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人類救済学園 第参話「VS.鏡鹿苑!」 ⅳ

前回

ⅳ.

 それらはすべて、刹那の間、まばたきにも満たぬ一瞬のできごとだった。

 櫻坊は見あげた。狂おしいまでの輝きが降りそそいでくる。その光は退学の輝き、狂った星の煌めき、渦巻く光……狂星群だ。

 輝きのなかで……櫻は決断していた。アミュレットの、半跏思惟中宮の語る言葉を信じ、そしてなによりも鳳凰丸を信じた。今はただ、目の前の敵を……生徒会書記、八葉蓮寂光を撃破する。ただそれだけに、意識を集中させるのだと。

 体は自然に動いていた。必要な知識と力は与えられていた。まるで自分の身体ではないかのように、鎧に包まれた肉体は駆動していく。

 迫りくる狂星はなんら恐ろしくはなかった。必要なことは、ただ動くことのみだった。なぜなら櫻は知っている……歴代の図書委員長が編纂し、蓄えつづけた膨大な知のアーカイブ。そのなかに、それはある。狂星群。その技の仕組み、その技の呼吸、その技の術理。それらはすべて解明され尽くし、解体され尽くし、すでに。

「見切られているんだッ!」

 寂光は大きく瞳孔を開き、その様をつぶさに記録しつづけていた。降りそそぐ狂星群の輝き。そのなかで、櫻の肉体が朧のようにかすんでいった。寂光は記録しつづける。朧のようにかすんだ櫻の体を、狂星群の煌めきは通過していった。それはまるで、水面に差しこむ光のようだった。寂光は記録しつづける。次の瞬間、櫻の肉体は消えている。そして、その一歩先に出現。寂光は記録しつづける。櫻は近づいてくる。一歩、また一歩と。消え、現れ、消え、現れ。寂光は記録しつづける。その、恐るべき神速の動きを。寂光は記録しつづける。まるでコマ送りのように、消え、現れ、消え、現れ……櫻は迫っていた。寂光は記録しつづける。

 その目の前に、櫻はすでにいた。

 残さないと……記録を……
 残さないと……わたしが……

 寂光の見開かれた瞳孔、その端で、南禅の脳天に稲妻のごとき戦鎚の煌めきが落ちるのが見えた。そして眼前。櫻坊はその手に持つ矛を、限界まで引き絞っている。

 残さないといけない……
 記録を……わたしが……
 残さなきゃ……

 神速の矛が……突き出される。

 残すんだ……
 誰のためではない
 南禅くんと……わたしの……

『もう終わりですよ。八葉蓮さん』

 櫻の胸もと。ふわりと浮かんだアミュレットが輝き、冷たく言いきった。

「あ、あれ……」

 寂光は呟きとともに血を吐きだす。

「そんな」

 手に持つ速記帳は矛に貫かれている。そして、その先。寂光の胸も、また。

 嫌だ
 残さないと……
 残すんだ……
 わたしにしか残せない……
 南禅くんとわたしの……

 退学までの軌跡を

 その胸から、血があふれだした。

「あ、ああ……あああ……」

 手から戦鎚がこぼれ落ちる。
 鳳凰丸はうめき、力なく膝からくずおれていた。

「これが……退学……ッ」

 呆然と見つめるその先。南禅と寂光の肉体は変わっていく。光に包まれ、崩れ、そして、はかなさを感じさせる、淡い、光の球へと。

「ああ……」

 光の球は飛んでゆく。鳳凰丸は見あげていた。ふたつの球が優しくより添うように、ゆるやかな軌跡を描きながら、ゆっくりと、聖なる入学回廊へと向かって飛んでいく様を見つめていた。

 生徒たちは入ってきたときと同じように、再び、入学回廊を通じて帰っていくのだ。生徒は皆、誰もがそう信じていた。その先がどうなっているのか、その先で何が待ち受けているのか。そもそも、光となった生徒に意識は残っているのか。そんなことは、誰も知らなかった。ただそう思うことだけが、自分たちの救いだった。

 皆、祈るようにそう信じている……。

「う……うわぁ……ぁ」

 鳳凰丸は頭を抱え、大地へと突っ伏した。南禅へと戦鎚を振りおろした際の感触が、その時の南禅の表情が、その叫びが。なんども、なんども甦る。

「これが……これが退学……ッ」

「鳳凰丸さん……」

 櫻がその傍らに立った。戸惑いながら、鳳凰丸を見つめていた。なぜ、と櫻は思っていた。この人はなぜ、こんなにも動揺しているんだ。襲いくる生徒会役員ふたりを退学へと追いこんだ。それは、とてつもない大金星だ。それなのに、いったい、なぜ……。

 鳳凰丸はうめいた。

「僕は……嫌だ」

「鳳凰丸さん……?」

「僕は……」

 大地を……叩く。

「僕は……退学なんて、させたくなかった……ッ!」

 その目には涙があふれている。

「こんなことは、望んではいなかった。こんなことのために、僕は始めたんじゃないんだ。こんなこと……こんなことは……僕は……」

 もう一度、大地を叩く。

「望んじゃいないんだッ!」

 その瞳からひとすじ、ぽつりと涙が落ちていった。

「ざけんなよ……」

 鏡鹿苑は玉座のうえで、顔を歪め、右手でこめかみをつかみ。歯を噛み締め……うめくように叫んでいた。

「なんなんだ……てめえは……なんなんだよてめえは……。意味がわからねえよ……今さら望んでなかったんですぅ~だと? 南禅たちが退学したのも、僕のせいじゃないんですぅ~、ってか? ざけんなよ……ナメんなよ……てめえはやはり異常だよ……理解不能だよ。気持ち悪いやつだよ。イカれたサイコ野郎だッ!」

 鹿苑は立ちあがる。その瞳が赤く輝いている。風が吹き、彼女の深紅の髪と制服をなびかせた。それとともに、その顔の歪みが消えていく。そして、ただ静かに鳳凰丸を見おろした。

 気品と、野卑。
 傲慢と、誠実。

 相反する要素がないまぜとなった、女王の風格を伴って。その指が……鳳凰丸を指さす。

「オイ。てめえが始めた闘いだろうがよ……せめて……」

 せめて……

 そう言いながら、鹿苑は首を振り、跳んだ。高く。美しく。凛とその声が轟いた。

「せめて最期まで、全うしてみせろや、ボケェッ!」

 講堂の柔らかい光に照らされながら、空中で鹿苑は、手を、足を伸ばす。その深紅の目が見開かれ……刹那! それはまるで爆発だった。大きく広げられた手と足に添うように……その背から、膨大な荊が四方八方へと伸びた。それは猛烈な速度で空を覆い尽くす。凄まじい光景。

 荊はうねる。より集まる。そのひとつひとつが強靭で強大な鞭と化す。荒れ狂う。すでにあった荊の壁をもなぎ倒し、大地を削り、そして、無数の美しい薔薇の花を咲かせた。

 それは、破壊と美の壮絶なる共演。

 櫻の胸もと、アミュレットが輝き、なにごとかを叫んだ。しかしその叫びはかき消され、荊の嵐は鳳凰丸と櫻、ふたりの身体を飲みこんだ。

 それは一度解放されれば、逃れる術はない技である。会敵必滅。見敵必殺。生徒会の歴史においても最強名高き、その技の名は──

 亜 麗 愚 悧 亜 (アレグリア) !

ⅴへ続く


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