![死闘ジュクゴニア_01](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/18191376/rectangle_large_type_2_1675d3e24b6fc99c04ef79c67d64be80.png?width=1200)
第56話「風花雪月」 #死闘ジュクゴニア
【目次】【キャラクター名鑑】【総集編目次】
<前回>
「行け! エシュタ!」
叫びと共に、球体から少女が跳躍する。
その額には輝く筋が二本。そこに、第三、第四の瞳が現れていく。
その四つの瞳、そこにはジュクゴが輝いていた。
それは真に恐るべき、戦慄の四字である!
それこそは──
見 敵 必 殺 !
エシュタは四つの瞳を見開く。
その瞳から放たれていくのは力だ。それは文字通りの見敵必殺、エシュタが見つめるありとあらゆる生物を必殺する、目に見ることすら能わざる、不可視の殺気である!
眼前の敵はたったの三名。「何も違いはない……」相手が三名であろうが、百名であろうが、千を超す軍勢であろうが。「いつも通りに、殺れる(とれる)!」エシュタは確信する。だが──
──それは、空にちりばめられた宝石のようだった。それは、満天を埋め尽くす輝きだった。エシュタの背後から、そして頭上から。そのちりばめられた耀きが、突き刺すような光を放っていく。その瞬間、エシュタの確信は揺らぎ、そして気がつく。(これは……!)己が一転、死地にいるという事実に。
「滅べよ、賊っ!」
まさしく刹那の出来事であった。大喝とともに天空の輝きは騎馬の大軍勢へと姿を変えていく。その数は万をも超しているだろう。天空を揺るがす鬨の声、怒号とともに、輝ける軍勢は殺到していた。ジンヤ最上層へと降り注ぐ、致命の波濤と化して!
「ぐほはっ!? ちょ……おまっ……」
フォルは目を見開き叫んでいた。直後、騎馬突撃の直撃を喰らい、瞬時に肉塊と化した。残忍極まりない戦士は、その屍山血河の力を振るう暇すらなく散っていったのだ。
「くそっ」エシュタは空中で身を翻し、その殺気を押し寄せる軍勢へと向ける。だが、「数が多すぎる……!」
「エシュタ!」
ヴォルビトンは跳躍し、エシュタを抱きかかえた。その身体から展開される雷霆万鈞の力が、辛うじて二人を肉塊となることから防いでいた。「ぐぅぅ……!」唸る。二人の視界が光に染まっていく。軍勢は絶えることなく降り注ぎ、激突を繰り返していく。二人は凄まじい勢いで、雷霆万鈞の力場ごとジンヤ最上層の床へと叩きつけられた!
「ぐっ……これが! ジュクゴニア帝国……かっ!」
力場を展開し続けるヴォルビトンは決死の表情だ。その身体は震え、早くも限界が近づいている。その表情が諦念に染まろうとした、その時だった。
「ヴォルビトン」その落ち着いた呼びかけにヴォルビトンは我に返り、エシュタを見る。「エシュタ……」
「助けてくれて、ありがとね」エシュタは微笑んだ。彼女の第三、第四の瞳はすでに閉じていた。しかし、その必殺の双眸は見つめ続けている。降り注ぐ光の先、方天戟を振るう若武者がいた。その左肩に刻まれしは、星旄電戟の四字だ。
「はは。あたしたち、さっそくのピンチだ。笑える」エシュタの微笑みはニヒルな色彩を湛えていた。「でもどうってことはないよ、ヴォルビトン。君とあたしの二人なら」エシュタはヴォルビトンの目を見た。
「君の力であいつまでの道を作る。そして、あたしが一瞬で終わらせる。ただ、それだけだから」
その瞳に宿る必殺の二字が鋭い輝きを放っていた。「あぁ、そうだな」再びヴォルビトンの表情に力が宿る。(エシュタ。お前はやはり王たる器だ)ヴォルビトンもまた光の先を見据えた。その先で、方天戟を持つ若者が笑い、大見得をきっていた。
「ははは! 見たか、賊よ!」
その所作は芝居じみている。
「大元帥バガンが滅び、そしてダカツ、シンキ、フォルすら亡き今! ハンカール様と共にジュクゴニア帝国を背負い、帝国の明日を担う男は! このバーン! この、星旄電戟のバーンである!」
方天戟を回し、大袈裟に構えをきめる!
(決まった……)
バーンは満足げな表情を浮かべていた。大元帥バガン。あのガキはどうやら、敗れ去ったようだ。ガキが。あんだけ偉そうにしていたのにな。面白すぎる。笑えてくる。それにフォル。下品でうざかったあの女も、ついでだから殺しておいた。実に爽やかな気分だ。あぁ、そして、ということは、ということは、だ。名実ともに、ジュクゴニア帝国最強の男とは、このバーンのことではないか(ただしハンカール様とフシト陛下は除く)! あとは片っ端から、目の前に現れる賊を始末するのみだ。事態は極めて単純だ。我がジュクゴニア帝国の栄光は、今ここから始まるのだ……。
「んん……?」
バーンはその目をすぼめた。奇妙な光景が見えた。
「なんで……」
バーンの表情が曇る。輝く軍勢が降り注ぐ中を、力強く、そして美しく、こちらに向かって歩いてくる男がいた。バーンは目の前の状況を信じることができない。しかし、それは確かな現実なのだ。バーンの表情が、みるみるうちに憤怒の色に染まっていく。
「なんだお前は……なんなんだお前……」
光の中を、花びらが、そして粉雪が舞っていた。轟々と鳴り響いていた軍勢の大音は途絶え、辺りには、沁み入るような楽の音のみが流れていた。それは弔うような、どこか悲しげな、哀愁漂う音色だった。
「なぜだ……なぜ、我が星旄電戟を前にして……平然としていられる! お前……お前ぇ!」
バーンは方天戟を振り上げようとして、そして気がつく。(え?)己の意に反して、体がゆっくりと、極めて緩慢に動いていく。(麻痺……しているだと?)しかし、そうではなかった。(いや……違う……違うぞ)己の身体だけではない。目に入るすべての光景が、すべての物体が、まるで弛緩したようにゆっくりと流れていき──そして、ついにはすべての事象が静止した。時が、止まったかのように。
「わたしは……」
ミヤビは力強くバーンを見つめ、その歩を進める。その堂々たる姿を荘厳するように、周囲には美しき花びらと粉雪が、はらはらと舞っていく。
「わたしは愚かな男だった。美しさを至上のものとしながら、何が本当の美であるのかを、わたしは知りもしなかったのだ」
バーンは持てるジュクゴ力を使い、活路を見出そうとする。しかし(う、動けない……なんで!)
ミヤビの眼差しには、以前にはなかった色がたたえられていた。それは、深み。悲哀と優しさが入り交じった深みのある色だった。
「我が花鳥風月は、奪うことしか知らぬ力。人を跪かせる力こそが真の美だと信じて疑わなかった、愚かなるわたしの力!」
その顔に刻まれし花鳥風月の四字が、静かに輝きを増していく。
(なんだ……あれは……)
バーンは気がついた。ミヤビの右上腕に、文字が浮かび上がっている。それは「花」、たったの一字。そして左上腕には同じく「月」の一字が浮かび上がっている。
「わたしは死の淵に立ち、そして生まれ変わった。今、我が花鳥風月の大地の上に──花と月の二字の上に、誰からも奪うことなく、誰からも奪う必要もない、新たなる力が咲き誇ろうとしている」
ミヤビの左肩、輝く月の一字の上に、文字が浮かび上がろうとしていた。
「わたしを想うツンドラのジュクゴ力が、彼女の永久凍土の力が、わたしを死の淵から救い、そして、何ものにも動じない心と力を与えてくれた」
その文字は「雪」。冷厳でありながら優しさすら感じさせる、静かなる「雪」の一字であった。
「そして! フウガの叱責が、やつの疾風怒濤の力が! わたしに、何ものにもとらわれない心と力を授けてくれた!」
ミヤビの右肩、花の一字の上に新たなる文字が浮かび上がっていく。それは「風」。風雅なる「風」の一字である!
(あ……あ……なん……だと……?)
バーンは見た。ミヤビの顔に輝く花鳥風月の四字を! そしてその双肩に輝く、新たなる四字を!
その右の肩には「風花」!
その左の肩には「雪月」!
鮮やかに咲き誇る「風花雪月」の麗しき四字を!
(四字ジュクゴが……二つ……だとっ!?)
ミヤビは剣を構えた。
「一度死に、生まれ変わろうと……我が愚かさ、そして、我が罪は消えはしない」
「だが……」ミヤビは目をつむる。その視界に浮かびあがるのは、拳を握りしめ、ミヤビへと立ち向かってくる一人の少年。そして、その瞳に輝く不屈の二字だ。
ミヤビは目を見開いた。
「だがそれでもわたしは、我が罪と共に、前を向いて生きていくのだと覚悟を決めた!」
ミヤビの体が四散し、花びらと雪が渦巻く一陣の風と化していく。ミヤビの咆哮が木霊する。
「わたしは、逃げることなくすべてに決着をつける!」
風はバーンの体を吹き抜けた。それは、認識することすら不可能な、超スピードの疾風であった。
(あ……あ……そんな……そんな……バカな……!)
バーンの背後、吹き抜けた花びらと雪が寄り集まり、再びミヤビの体を形成していく。
(この僕が……この、この、この、僕がっ……!)
ミヤビは背を向けたまま、首を回してバーンに告げた。
「バーン。貴様は凄まじきジュクゴ使いであった」
再び前を向く。
「だが、今のわたしの敵ではない」
(僕がっ! こんな……こんな……ところで……っ!)
直後、バーンは花びらと化し、爆散して散った。
【第57話「それはおぞましき屍山血河」に続く!】
いいなと思ったら応援しよう!
![しゅげんじゃ](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/8147185/profile_731ce275f8c6e2ae7930cd465022c7c5.jpg?width=600&crop=1:1,smart)