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絶界のスティグマ

 漂白された光が降りそそぎ。
 天使の羽音。香り。
 頬をなでる優しい風。

 鮮やかな光景のなか、満ちたりた笑みを浮かべるふたりが見えた。咳止め錠をラムネみたいに貪っていたヒロ。食べては吐き、歯がボロボロになっていたミオ。

 なんで。お前たち。

 遠海レンは倒れるように嘔吐した。左腕に痛みが走る。降りそそぐ光によって刻まれた、リスカのような二本の傷。流れる血を押さえ、呻き、見あげる。ふたりと光が回転し、泡だつ音とともに消えて──

 悲鳴が聞こえた。

 広がっているのはいつもの光景だ。

 煌めくネオン。
 浮ついた喧噪。匂い。
 ドブみたいな風。

 そこに行けば誰かがいる。それだけが、レンが生きつづける理由だった。不夜の繁華街、歌姫町の一画。ゆくあてのない少年少女たちのたまり場、通称「ドン横」。そのドン横を見おろすビルの屋上。ヒロとミオは飛びおりたのだ。制止するレンを振りきって。

「見えたよね?」

 もうひとり。フェンスの上にまたがり、足をぶらつかせてソラが言った。

「白くて優しい光。それに」

 目を輝かせる。

「幸せそうなふたり」

 なにが。クソ。どうして。レンは顔を歪めた。真っ白な髪をかきあげ、ソラは続ける。

「喜んでよ。二本の傷。ふたりがレンに遺した聖なる痕……そしてこれから僕ら十三人も、いや、残り十一人もふたりに続いていくよ」

 ソラは手を広げた。

「かくして、このフェイクみたいな世界は浄化される。選ばれたんだよレンは。奇跡の立会人に」

 理解できない。
 それでも。

「パキッたこと言ってんじゃねえ……」

 張り裂けるように、レンは叫びをあげていた。

「お前ら死ぬの、黙って見てろってのかよッ」

 ソラは笑った。
 風が吹き荒れた。

「そう。見過ごすなんて、できない」

 風荒ぶ屋上塔屋の上。声の主は見知らぬ少女だった。その右腕には包帯。なびくカーキのロングパーカー。少女はレンを見つめ告げる。

「孤独は力」

 包帯が宙に舞い、輝きが見えた──それは傷痕。脈動する十二のリスカ痕。

【続く】

#逆噴射小説大賞2021

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