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人類救済学園 第弐話「校内暴力」 ⅳ

前回

ⅳ.

 鏡鹿苑は高々と手をかかげて叫んだ。

「緊急動議! 校内暴力行使の許可を求めるッ!」

「……!?」

 鳳凰丸は唖然と鹿苑を見た。
 鹿苑は嘲るように続けた。

「ぎゃは! 賛同する生徒会役員は、挙手をォ!」

「当然だ」「!」

 鳳凰丸は背後を見た。
 そこにはゆらりと佇む少年がいる。

「朝になると太陽が昇り、やがて沈んで夜が来る。ああ、それぐらい自明だな、鏡。こいつには、校内暴力を行使すべきだ。当然俺は、賛同する」

 その右目が確定的な殺意とともに怪しく煌めいた。生徒会執行部、庶務の疎水南禅(そすい・なんぜん)

「賛同します」

「……!」

 嘲笑う鹿苑の背後。あらたな人影が現れた。機械のようにカクカクと、不気味な動きで少女は告げた。

「校内暴力、賛同です」

 生徒会執行部、書記の八葉蓮寂光(はちようれん・じゃっこう)

「…………ッ!?」

 鹿苑は鳳凰丸を指さし、のけぞるように嗤った!

「ぎゃははは! 学園則第十二条、第一項! 『生徒会役員四分の一の賛同をもって、生徒間の紛争解決手段としての校内暴力を許容する』……ぎゃはァ! これで役員四分の一の賛同が得られた。校内暴力、成立だッ!」

 鳳凰丸はうめいた。

「欺瞞だ……君たち美化委員は、すでに攻撃を繰り返している……なにをいまさら……」

「あ~あ、わかってねえなあ、おい、お漏らしクソ野郎。てめえはこれで詰んだんだってことになァ! 学園則第十二条、第二項! 『校内暴力による紛争解決において、紛争当事者が生徒会役員である場合、生徒会役員としての、その権能は停止される』ッ!」

「………!」

 その瞬間、鳳凰丸のなかで、電撃のようになにかがロックされた感覚が走った。そして理解する。己の権能が

 ……風紀委員たちとの結びつきが、絶たれた。

「ぎゃはは!」

 鹿苑の手からザワザワと、伸びゆくものがある。それは薔薇の荊だ。荊は触手のように蠢き、寄り集まり、鞭と化し……バァンッ! と芝生へと叩きつけられた。

「学園則第十二条、第三項。『校内暴力の結果としての退学は、これを許容する』! ぎゃはは、バァカが! てめえはなァ、生徒会役員を甘く見てたンだよォ、お漏らしクソ退学野郎ッ!」

 ドゥルルルン。不気味な音とともに、南禅がその手にかかげたのは、巨大なチェーンソーだった。チャキチャキチャキ……機械的な金属音。寂光の手から、無数のジャグリングナイフが舞って、くるくると宙を回転するのが見えた。

「くそ……ッ」

 鳳凰丸は駆けだす。

「おおっと、逃がさねェよ」

 駆けだす鳳凰丸の眼前。地面が割れた。「!?」そこから噴き出したのは荊だ。荊は丘の頂上を取り囲むように壁をつくりだし、鳳凰丸の行く手を阻む。さらに!

 その荊の隙間から、ザンザンザン、と丘を登り、赤い制服を身につけた美化委員たちが、十重二十重に周囲を取り囲むのが見えた。万全の仕掛けだった。

「……ッ!」

「ぎゃ、ははははははッ!」

 鹿苑の足元から、さらに荊が噴出していく。その荊は彼女を乗せ、高く高く盛りあがっていく。鳳凰丸は見あげ、唾を呑んだ。そこには高くそびえ、玉座と化した荊がある。鹿苑はその上に腰をおろし、頬杖をつき、鳳凰丸を見下しながら言った。

「理解できたかァ? これから始まるのはただの校内暴力じゃない……楽しい楽しい、一方的で、圧倒的で、凄惨な……」

 壮絶な笑みを浮かべる。

「リンチだ!」

 鳳凰丸の頬を、冷たい汗が流れていった。絶体絶命のピンチだ。しかし同時に、その脳内では冷徹な計算が始まっている。

 奇妙だぞ。僕の権能が封じられたように、彼女たちもまた、己の権能は使えなくなっているはずだ。それなのにこの荊はなんだ……? 僕の知らない、権能とは別の力があるのか……?

 その心を見透かしたかのように、鹿苑は荊の玉座のうえでゆったりと足を上げて伸ばし、組み、そして嗤った。

「おーおー、すっかり困った顔をしてるじゃねえか。ちょっと可哀想になッてきちまうなあ~。ぎゃはは! てめえにはわからねェだろうよ。転入してきた、根無し草の、てめえには。あたしら役員が、何代にもわたって継承し続けてきた、〈技〉ってやつをなァ!」

 技……。
 鳳凰丸の記憶にはない概念だった。
 鳳凰丸の思考が目まぐるしく駆け巡る。

 油断していた。直接の襲撃も、当然予想はしていた。しかしそれでも、ここまで徹底するとは思いもしなかった。僕が備える時間すら与えないとは……。

 鳳凰丸は笑っていた。
 鳳凰丸は、心から感動していた。

 鏡鹿苑……君は、すごい人だ!

 息を吐きだす。詰め襟のホックを外す。そして記憶のなかから学園則を手繰り寄せる。

「学園則第十二条、第四項。『校内暴力での紛争時、生徒は学園より学園武装の貸与をうけることができる。その学園武装は、生徒個人の存在格に応じて、形状・威力が決定される』……」

 鳳凰丸は考える。僕は今後、この学園に弓をひくことになる。だから、その学園の力を借りるなんて……実にシャクだ! でもいまは……いまは、いまだけはッ! 鳳凰丸はその手をかざす。

「是非もなし!」

 その瞬間、空が赤く灼熱した。「んだとォ?」鹿苑たちは空を見あげた。弾けるような稲妻が空を貫く。その稲光を軸にして、炎が渦を巻いて舞い降りてきた。炎は弾ける。散り、空中に文字を描きだしていく。それは!

 平 等 院 鳳 凰 丸

 鳳凰丸は手を伸ばした。彼の名を象った炎は、その手に向けて降りそそいでいく。そして炎は形づくる……

 緋色に輝く戦鎚を!

 鳳凰丸は足を踏みしめる。戦鎚をかかげる。「うおぉッ!」気合いとともにそれを構える。その顔には、不敵な笑みが浮かんでいる!

「せいぜい、あがけるだけ……あがいてみせるさ!」

 同時。

 ドゥルルルン! 疎水南禅のチェーンソーが、獣のような雄叫びをあげた。

ⅴに続く

「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)

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