していった。

 真っ暗な空間のなか、次々と光線が落ち、そして触手に捕らえられていたはずの生徒たちが光線から現れ、着席していく。

 そこはまるで、何万人をも収容できる巨大スタジアムのようだった。円形のスタンド席が何層にも渡って続き、生徒たちは、つぎつぎとそこに現れ、着席していく。

 そのスタジアム中央は広大な円形空間となっている。やがて光線はやみ、ざわざわと、生徒たちのざわめきが広がるなかで……円形空間の中央にスポットライトが当たった。

 そこには、ひとりの少年がいる。

 鳳凰丸だ。鳳凰丸は胸に手をあて、スタジアム中に染み渡るような、朗々とした美しい声で生徒たちに語りかける。

「僕は風紀委員長、平等院鳳凰丸だ。生徒会長、金堂盧舎那を逮捕し……このように緊急生徒総会を開催することを提議した……」

 その目がクワ、と見開かれる。

「僕が、その張本人である!」

 生徒たちは静まりかえっていた。固唾をのみ、鳳凰丸の言葉に耳を傾けはじめている。鳳凰丸は拳を振るうように、熱く語りはじめた。

「こうして皆に集まってもらい、緊急生徒総会を開催したのには理由がある! 今の学園の在り方は正しいのか? 否だ! 君たちは自分たちで学園の在り方を選択できているのか? これも否だ!」

 鳳凰丸は腕を広げ、聴衆に向かって叫ぶ。

「それでいいのか? 否だ! 生徒自身の手によって、生徒自らの意思によって、学園の新たなる未来を掴みとる必要がある! 皆の意思で、素晴らしい学園の未来を築かなければならない! そして、だからこそ!」

 新たなるスポットライト。そこに浮かび上がるのは、不敵な笑みを浮かべる長身の偉丈夫だ。

 生徒会長、金堂盧舎那(こんどう・るしゃな)。

「これから僕は、この男の……金堂盧舎那の真実を暴く! そして……皆に、その処遇について判断を委ねたいと思う」

 鳳凰丸は盧舎那を見た。そして力をこめ、盧舎那を指さす。断固たる決意をこめて叫ぶ。

「金堂盧舎那! 君の断罪は、生徒たちの自主的判断の第一歩となる! 悪いが君には……学園の新たなる未来のための、礎となってもらう!」

 一瞬の静寂。そして。

 く、は、ははははははははははッ!

 盧舎那は笑った。肩を震わし、獣のように獰猛に笑っていた。そこには、追い詰められた様子など微塵もない。

 鳳凰丸は冷ややかにその様を見て、再び、生徒たちへと向き直った。

「ではここで、立ち会いたる生徒会役員、ならびに教師にもご登場いただく!」

 新たなスポットライトが次々と照らしだされていく。それらのスポットライトは、盧舎那を囲むように並び立つ半円状の雛壇を浮かびあがらせていった。そこには座っている──。

 鋭い獅子のごとき眼差し。
 生徒会副会長、夢殿救世。

 見るたびに姿を変える不定形の少女。
 生徒会会計、銀沙向月(ぎんしゃ・こうげつ)。

 ニヒルな笑みをたたえる。
 生徒会広報、蓮華三十三(れんげ・みとみ)。

 ペストマスクが陽気に揺れていた。
 保健委員長、九頭龍滝神峯(くずりゅうたき・かぶ)。

 ホログラムのように霞む体。
 学習委員長、御影教王 (みかげきょうおう)。

 そして。
 教師。極楽真如(ごくらく・まじょ)。

 鳳凰丸は続けた。

「生徒会役員のうち、図書委員長、半跏思惟中宮と体育委員長、南円堂阿修羅からは欠席の意思表明があった。また、美化委員長、鏡鹿苑は現在、風紀牢獄に収監中である! 退学した庶務の疎水南禅、書記の八葉蓮寂光とあわせ、計五名の役員が欠席となっている。しかし……」

 鳳凰丸は救世を見た。救世はうなずき、スタジアムに轟く堂々たる声で告げた。

「副会長の権能において、なんら問題なしと判断する。本緊急生徒総会は……このまま続行する!」

 鳳凰丸はうなずく。そして大観衆を……いや、スタジアムを埋めつくす生徒たちを見渡した。

「それでは始めよう! これより僕は、金堂盧舎那の正体を白日のもとへとさらす……」

 フン、と盧舎那が鼻を鳴らした。鳳凰丸はそれを冷たく一瞥すると、誰かを呼びこむように、その左手を広げた。

「証人を……こちらへ!」

 薄暗い風紀牢獄のなかで、少女は……鏡鹿苑はひとり寝台に座り、怒りと悲しみに震えていた。

「クソ……クソ、クソ……」

 彼女が思い出すのは眼差しだった。
 それは静かで、真摯な眼差しだ。

「鳳凰丸……」

 闘いのあと、風紀牢獄で。鹿苑は鳳凰丸と対峙した。それは、たったふたりだけの時間だった。

 鹿苑は思いだす。

 鳳凰丸の眼差しを。
 その眼差しは真摯で、真剣で。
 そして鳳凰丸は……語ったのだ。
 ふたりだけの風紀牢獄で。
 彼の計画を。そして、その想いを。

「バカ、野郎……」

 鹿苑は頭を抱え、髪をつかんだ。

「バカ野郎が……なぜ今になって、そんなことを言う……! それじゃあたしは……あたしは」

 ひとすじ、頬のうえを涙がつたい、それは音もなく床へと落ちた。

「あたしは、なんで……クソ……クソ、クソ……! なんで、なんでだ! なぜ先走っちまった……無駄に……南禅と寂光を退学させちまったんだ……アアア……!」

 後悔とともに己の髪をつかんでうめくのは、かつての仇敵の名だ。

「鳳凰丸……お前は……お前が……」

 天井を見あげる。その先にあるであろう講堂を想いながら、鹿苑は叫ぶ。

「お前が、やろうとしていることはッ!」

ⅱに続く

「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)

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