人類救済学園 最終話 「平等院鳳凰丸」 ⅰ
【前回】
ⅰ.
「さあて、いよいよ。ついにクライマックスだね」
六波羅蜜弁財は、んふふ、と笑った。
ふたりだけだった。
ふたりだけ……たった、ふたりだけが残っていた。
体育委員長、保健委員長、図書委員長、美化委員長……幾人もの生徒が闘い、傷つき、退学していったこの回廊で。今、立っているのは、このふたりだけだった。
平等院鳳凰丸。
そして、夢殿救世。
ふたりは向かいあう。
すべての決着をつけるために。
己が信じる、結末へと向かうために。
鳳凰丸は涙を拭った。戦鎚を握りしめた。
そして、しっかと救世を見据え、言った。
「ケリをつけよう……救世くん」
「ああ……」
救世はうなずき、刀を構える。
刀からは、叢雲のような闇がわきだしている。
救世の眼差しは冷たく、そしてその言葉も凍えるように冷えていた。
「俺と一緒に退学してくれ……鳳凰丸」
✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺
人類救済学園
✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺✺
✺
最終話 「平等院鳳凰丸」
「いったい、なんなんだ……」
鳳凰丸は顔をしかめてうめく。
その手の戦鎚から、緋色の閃光が迸る。
「なんなんだ、君はッ!」
次の瞬間、鳳凰丸は救世の眼前にいた。凄まじい煌めきとともに、その戦鎚が振りおろされていく。救世は残影をともない、それを回避。床が破砕され、破片が舞うなかで、鳳凰丸は即座に身を捻る。救世はすでに、その背後へと回り込んでいる。
「鳳凰丸……」
救世の顔が苦悶に歪んだ。その心にあるのは葛藤と躊躇。しかし……常に研鑽を積み重ねたその体は、意思とは関係なしに動いている。横薙ぎに、致命の一刀を放っている!
ドクン。
鳳凰丸の鼓動が跳ねた。まるで世界がネガポジ反転したかのような奇妙な感覚のなかで、そして時がコマ送りのようにゆっくりと流れていく感覚のなかで。
鳳凰丸は、救世を見つめていた。
救世の顔は苦しそうに歪んでいる。
ああ、君は。
本当は、僕を退学させたくないんだね。
鳳凰丸は苛立つ。
そうであるのなら、なぜ。
そうであるのなら、なぜ。
そうであるのなら、なぜッ!
「他の皆にも、その気持ちを抱こうとしなかったんだッ!」
致命の一刀は鳳凰丸へと届こうとしていた。
鳳凰丸は、それを戦鎚で受ける。
そこからの動きは、まるで、流れゆく清流のようだった。刀を受けた鳳凰丸の戦鎚は、優美な弧を描いていく。救世の闇すらも優しく包みこみ、受け流してそらす。闇が流れ、救世もまた体勢を崩し、そして、救世は見ていた。
鳳凰丸はその身をひねり、旋回していく。受け流した闇をその体にまといながら……その姿は、異常なほど美しく、舞いを思わせた。
それは壮絶なるカウンター技だった。対象の技が強力であればあるほど、それは倍の威力となって相手へと返っていく。
鳳凰丸はその技の名を叫んだ。
倍 返 し だ !
救世は微笑む。
鳳凰丸。
「やはり貴様は、眩いな」
その脳天へと、鳳凰丸の緋色の閃光が振りおろされていく。
「救世……くん……ッ!」
もはや結末は見えていた。救世の頭蓋が爆ぜ、救世は退学していくだろう……だが刹那。救世の微笑みはやんでいた。瞳だけが冷たく輝き、そして、残影を伴う動きでその秘技は繰りだされていた。
「……暗夜凶路」
刀が閃く。
キンッ。
それはひとすじの闇の煌めき、そして、冷たい金属音だった。鳳凰丸は目を見開く。時が止まったかのようなその瞬間、鳳凰丸は見ていた。戦鎚の柄が切断されている。そして鎚頭が……くるくると宙を舞っていた。
救世はそのまま、流れるように刀を上段に構える。そして振りおろす。機械を思わせる正確無比な動き。「う……」鳳凰丸がうめく。救世は刀を振りおろした姿勢のまま、その目を見つめた。
静寂が流れる。そして。
「ああ……ッ」
鳳凰丸の喘ぎ。その体から、袈裟懸けに血が吹きだしていく。瞳からは輝きが消え、膝からガクリとくずおれていく。救世は……刀を納めた。
「完全なる武器破壊、それが暗夜凶路……我が切り札だよ、鳳凰丸」
「う……あ……」
喘ぎ、うめこうとする鳳凰丸に、救世は静かに告げる。
「もういい……もう、何もしゃべるな」
倒れ、血の染まった床の上で鳳凰丸はもがいていた。救世はその傍らにしゃがんだ。そしてその手をそっと握る。鳳凰丸の目を、じっと見つめる。
「俺は、今からこの学園を滅ぼす」
その言葉には静かな決意が込められていた。救世は顔をあげ、回廊の最奥、床に描かれた円陣を見つめながら言った。
「鳳凰丸……あの円陣は門なのだ……この学園世界と、外の世界とを結ぶ門……そしてその彼方には、俺たちを学園に封じこめ嘲笑う、神を気取った連中が棲まう、地上世界もあるのだ」
鳳凰丸はうめいた。
「地、上……世界……?」
救世はうなずく。
「そうだ。俺は今からこの回廊へと講堂を落とす。その発生した運動エネルギーを、円陣を通して流しこむ。その力は、地上世界にも到達するだろう」
救世は冷たく笑みを浮かべて続けた。
「待っていろ……! この地獄をつくりだした連中ども。俺はやってやる……貴様らが後生大事にしているこの学園を滅ぼし、永劫の連鎖を断ち、そして、貴様らの世界にも牙を剥いてみせる……」
ふっと、救世の表情が和らいだ。その目は再び鳳凰丸を見つめていた。救世は喘ぐ鳳凰丸の頭を撫ぜ、
「だから少しだけ、待っていてくれ。鳳凰丸……」
優しく微笑む。
「貴様とはこの場所で出会い……そしてそこからすべてが動きだした。俺は宿願を果たすことができる。皆も、この地獄から救うことができる……すべて、貴様のおかげだよ、鳳凰丸。こうして再びこの場所で、貴様とふたり、終わりを迎える……運命を感じるな……」
救世は立ちあがった。
「ありがとう、鳳凰丸」
その顔には悲壮さと、達成感とがアンバランスに浮かんでいる。
「どうかそこで見届けていてくれ、俺の、最後の……」
救世は、円陣へと向けて歩いていった。
「待て……ッ」
鳳凰丸はかすむ目でその後ろ姿を見つめながら、震える手を伸ばした。
「待てよ……ふざけるな……ッ」
ふざけるなよ……。
「救世……ッ」
その視界が暗くなっていく。
震える手が、ゆっくりと床へと落ちていく。
そして……。
その手を、誰かが握りしめた。
「……?」
それはあたたかい。
とてもあたたかい、小さな手だった。
「へへ……ごめんね。ボク、完全に足手まといだったね……」
鳳凰丸は、声の主に喘ぎながらこたえていた。
「九頭……龍、滝……さん……」
いつの間にか、鳳凰丸の傍に九頭龍滝神峯が這い寄っていたのだ。その声音はかぼそく、弱々しく、彼女もまた退学寸前だと感じさせた。
だからこそ、神峯は。
「もう、ボクはダメみたい。だから、せめて、ボクから」
強く、その手を握りしめた。
「ボクから、キミに……」
ドクン。
鳳凰丸の鼓動が強く拍動する。その体に熱い何かが流れこんでくる。それは……神峯の生命の力だった。保健委員長としての権能を使い、その生命を鳳凰丸へと注ぎこんでいく。
ああ……。
鳳凰丸は、急速に回復していく。その全身に刻まれた傷がふさがっていくのを感じていた。体に、力が漲っていくのを感じていた。しかしそれは、それが意味することは、つまり……鳳凰丸はとっさに身を起こした。
「神峯……!」
そこには力なく横たわる、神峯の微笑みがあった。
「へへ」
神峯は、そのアルビノの瞳を細めて、精一杯の笑みを浮かべた。
「鳳凰丸ちゃん、あとは、任せた、よ……」
そして神峯もまた……退学していった。
【ⅱに続く】
「人類救済学園」は月~金の19時半に更新していく予定です(予定)