人類救済学園 第参話「VS.鏡鹿苑!」 ⅰ
【前回】
ⅰ.
飛びかうナイフが殺到する。まさにここが死線、すべてを決する瞬間だ。鳳凰丸は叫び、戦鎚を振るう。駆け、ナイフの群れに突入する。
それはまるで吹き荒れる突風だった。ナイフは渦を巻き、鳳凰丸を刻みながら、「うわあッ!」と、気迫とともに戦鎚を振るう少年を、完全に取り囲む。少年の制服はズタズタに裂かれていた。柔肌からは溢れる鮮血。彼の白かった詰め襟を真っ赤に染めぬいて。
なおもナイフは容赦なく迫り続ける。鳳凰丸はそれでも、叫び、駆け、戦鎚を振るおうとする。しかし。ナイフはその喉元へと、退学を予感させる煌めきとともに飛来した……鳳凰丸はとっさに手のひらでナイフを受けとめようとする……まさに、その時だった。
閃光。
「なんだ……ッ!?」
あまりにもまばゆい光だった。視界はホワイトアウトし、鳳凰丸は退学を覚悟した。もはやこれまで、はかない学生生活であったな……と。だが。
……あれ?
ナイフは飛来しない。刹那の奇妙な静寂だけがあった。視界が回復する。その目の前には……奇妙な鎧をまとった少年が立っている! 鳳凰丸は驚き、目を見開いた。
「一年、風紀委員、櫻坊!」
少年は……櫻は矛を振りかざし、そして構える。
「風紀委員のひとりとして! 俺は、鳳凰丸さんとともに戦うッ!」
鳳凰丸はその少年を知っていた。櫻坊。風紀委員。頼りなげな、でも心から、鳳凰丸とともにあろうとする少年。鳳凰丸は……目を輝かせた。
「君……、君……!」
嬉しかった。安堵した。感謝があふれた。しかし、同時。鳳凰丸のなかでは、冷徹な計算も開始されていた。櫻のこの奇妙な力はなんだ……あのアミュレットは……文字が刻まれた鎧……敵は役員三人、そしてまだ、大勢の美化委員が残っている……。
「半跏思惟……てめえコノ、ひきこもり野郎……!」
荊の玉座の上。鏡鹿苑は歯噛みしながらうめいていた。鹿苑の視線は櫻へと向けられている。しかし、鹿苑がそこに見い出しているのは櫻ではない。彼に力を貸す存在……図書委員長、半跏思惟中宮だ。
櫻の胸元、神秘のアミュレットが輝き、芝居がかった超自然の声を響かせた。柔らかい声だった。
『ああ。お歴々、久しぶり。そして平等院さん、はじめまして。この図書委員長、半跏思惟中宮。故あって、風紀委員に力を貸すことに致しましたよ、ふふふ』
その瞬間。ドゥルルン! チェーンソーがうなりをあげた。灼熱の渦をともない旋回する。そのチェーンソーの主……疎水南禅は櫻を見ていない。中宮の言葉を耳にしてもなお。その獰猛な笑みは、いまだ鳳凰丸だけに向けられている。
「盧舎那の敵は、俺の敵だ」
言うや否や、南禅は跳躍。それは獲物に躍りかかる肉食獣のごとく。空中でチェーンソーを振りあげ、灼熱の旋風が渦を巻く! 南禅の義眼が悪魔のような照り返しを放ち、煌めく。
「お前を片づけ、副会長を退学させ……それでもなお、仕事が終わらないとはなァ! 図書館を焼きはらう……いささか骨だ!」
甲高い金属音! 振りおろされたチェーンソーを防いだのは……櫻の矛だった。遅れて、驚く鳳凰丸の髪が風圧で揺れた。その動き、まさに神速。櫻は叫んだ。
「鳳凰丸さんは、俺が護るッ!」
南禅は笑った。
「ガキが……ッ」
そこに再びナイフの群れが殺到。その狙いは……やはり鳳凰丸! 「はッ!」櫻は気迫とともにチェーンソーを押し戻す。疾風のように旋回。神速の突きを繰りだす。その刺突は渦巻く風を作りだし、それは小型の竜巻と化し、飛び交うナイフを打ち砕く。直後、風が吹き荒れた。
「フン。なかなかやる……」
南禅は警戒するように飛びのき、距離をあけ、嵐のような風のなかでドゥルルン! チェーンソーを構えなおす。チャキチャキチャキ……寂光は無言でジャグリングと速記を繰り返している。
「半跏思惟……」
櫻の背後で、鳳凰丸は喘ぐように言葉を吐きだした。出血が続いている。顔には冷たい汗が流れている。ダメージは相当に深い。
「中宮くん……、君のことはようわからんけど……」
鳳凰丸は己を強いて笑みをつくった。
「マジで助かった」
アミュレットは輝き、優しげな声でこたえる。
『この世は舞台、人はみな役者……わたしは、わたしの信じる役割を演ずるのみです。平等院さん、あなたとともにね』
鳳凰丸は苦しげに首を傾げた。
「役割……?」
『ふふ。細かい話はあとにしましょう。今は……』
「しゃらくせェーッ!」
それは凄まじい怒号だった。ビリビリと大気が震え、鳳凰丸は思わず耳を塞ぐ。すべてを塗りつぶすようなその怒声の主は、鏡鹿苑だ。
「おいおいおいおい、南禅、寂光……てめえら、なァにをモタモタしていやがる……あたしがここまでお膳立てしてやったわけなンだが? まだ “あの“ 副会長の始末が残っているわけなンだが? さっさと終わらせろやクソボケェ」
「フン。勘違いするなよ、鏡」
ドゥル、ドゥル、ドゥル! 南禅のチェーンソーが笑いのようなうなり声をあげた。
「当然すぐに終わらせる。だが、それはお前のためではない」
そう言いながら南禅は構える。その構えは奇妙だった。チェーンソーを下段に。居合いの剣士のごとく腰を落とす。
「ましてや俺のためでもない」
力を蓄えるように腰をひねる。チェーンソーの刃は右後方を向く。南禅の筋肉が怒張する。こめかみには血管が浮かびあがり、ドゥル、ドゥル、ドゥル。静かなうなりが響いた。その体の周囲が陽炎のように揺らぎ、熱をともなう風をふかせた。その構えは凄まじいポテンシャルを予感させる……まるで、噴火寸前の火山。
同時。
寂光は凄まじい速度でジャグリングナイフを宙に投げ続けていた。ナイフは宙に舞い、浮かぶ。煌めく星々のように、宙を埋めつくすその数は……優に百本を超えている!
アミュレットが叫びをあげた。
『来ます! 彼らの技が!』
南禅の左足が大地を踏み抜く。後方へと向けられていたチェーンソーが振りあげられる。瞬間、右目のサファイアが輝きを放った。ドゥォルルォオン! 巨大な咆哮とともに……南禅は回転した。
【ⅱに続く】
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