第50話「決して立ち止まるな」 #死闘ジュクゴニア
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<前回>
「俺は……」
ハガネの双眸がカッと見開かれた。
「決して屈しはしないっ!」
その瞳に燃えるは不屈の二字! バチンっ! 凄まじい音とともに、ハガネは不可視の力を引きちぎる。そして再びバガンに躍りかかる!
『ふはは……楽しませてくれる!』獰猛に笑うバガンの右拳!
「うぉおおぉおおお!」吠えるハガネの左拳!
閃光とともに、二人の拳が交錯した。
ハガネは見た。獰猛に笑うバガンの顔を。そしてその瞳に輝く最強の二字を。バガンは見た。覚悟に満ちたハガネの表情を。そしてその瞳に燃える不屈の二字を。
ハガネの左腕とバガンの右腕が交差する。二人の拳がお互いの顔へと迫り──そして炸裂した。閃光。轟く雄叫び。
『ふはは……非力!』
「俺は……俺は決して屈しはしない!」
地上。ライは叫んでいた。
「ハガネ!」
巨人が爆発するように──その肉体から光を撒き散らしていく。その中心。「うぉおおぉおお!」唸りをあげ、互いの拳を互いの顔面へと捻り込む、二人の姿!
「ぐふははっ。すげぇ。すげぇ闘いだ。なぁ、面白ぇ。面白ぇじゃねぇか、なぁおい!」
「……まぁ、そこそこですかね」
ジンヤからその様を見る二人の戦士! 屍山血河のフォル、星旄電戟のバーン!
ハガネは右拳を振り上げる。同時。左拳を振り上げるバガン。お互いの交差した腕を引き戻した刹那──閃光。先とは逆。ハガネの右腕とバガンの左腕が交差する! 唸りをあげる右拳と左拳が、互いの顔面へと捩じり込まれる。土煙立ち込める中に撒き散らされていく爆発的な輝きが、荘厳にして壮絶なる光景を産み出していく。
「ぐはは。なぁ、おぼっちゃんよぉ。おめぇ、あれに勝てると思うかぁ?」
「……ま、やれるんじゃないですかね」
「ぐふふは。まぁてめぇはそう言うだろうなぁ……そういうやつだよ、てめぇってやつはよぉ」
フォルの顔が笑みで歪む。
(ぐふは……ばーか、この勘違い野郎が。さてさて、かく言う俺はどうだ? そうだな……普通に戦えば敵わねぇ、明らかに、だ。だがよぉ……ぐふはっ! 俺の100%を出すことができるとすれば、どうなる? あるいは……)
((フォル……))
「ぐはっ!?」
((フォル……バーン……))
その呼び掛けは二人の脳裏に直接響いていた。
「ハンカール様……!」
((フォル。バーン。今からジンヤ最上層へと向かうのだ。わたしにはわかる……もうすぐだ。もうすぐお前たちの力が必要となる。存分に奮ってもらうぞ……お前たちのジュクゴ力をな))
「うぉぉぉおおおお!」
ハガネは吠える! そして燃やした。瞳の不屈を──己のうちから沸き上がる、不屈の力を!
「バガァン!」
ハガネは込める。己の怒りを。失われた人々の命を。その右拳が唸りをあげている。その拳が燃えている。その拳は轟いていた。その拳には力が満ち満ちていた。そして、その拳は不屈である!
「俺は……お前を!」
『……ぬるい』
吐き捨てるようなバガンの念話。
「なんだと……」
『やはりぬるい……ハガネとやら。我はお前の攻撃なぞ、造作もなく躱すこともできる。だが、それをせずにあえて受けてやったのだ。なぜだかわかるか?』
「なに……」
『理解せよ! 思い知らせてやるために。我との力の差を思い知らせてやるために! お前は非力であり、無力なのだと思い知らせてやるために、だっ!』
その瞬間、ハガネの瞳に焼き付けるようにそれは飛び込んできた。すべてを掻き消すような、輝ける最強の二字!
「うぅっ!?」
『消し飛べ! 非力なる者!』
バガンの左拳が唸りをあげている。その拳は圧倒的な輝きを放っている。その拳はすべてを打ち消す力に溢れていた。そして、その拳は最強である!
「ぐぁああああーーー!」
ハガネの体が吹き飛ぶ。激しく回転しながらその身を捩じるようにして飛んだハガネは、巨人の体内から弾き出されていた。
「ハガネっ!」
ライの悲痛な叫び。
「まだだ……俺は……!」
不撓不屈の翼を広げ、宙に踏みとどまるハガネ。しかしその眼前。輝ける巨大な両の手が広がっていた。
「なっ……うぅっ!?」
巨人の左手が不撓の翼を! 右手が不屈の翼を握りしめる。そして、凄まじき力で捩じり上げていく!
『非力!』
「ぐぁああ!」
『非力!』
「ぐぅぅう!」
『非力!』
「……ぅぁあっ!」
『非力である!』
バチバチバチィ……ッ!
弾ける音とともに、無惨に引きちぎられる不撓不屈の翼!
「うぁぁ……!」
ハガネは落ちていく。くるくると回転しながら、大地へと向かって。天空に広がる霊長類最強の五字が炸裂するように光を放つ中、巨人はその拳を振り上げ、そして振り下ろした!
『非力!』
その鉄槌はハガネを直撃。バガンはそのまま大地へと叩きつける! 大地が揺れる。凄まじい爆風。「ハガネ……っ!」吹き荒れる土砂の中、ライは残る力を振り絞り、駆けだしていた。
『非力!』ズズズウゥゥンッ!
『非力!』ズズズウゥゥンッ!
『非力!』ズズズウゥゥンッ!
『非力である!』ズガガガガァンッ!
爆煙。大地は割れ巨大なるクレーターと化す。巻き上げられた土砂が嵐のごとき暴風となって爆発的に吹き荒れていく。
「ライ……さん……」
土砂吹き荒れる中、ハガネはライに抱えられている自身に気がついた。電光石火。その力がかろうじて、バガンの猛攻からハガネを救い出していたのだ。
「俺は……まだやれる……俺は……俺はまだ屈してはいない……だから……」
「ハガネ」
ライはハガネを制すると、ゆっくりとその身を地面へと降ろしていった。その表情。少しずつ満ちていく、静かで確かな覚悟。そのライの覚悟に応えるように、脳裏に声が──不気味なる声が響き渡った。高らかに笑う道化師の声が。
((あはははは。ライ様……ライ様ぁ。さぁさぁさぁさぁ、時は来た! これはいよいよ後がなぁい! 貴方にもわかっているはず! これはもぉ使うしかないのでぇす……偉大なる、あの力を!))
煽りたてるピエリッタ。しかしその声に被さるように、さらに別の女の声が響いていく。
((使え! 創世の種を。ライよ。今こそ高みへと昇るのだ! 全てを圧する力を。全てに勝る力を! 全てを一撃で滅ぼす力を! 手にする時がついに来たのだ!))
ライには見えていた。目の前の景色に重なるように、光の中に浮かぶ赤い髪の女。ライは……ハガネを見た。ハガネは大地に手をつき、肩で息をしている。しかし、その不屈の輝きはまだ消えてはいない。
「ライ……さん……?」
ハガネはライを見上げた。それは電光石火の力がもたらした一瞬の奇跡だったのか──不思議な光景だった。迫り来る巨人が、スローモーションのように緩慢に動いている。二人の間に、二人だけの静かな世界が訪れていた。
「ハガネ……」
ライは胸に手を当てながら、ハガネの瞳を見つめた。
「お前のその不屈に。私は賭ける」
「ライ……さん……いったい……いったい……」
不吉な予感。ライは微笑んでいた。
優しい微笑み。その微笑みを見てハガネは思い出す。かつて、ライとともに過ごした時間、家族のような時間、温もりの時間を。その暖かい記憶の中でライはいつも微笑んでいた──そう、今のように。それは優しく、穏やかで暖かい時間だった。ライがいて、ゲンコがいて、ゴンタがいて、皆で笑って──
ライの表情が再び覚悟を秘めたものへと戻っていく。ハガネは感じていた。暖かい時間がどこかへと去っていく。もう手が届かない、どこか遠くへと。
「ハガネ。これから何があろうと……」
「ライ……さん……?」
「たとえ私が……私の行為が……世界に仇なすことになったとしても。お前は……お前だけは! 変わらず前を向いて歩んで欲しい」
「ライさん……!?」
ライはハガネに背を向けた。
「ハガネ……これから何があろうと……決して立ち止まるな」
ライは振り返らずに、もう一度言った。
「何があろうともっ! 決して……決して立ち止まるなっ!」
「ライさんっ!?」
直後、ライの胸から閃光が迸った。黄金、そして赤い鮮血のごとき色、二色の輝きがライを包み込んでいく。それは禍々しい、余りにも禍々しい耀きだった。
ズクンッ!
脈動する不気味な音──それは波動。黄金と赤、二つの〈創世の種〉が発する力の波動。
【次回、第五十一話「転生」】