第70話「摩訶不思議のハンカール」 #死闘ジュクゴニア
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<前回>
「はい、ハンカールさん」
その背後から、アルビノの少年……ゴウマが歩み出た。
「てめぇ……ッ」ピエリッタが目を見開く。「ふふ……気がついたか? いかにも、このゴウマもまた極限概念の持ち主だ。しかし……ただの極限概念だとは思わんことだ」
その瞳の上。それはまるで、波ひとつない水面に映る月光のように、静かに輝く二字が……極限のジュクゴが輝いていた。それは……
六 道 !
「ふふ……」高らかに宣言するように、ハンカールは言った。「これより始まるのだ……永遠(とわ)に続く、ジュクゴニア帝国の世界が」
世界五分前創造仮説の祝福の歌が木霊する。まるでひび割れ崩落していくかのように、世界はその姿を変えようとしている。
「あはは……滅びるぞ!」
その震動の中で、ピエリッタはハンカールを指差し笑っていた。
「舐めたこと言ってんじゃねぇよボケ。なーにが永遠に続くジュクゴニア帝国だ! 見ろよ! この偉大なるお母さまの力を! もう止められない! もう止まらない! てめぇみてぇなクソが何を企もうが、この世界はもう、消えてなくなるだけだ……ッ」
ハンカールは薄く笑った。「ふふ。言ったはずだ……わたしにはわかる。お前たちの最期も、この世界の行く末も、そのすべてがね」そしてその両腕を水平に広げる。刹那、右手の摩訶不思議、左手の希代不思議の間に閃光が生じた。
「アぁッ!?」輝きは同心円状に拡がっていく。驚き構えるピエリッタの体を通過。同心円を保ったまま、凄まじい速度でそれは拡がった。ハンカールたちが立つジンヤの断片を超え、ピエリッタの軍団をも超えて、調布の荒野全体を包み込んでいく!
「ふふ……これが最後の戦いだ! それにふさわしい舞台を、このわたしが用意しようではないか」
直後、異常な鳴動が戦場全体を覆った! それは世界五分前創造仮説の轟きとも異なる、不気味なる鳴動であった。
「なにッ……?」原子核崩壊のアルファを斬り捨てながら、ミヤビは唸った。揺れ、浮上する感覚……いや、違う。浮上を……している! 「ハンカール……!」ミヤビは顔を上げ、見渡した。調布の荒野全体を覆うハンカールの力場。それが鳴動し、浮上し、そして……!
調布の荒野が、飛んだ!
荒野を包み込んだ力場は凄まじい速度で上昇していく! そして、即座に高高度へと到達。球形を保ったまま、力場の輝きが渦を巻き、旋回していく。
四方に瘴気を飛ばしながら、フォルは笑っていた。「ぐふはッ! 相変わらず出鱈目なお方だぜェ!」
巨大な力場が動き出す。極光のような煌めきを残しながら、凄まじい速度でそれは飛んだ。空を巨大な彗星のごとき輝きが駆け巡る。巨大な光が、世界を超スピードで周回していく!
力場の中から見た時、その光景はまるで全天周に投影された爆発的な流星群のようであった。戦場全体を覆う輝きが、進行方向の後ろへと凄まじい速度で流れているのだ!
ハンカールは戦場全体に響き渡る大音声を発した!
「さぁ、存分に争うがいい……これがこの世界における、最後の戦いである!」
それはハンカールが造り上げた、巨大なるバトルフィールドであった!
「はぁ……? これはなんの真似……?」
苛立ちを隠せないピエリッタに、ハンカールは冷たく応える。
「ふふ……我らが本気を出してぶつかり合えば、世界は持たない。それでは困るのだ。なぜなら……」
ハンカールの右手から輝きが溢れ出した!
「この世界は永遠(とわ)に続く……このハンカールが、そのように決めたのだからなぁッ!」
ゴウマを、ハンカールの右腕から放たれた輝きが包み込んでいく! ゴウマの体が徐々に浮かび上がる。そしてその瞳が凄まじい光を放った。それこそは六道……極限の二字! ハンカールは吠えた。
「見よッ! これこそが我が切り札。虚ろなる器であるッ!」
ゴウマがその体を大の字に広げていく。その周囲に明かりが灯るように、壮絶なる文字が次々と現れていく!
まずはじめに、白く煌びやかな「天」の一字がその頭上に出現した。続いて、伸ばした右腕の先に凄絶なる青き炎のごとき「修羅」の二字。左腕の先には黄の輝きの中に、様々な色が蠢く「人間」の二字が浮かび上がった!
「なんだ、こいつ……は?」
ピエリッタは警戒した。ゴウマのジュクゴ力が異常な高まりを示している!
続いてゴウマの右足の先。緑の光が微睡み、揺蕩う「畜生」の二字が浮かび上がる。左足の先には、絶えることなき赤き欲望が相食い合う「餓鬼」の二字。
そして「天」の対極……ゴウマの直下に、昏く色を失った、絶望の「地獄」が浮かび上がった!
「ふふ……これが何かわかるか。ゴウマの六道はただの極限概念ではない。産まれ、育まれ、消滅し、流転していく……この世界そのものを現す概念。世界を飲み込む巨大なる器だ」
ハンカールは左手を翻す。「……つまりそれは」その左手から生じた鮮烈なる輝きが、無惨に転がるフシトの上半身を捉え、包み込んだ。
「それがたとえ……並ぶ者無き、比類なき力であったとしても!」ゴウマを包む輝きとフシトを包む輝きとが、同時に、凄まじい閃光を放った!
「そのすべてを飲み込むのだッ!」
その瞬間、ゴウマは咆哮した! それは声ならぬ声、聞くこと能わざる音声、すべてを超越した爆発的な獅子吼であった!
「な……ッ!?」
ピエリッタの眼(まなこ)が驚愕に見開かれる。その眼前でゴウマを覆う輝きが強まっていく。それはまるで、左手に浮かぶフシトの体から、その超常の力を飲み込んでいくかのようであった!
ゴウマの頭上。「天」の文字が光の円環に包まれていく。その円環からはさらに、右手の「修羅」、左手の「人間」へと向かって弧を描く光が伸びていく。そして光の弧の出現と同時。天の円環の下に「上」の一字が浮かび、灯った。それは円環に包まれた頭上の「天」と合わさり、「天上」のジュクゴを形作っていく。
ハンカールは目を細め、フシトの亡骸を見た。
「陛下……いやフシト……」
嵐のように吹き荒れる力の中で、「修羅」の二字、そして「人間」の二字が光の円環に包まれていく。そしてその二つの円環は「天」から伸びていった光の弧と接続される。同時。「天上」の下に「天下」の二字が浮かび上がった。
ハンカールは静かに笑っていた。
「もしも……ただの人間が、己の所業によって人類の滅びを招いたのだと知ったら……ふふ。その重みに、その人間は耐えることができるだろうか? ……耐えられようはずもない。だからかつて、我が身に宿っていたハンカールという男の人格は……あの時……あの崩壊の日、真に絶望したのだ。心折れ、狂わんとしていたのだ」
ゴウマの右足の先。「畜生」の二字が円環に包まれ、「修羅」から伸びた光の弧に接続された。一方、「人間」から伸びた光の弧は「餓鬼」の円環へと接続される。そして、「天上天下」の四字の下に「唯我」の二字が灯った。
「故にハンカールは心震えたのだ。ふふふ……。あぁ、フシト! あなたが現れ、世界を救おうとしたその姿に。あなたによってハンカールは文字通り救われた。ハンカールの魂は震えたのだ。あなたは、ハンカールにとっての救い主だったのだ!」
「地獄」の二字が光の円環に包まれていく。その円環へと向かって、「修羅」と「人間」の二字から、光の弧が伸びていく。
「だからあなたによって、新たなる世界が創世された時……微かに残っていたハンカールの意思は誓ったのだ。救われたこの世界を……あなたの世界を、未来永劫、永遠に残すのだと」
「地獄」に光の弧が接続される。
「もはやわたしには、人間としての人格は残されてはいない。ふふ……残されたものはただ『この世界を永遠に残す』という謎めいた使命感のみだ。ふふふ……奇妙なものだ。不思議なものだ。ジュクゴの力を受け入れ、超越者になろうとも。そして人としての意思が消え去ろうとも……この使命感だけは残り続けている……実に謎めいている……奇妙で、不思議なことだ」
ハンカールはどこか寂しげに呟き、その語りを終えた。
「奇妙で、不思議……そう、わたしは摩訶不思議。摩訶不思議のハンカール……」
直後! フシトを覆う輝きが消え、その残骸がごとりと落ちた。それと同時。凄まじき光芒が四方へと放たれる。ハンカールは咆哮した!
「覚醒せよ! ゴウマッ!」
ゴウマは静かに応えた。
「はい、ハンカールさん」
放たれた光芒が、まるで巻き戻るかのように収束する。そして訪れた一瞬の静寂。直後、そこから爆発的な一条の光が放たれた。それはミリシャへと向かって、飛んだ!
「なに……ッ!?」
ミリシャは眉根を寄せた。戦場を貫く凄まじき輝き! 「小癪ッ!」ミリシャは両の手をかざす。世界五分前創造仮説の力を、容赦なく存分に、その手に注いでいく!
激突……爆発!
その爆発の輝きの中で、ミリシャは見た。「お前……ッ!」
それは少年だった。その瞳は輝いていた。その輝きの上には刻まれていた……極限の二字、「六道」の二字が! そしてその体の周囲。後光のごとき煌めきともに、六色のジュクゴが円環でつながっている。「天」、「修羅」、「人間」、「畜生」、「餓鬼」、そして……「地獄」!
さらに……その体を貫くように、縦に八字のジュクゴが輝いている……それはあの、並ぶもの無き絶対の八字! それこそは!
天 上 天 下 唯 我 独 尊 !
「ははは……」
ミリシャは呆れたように笑った。
「てんこ盛りって感じじゃあないか……くだらない。いかにもハンカールが、考えそうなことではあるが」
ゴウマは無表情なままで告げた。
「ハンカールさんは言っていた」
その手を静かにミリシャへと向ける。
「お前を……飲み込めと」
「はは……」その瞬間、ミリシャの女神のごとき表情が、凄まじき形相へと変わった! 「やってみろよ、小僧ッ!」振りかざしたその手に、血のような赤い迸りが宿る! しかし……!
「く……ッ!?」
まるで何者かによって静止されたかのように、その手が止まる。ミリシャは背後を振り返った。「お前……ッ!」その視線の先! 「ふふ……」摩訶不思議と希代不思議の五字を輝かせて宙に浮かぶ、ハンカールであった!
「久しいな、ミリシャ。ふ……今のゴウマ、そしてわたし。二人を相手に、お前のその世界五分前創造仮説の力、果たしてどこまで通用するかな」
「お前……お前はァッ!」
ミリシャは呪うように体を震わせ、吐き出した。
「わたしは許さない……お前だけは……許すものか……許してたまるものか……ッ! わたしはお前を呪い、お前を苦しめ、泣き叫ぶ姿を見るためだけに、こうして存在し続けてきたのだ……!」
ミリシャは呪詛と懇願をこめて続ける。
「お前はわたしを見捨てた。わたしを裏切った。わたしを襤褸布のように扱った。肉体を打ち砕いた。その報いを……ははは……とくと味あわせてやるよ。たっぷりとな」
ミリシャはハンカールを指差し、歪んだ顔で笑った!
「ははは……お前はわたしの腕の中で、世界が滅び行く様を見るだろう。そして絶望し、死んでいくのだ……!」
「ふふふ……ミリシャ。わたしにはわかる。お前とわたしの因縁は、ここにおいて決着がつく。ふふ……ゴウマはお前すら飲み込むよ。彼はこの地上のすべてを飲み込み、真に世界そのものとなるのだ」
ハンカールは冷たく微笑んだ。
「そこには始まりもなく、終わりもない。進歩もなければ、退化も存在しない。すべてがあり、そしてすべてが静止している。すべてが固定された世界。それは滅ぶことなきフシトの世界」
ハンカールは天を仰ぐように両手を広げた。
「ゴウマにおいて因果は完結する。それが、永遠なるジュクゴニア帝国だ」
☆
戦場に、力の波涛が吹き荒れている。
「まだだ……まだ……ッ!」
嵐のごとき突風に吹かれながら、ジンヤの外壁をよじ登る少女が一人。その長い黒髪がびょうびょうと流され、なびいている。外壁を掴むその指先には、どす黒く血が滲んでいる。
「まだだ……これで終わりにはしない……ッ!」
刀を突き立て、引き寄せ、掴み、よじ登る。その形相は決死だった。その瞳から、怒りとともに涙が溢れて散っていく。
「あたしは……ッ!」
その瞳には輝いている。それはすべてを切り裂く二字のジュクゴ。
「あたしは……必ず……ッ」
少女は……エシュタは必殺の二字を煌めかせ、吐き出すように吠えた。
「必ず仇を取る……! 君の……! ヴォルビトン、君の仇を……ッ!」
☆
戦場に、力の波涛が吹き荒れている。
フシトの亡骸が無惨に転がっていた。もはや誰も顧みることのない、その形骸の傍ら。静かに佇む男がいた。男はフシトを見下ろし、呟く。
「惨めなもんだな……あんた」
男の逆立つ赤髪が、燃えるように風になびいていた。
「ははッ! ぶん殴ってやろうと思っていたのによぉ……その前にくたばっちまいやがった」
男は──造反有理のリオは顔を上げ、前を向いた。
「なぁ。あんたはいったい、何がしたかったんだ。本当にそれで……本当にそれで良かったのかよ」
その造反有理の四字が、静かに輝いていた。
「どうなんだ……なぁ、親父」
【第71話「雄叫びをあげろッ!」に続く!】