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人類救済学園 第陸話「講堂決戦」 ⅰ

前回

ⅰ.

 極楽真如の顔は歪んでいた。色は膿んだように赤黒く、目はつり上がり、皺はより深く、顔の中心へと寄るように縮み。

「シャアァァァーーッ!」

 スタジアムの空気が震えた。生徒たちの大歓声をも上回るその怪音は、極楽真如が発したものだった。真如は爪をたてるように両手の指を曲げ、高々と掲げる。

 盧舎那は傲慢な笑みを浮かべた。

「ハッ……来るかい」

 その後方、鳳凰丸は真如を見据えたまま、

「……童学瑠璃ッ!」

 と呼びかける。

「君の罪はあらためて裁くことになるだろう。だが今は……逃げろ!」

「はい……!」

 瑠璃は駆けだす。しかし。しばらく走ると、ためらいがちに立ち止まった。振り返る。真如に相対する三人の背を見つめ、「どうか……」と、祈るように、手を握る。

「どうか、宝厳さんの仇を……」

 そして再び踵を返して駆けだす。

「……どうか、ご武運を!」

 盧舎那は呟いた。

「……すまない。俺は救えなかった」

 その見据える先。雛壇の上で、真如は手を掲げたまま「シィァァァァッ!」仰け反るように腕を伸ばした!

「教育的ぃ、指ぃ導ぉぉ!」

 その手が前へと突きだされる。渦が生じた。それは黒と白、ギザギザとした鋸歯のような、ふたつの凄まじい奔流の連続であった。視覚を歪め、めまいを覚えさせるほどの白黒ギザギザのコントラストをつくりあげて回転、それは空間を巻きこみ、歪め、渦を巻き、盧舎那へと迫った!

 盧舎那は不敵な笑みを浮かべていた。腕を組み、仁王立ちで。その肩に肩掛けされた黄金ストライプの学ランがたなびいていた。白と黒の奔流が盧舎那へと迫る。その視界を奇怪なコントラストで染めあげていく。それでも彼は微動だにしない。獣のごとくギラついた眼差しで、ただ渦を見据えている。

 そして!

「喝ァッ!」

 咆哮。その盧舎那の大喝は、空間そのものを爆砕。ひび割れたように白と黒の渦が砕け、粉微塵に吹き飛ぶ! そしてあとにはノイズのような残滓だけが残された。盧舎那は鼻を鳴らす。

「くだらねえ……」

 傲然とあごを上げ、

「教師ってのは……」

 言い放つ!

「この程度か?」

「ふぇふぇ……」

 極楽真如は鬼のような形相を歪めて笑った。

「指導はぁ、まぁだまぁだ、始まったぁばかりだぁよ……」

 その目が、怪しく輝いた。

 雛壇の陰。ペストマスクがひょこりと現れる。隠れ潜んでいた九頭龍滝神峯だ。神峯は固唾を飲み、呟いた。

「こ、これが盧舎那ちゃんの本気ってやつ……!」

「いや、違う……まだ……だ……やつはまだ、全然本気では……ない……」

 そう応えたのは御影教王だ。「え~!」神峯が素っ頓狂な声をあげた。「それじゃこの講堂、どうなっちゃうの……」

 教王のホログラムじみた輪郭が揺らいだ。

「しかし……このままでは危うい……」

「……?」

「このままでは……盧舎那は、本気を出せぬ……まま……終わる……ぞ……」

 その時!

 スタジアム中の生徒たちがどよめいた。

「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」
「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」
「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」
「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」

 それはまるで、大量に沸きだした虫だった。スタジアムのいたるところからゾロゾロと現れ、スタジアム中央になだれこみ、押し寄せる、人、人、人。

「「「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」」」

 それらはすべて極楽真如だった。同じ姿をし、同じ動きをし、同じ表情を浮かべ、同じように皺をよせ、同じように笑う極楽真如だ。

 盧舎那は眉をひそめた。

「きめぇな」

 真如たちは雛壇上の真如を中心に、盧舎那を取り囲むように集結していく。その数……百は超えている!

「「「ふぇ、ふぇ、ふぇ……」」」

 その皺のよった顔は暗くかげり、そのかげりのなかで、真如たちは不気味な笑みを浮かべている。その目は怪しく輝いている。蠢き、埋めつくし、そのなかで輝く目は、まるで燎原の闇に燃え広がる炎のようだ。

「救世くん……」

 鳳凰丸はうめき、戦鎚を握りしめた。「いや、まだだ」そんな鳳凰丸を、救世は制した。

「教師との抗争に関われるのは、本来、生徒会長のみ。だからこそ……我らの介入は、決定的なタイミング……その一瞬のみに期するべきだ」

 そして盧舎那を見る。

「安心しろ。やつは……こんなものではない」

「「「ふぇ、ふぇ、ふぇ」」」

 真如たちは一斉に話しだす。

「「「学園にぃ、在籍するぅ教師はぁ、ワシ、たぁったのぉ、ひとぉりぃ!」」」

 その声はスタジアムを震わせた。生徒たちは苦痛に顔を歪めて耳を塞ぐ。地獄を思わせるユニゾンだった。

「「「ワシがぁ、たったひとりぃでぇ、お前たちのぉ、面倒ぉをぉ、見てきてやったぁ、そしてぇ、慈愛とともにぃ、卒業へとお前たちをぉ、導き続けてきたぁ! だがぁ!」」」

 真如たちは一斉に、その指を盧舎那へと突きつける。

「「「いまぁ、その全てのワシがぁ、全勢力をもってぇ、お前をぉぉぉぉぉ!」」」

 その喉が一斉にゴボゴボと鳴った。その目の輝きが左右に揺らぎ、不気味な軌跡を描いている。

「「「挽き肉へと変ぇてぇぇ! 退学させぇ、地獄の苦しみをぉぉ味あわせるぅぅのだぁ!」」」

 次の瞬間……それはまさに、津波だった。

 次々と跳びあがり、盧舎那へと躍りかかる。床を砕き蹴る、凄まじい爆裂音が轟く。衝撃で講堂が左右に揺れた。躍りかかる真如たちは壁のように連なり、空間を埋めつくし、そびえ立ち、迫る。まさに極楽真如の津波。

 怒濤のごとき、教師の波濤である!

「ハッ……」

 盧舎那は笑った。

「指導と言ったり、退学させると言ったり……一貫性ぐらい持てよ、婆さん」

 その背の光輪が輝きを増した。盧舎那は右拳を握りしめる。黄金の輝きがその拳へと流れこみ、包みこんでいく。

 盧舎那は想う。
 闘いのときには、常に浮かんでくる。

 学園に暮らす、生徒たちの顔。そのひとりひとりの顔を、盧舎那はおぼえている。彼らは学び、悩み、遊び、戯れ……それぞれの青春を生きていた。同じ瞬間は二度とは訪れない。輝かしい刹那の連続。それが、青春だ。盧舎那は思い浮かべる。生徒たちは卒業への不安を押し殺しながらも、それでも青春を生きている。生き続けているのだ! そのかけがいのなさを噛み締める……

 俺は……。俺は……! 俺はッ!

 拳の輝きが増していく。盧舎那は笑っていた。努めて豪胆に、傲慢に、獣のように! その拳は後ろへと、限界まで引き絞られていく。そして!

 斜めに、振り抜く!
 想いが、溢れる。

 迸る。

 それは、黄金に輝く愛である。

 それは学園の、生徒たちの、生活を、日々を、希望を、青春を。護る盾であり……矛である!

 真如のうちの一体が目を見開く。彼女は見ていた。盧舎那の拳から黄金の輝きが迸る様を。それは散弾さながらに拡散した。そして、そのうちのひとつの弾丸が迫り……笑みに歪ませた、己の顔を貫いていく。

 刹那!

 それは十字の輝きを放った。
 真如の顔は分断された。

「フン……」

 盧舎那はスラックスのポケットに手をいれ、身を翻した。肩掛けにしている黄金ストライプの学ランもまた、踊るように翻った。

 その背後で……

 無数の黄金十字が輝き、瞬き、連鎖するように爆散していく。その輝きのなかで、盧舎那は呟く。

「くだらねぇ」

 それは壮観にして壮麗な光景だった。極楽真如の津波が次々と黄金光に切り裂かれ、輝き、爆発。まるで花のような黄金大輪を次々と咲かせ、四散していった。

 スタジアムは……黄金の輝きに包まれた。

「これが、本気の金堂盧舎那……」

 鳳凰丸は感動していた。心が震えた。その力は圧倒的であり、まさに無敵であるように思えた。この男は……金堂盧舎那は、伊達ではない!

 だが。

「まだだ……」

 救世は警戒するように和刀を構え続ける。

「まだ、盧舎那は本気をだしていない。まるでな。そしておそらくは……ヤツもまた同様……」

 救世が見つめる先。

 黄金の輝きが薄れていく。

「あは、あはぁ、は……」

 不気味に轟く、若い女の笑い。薄れゆく黄金光、そのなかに、蠢く、巨大な影が見えた。

ⅱに続く

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