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第57話「それはおぞましき屍山血河」 #死闘ジュクゴニア
【目次】【キャラクター名鑑】【総集編目次】
<前回>
「バーン。貴様は凄まじきジュクゴ使いであった」
「だが、今のわたしの敵ではない」
(僕がっ! こんな……こんな……ところで……っ!)
直後、バーンは花びらと化し、爆散して散った。
☆
(俺は……ついに死んだのか)
静かだった。音も色も、なにもない。虚ろに漂う静寂の中で、ゆっくりと、満ちていくのは穏やかなる安堵の念だけだった。
(あぁ……これでようやく、解放される)
思い返す──暴虐と殺戮願望とが吹き荒れた日々を。追い立てられるようにして、俺は獣(けだもの)となっていったのだ。
恐ろしかった。自分が自分でなくなってしまう感覚が怖かった。痛めつけ、殺し続ける。それでようやく平衡を保つことができる。己が壊れていくのを理解しながら、それでもなお、そのおぞましい日々は止むことがなかった。
(でも……)それも……(これで、ようやく終わる)
「ふふ……」
……あぁ。
「ふふ……ふふふふ」
あぁ……あぁ! 聞こえる。笑い声が聞こえる。虚無の中に冷たく響く、あの、笑い声が。(あぁ……そんな……)安堵の念が掻き消えて、心が震えた。霜がおりてきて、音をたててすべてが凍っていく──そんな錯覚をおぼえる。
眼前で極彩色の光が渦を巻く。その中に、悪魔のように微笑む男の姿が見えた。
「君は死ねないよ。わかっているだろう? わたしが許す、その時まで」
男の右腕、摩訶不思議の五字が鈍く輝いている。静寂の中に殺伐とした世界の色が、音が、匂いが、感触が蘇ってくる。(嫌だ……もう……嫌だ)
「残念。そうもいかない」
男は心から同情するように呟いた。吐き気がする。殺戮と闘争の時間が、また再び蘇ろうとしている。
「さぁ、解放したまえ。君の力を。わたしのために。わたしの、役に立つためにね」
臭いがする。血と臓物の臭いが。これは散らばった、己の血肉から立ちこめてくる臭いだ。嗅ぎなれた、いつもの懐かしい臭いだ。再び狂気が膨れ上がっていく。ふつふつと沸き立つように、すべてを飲み込むように、狂った感情は猛り、吠えていた。その感覚とともに、思わず笑みがこぼれていく。
「ぐほ……ぐふほほ……」
☆
「君は……?」
エシュタは見つめた。堂々たる姿勢で佇む男の姿を。一瞬にして、星旄電戟を振るう強大なるジュクゴ使いを葬り去った、その男を。
男は美しかった。それはまるで彫刻のような超自然の美しさだった。白磁のような肌にうっすらと、人間らしい体温を感じさせる朱がさしている。見つめていると、吸い込まれそうになってくる。
(この場にいる以上、只者であるはずもない、よね)
腰に差した刀に手をかけようとして、そしてやめる。身構えるヴォルビトンを手で制し、男に問うた。
「君は誰なんだい。なぜ、ジュクゴニア帝国の連中と戦っている? 何をするために、ここに居るんだい?」
それは言外に「返答次第では……」と含みを持たせた問いだった。男の持つ剣がきらりと光を放った。動き出そうとするヴォルビトンを再び手で制し、男の表情を伺う。男は一瞬、ふっと笑ったように見えた。剣は光を放ちながら、そのまま煌びやかな鞘の中へと収まっていく。
「私はミヤビ……花鳥風月のミヤビ」
男は朗々とした声で続ける。
「かつてはジュクゴニア帝国の、憲兵団団長だった男だ。だが……」
その眼差しは、どこか憂いを帯びていた。
「今は、何者でもない」
「ふーん、そうなんだ。はは……」
エシュタは笑った。それはニヒルを湛えた笑いだった。エシュタは気がついていた。あたりに漂う花びら、そして粉雪が、男の強大なるジュクゴ力を帯びていることに。
(すでに君の術中、ってわけだね)
しかし、ミヤビから攻撃をしかけてくる様子はない。
「で。その元憲兵団団長さんがなぜここに? ……あっと、この問いはおかしいね」
顎に指をあて、小首を傾げ微笑む。
「本来、ここにいるべきではないのは、あたしたちの方だ。はは……」
「……お前たちが何者であろうと」
ミヤビはドーム状の構造物に視線を移す。
「私はただ、己の為すべきことを為すだけだ」
そしてエシュタたちなど眼中にないと言わんばかりに歩み始めた。「お前たちに、興味はない」「はは。つれない」
ミヤビは力強く歩む。
(ハガネ。お前は既に対峙しているのか。あのお方に……いや、フシトに)
その拳を握り締める。
(わたしは……いや、わたしもまた……)
直後、ミヤビの視界は暗転した。
「……?」
エシュタは眉根を寄せた。力強く歩いていたミヤビが、膝から崩れ落ちるのが見えた。ドクン……危機を知らせる、鼓動の高鳴りを感じた。
「エシュタ!」
ヴォルビトンが叫び、二人を雷霆万鈞の力場が包みこんでいく。それと同時。「かはっ」ボタボタと、何かが地面に落ちる音がした。血だ。エシュタは口を押えた。そこから、むせ返るようにこみ上げてくるのは、己の血だ。
(これは……毒、なのか?)
エシュタは顔をあげた。ヴォルビトンの体が震えている。その目と口から、血が流れ出している。
「ぐはっ! ぐふ! ぐほはははっ!」
それは不気味で、あまりにも下劣な笑いだった。いつしか、辺りには血のようにどす黒い瘴気が漂っていた。その中を肉片が飛び交い、ぐちゃぐちゃと音を立て、中空に寄り集まろうとしていた。
「ふん」
鼻で笑い、ミヤビは血を拭う。花鳥風月と風花雪月の八字が輝き、その周囲を護るように花びらと粉雪とが旋回した。「なるほどな」そして、何ごともなかったかのように立ち上がる。
「その醜悪な姿。貴様にはお似合いだ……フォル」
「ぐはっ……ぐふはは! クソミヤビぃ……俺は嬉しいんだぜぇ!」
肉片が寄り集まり、宙にフォルの姿が形成されようとしていた。
「俺はよぉ、ずっと見てぇと思ってたんだ。お前の、そのすました顔が苦痛で歪んでいく様をなぁ。見てぇ。見てぇよ。お前が命乞いをして、許して、助けてぇって泣き叫ぶ姿をよぉ……ぐふはっ」
「……下劣」
「ぐふっ。調子こいてられんのも今のうちだけぜぇ、ミヤビぃ! 見ろよぉ俺の力を……屍山血河の力をよぉっ! そして見せろよ! お前の泣き叫ぶ姿をぉ!」
「……!」
臭いがする。それは血と臓物の臭いだ。調布郊外の荒野を埋め尽くすように、それは膨れ上がっていく。ふつふつと沸き立つように、すべてを飲み込むように、猛り狂ったそれは悲しげに、唸りをあげながら、吠え、そして喘いでいた。
☆
「はっは! おいおいおい、ジニ! さすがにこれは、ちょぉっとまずいんじゃねーのぉ!」
炎のように逆立つくせ毛を揺らしながら、男は全力で疾走していた。死んだように沈黙する少年をその肩に担ぎながら、男は走り、そして生命の危機に冷や汗をかきつつも、豪快に嗤い続けている。
「あぁそうだな、リオ。だが、すべては俺の予想の範囲内だ」
束ねた黒髪を軽やかに揺らしながら、ジニと呼ばれた男は涼しげに応えていた。
「はっ! お前がスカすのは勝手だがよぉ」くせ毛の男──リオは背後を振り返った。「やばい、やばい……!」そして再び前を向き、走りながら絶叫した。
「この状況をどうにかしてみせろよっ! 天才君よぉ!」
二人の背後。不気味で悲しげな唸りをあげながら、それは迫っていた。血のようにどす黒い、瘴気の津波。その一面に無数の人面状の何かが浮かび上がり、それらが猛り狂い、そして吠えるように唸りをあげているのだ。
「ちくしょお……なんなんだこれはぁ!」
「ふっ。俺の予想では、死者から生みだされた瘴気を使役する力。十中八九、屍山血河だろう」
「つまり!?」
「触れれば死ぬ」
「ア・ホ・かー!!」
リオは吠えた。
「なーにが『触れれば死ぬ』だ。そんなの見ればわかるっちゅーの! くっそ。いっそのこと、このガキを見捨てて……いやいやいや、ダメだダメだ! おいジニ!」
「なんだ」
「なんとかしてみせろ。お前ならできるだろ? 俺の計算では……とか言ってみせろよ!」
「ふっ」
ジニは変わらず涼しげに、それに応じた。
「信じろ、リオ」
「あぁーん!?」
「俺の神機妙算を信じろ。そして俺が賭けた、お前の造反有理の力を信じろ」
「はっ!」リオは一瞬、真顔になった。そして、はぁっと大きく息を吐き出す。それからジニを見つめると、大胆不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ、いいぜ……はっは! 信じてやる。信じてやるとも、お前も、そして俺の力もなぁ!」
「良いぞ。もっと俺を頼れ、リオ」
「ははっ! ドヤ顔かよっ。それで? 俺はどうすればいいんだ、天才君!」
「ふっ」ジニは涼しく微笑み、指差した。「あそこだ」その指差す先。そこには荒野の中にただ一つ、ぽつんと力強く伸びている大木があった。
「あぁん?」
「俺の計算では……あれこそが俺たちの向かうべき場所。運命の分岐点はあそこにある!」
☆
うぉぉぉおぉん……うぉぉぉぉおおおぉん……
「ぐはっ! ぐふふふは! 聞こえるかぁ、ミヤビぃ! この戦場で死んでいった、有象無象のジュクゴ使いたちの叫びが、苦しみがぁ! やつらは求めてるぜぇ! お前の血を、お前の脳髄を、お前の臓物を、お前の命をなぁ! ぐふはっ!」
荒野の大地から唸りをあげて、怨念の瘴気が噴き上げている。それは渦巻き、ジンヤが浮かぶ遥か上空にまで達し、さらにはジンヤをも飲み込もうとしていた。
「わかるかぁ? ぐふはっ! 戦場だ! 戦場でこそ、俺の屍山血河は力を発揮する。俺は誰にも負けねぇ。そして俺は死なねぇ。殺されようが殺す。死のうが殺す。死んで、殺して、殺されて、死んで、そして殺す! ぐふはっ。楽しいじゃねぇかっ!」
「ふん……言いたいことはそれだけか?」
「ぐはっ。すましやがって!」
「フォル……貴様は」ミヤビは再び剣を抜いた。
「醜い」
「ねぇ、待ちなよ」
「……?」ミヤビは手を止めた。
雷霆万鈞の力場の中に佇むエシュタは。
「その人、可哀そうだ」
そう言い切ると、静かに抜刀した。
「わかるよ、君。死にたくても、死ねないんだね」
「ぐふはっ!? なんだぁ、てめぇっ……」
「いいよ」
その瞳に、必殺の二字が輝いている。
「あたしが……すべての生命を奪うあたしが……」
刀を横に倒して構える。その刀身が、瞳の輝きを反射して怪しく煌めいた。
「君に、引導を渡してあげるよ」
☆
そこはジンヤのさらに上空。バタバタと激しい風が吹き荒れる中、ジンヤを睥睨するように一人の少年が宙に浮かんでいる。腕を組み、ジンヤを見下ろすその姿は、まさに武人と言うべき佇まいであった。
「まずはあの連中を抹殺する……それで、いいんだな?」
その視線の先には対峙する、フォル、ミヤビ、エシュタ、ヴォルビトンの四人。
「そぉーですとも、アガラ様! 存っ分にやっちゃってくださいよぉ!」
アガラの足にしがみつきながら、ピエリッタがぶんぶんと足を振ってはしゃいでいる。
「ふん。よかろう。フシトとの前哨戦として、ゴミ掃除も悪くはあるまい」
その瞳、無敵の二字が律動するように輝いていた。
「では、行こうか」
【第58話「無敵のアガラ」に続く!】
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