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【いきなり文庫! グランプリ2ndシーズン第4回】優秀作は、松嶋智左さん『流警 新生美術館ジャック』が選ばれた!

江口 それでは、〈いきなり文庫! グランプリ〉セカンドシーズン、第4回の座談会を始めたいと思います。今回は松嶋智左さん『流警 新生美術館ジャック』を優秀作に選ばせていただきました。松嶋さんは、ここ最近、文庫オリジナルの警察小説を意欲的に書かれています。

吉田 作品の刊行ペースは早いんですが、どの作品もクオリティーが保たれてますよね。松嶋さんの作品は1stシーズン第9回の優秀作として、シリーズ第一作となった『流警 傘見警部交番ファイル』を取り上げました。その時、肝心の謎が最後までそのままになっていることが話題に出ました。なので、てっきりその流れを受けたシリーズ二作めかと思っていたら、全く違っていて。そこで、あぁ、このシリーズは榎木孔泉を軸にして、彼と絡む女性の成長を描くものなのかも、と思いました。この二作めを読んで、「流警」シリーズの世界観というか、全体像が見えてきたと思います。

浜本 女性?

吉田 一作めでは、傘見警部交番に異動してきた訳ありの南優月という巡査部長、今作ではジャックされた美術館で人質になった、県の副知事・はた。榎木とともに事件にかかわることで、変わっていく彼女たちの姿もいいな、と。

浜本 あぁ、なるほど。そこがいい、と。

吉田 うん。榎木という軸があって、彼はキャリアのエリートなので色々な場所に赴任する。そこで彼と出会う女性たちの変化が、メインの事件とともに描かれていくのかな、と私は読みました。って、次作の展開が全然違ったらどうしよう(笑)。でも、そういうシリーズの構えが見えてきたこともあって、私はより面白く読みました。

江口 確かに、前作の南にしろ、本作の秦にしろ、傷つきながらも正しい選択をしていこうとするあたり、女性のサブキャラクターの描き方は共通していますね。あと、第一作より物語のスケールが大きくなっている点もいいと思いました。

吉田 なんか、二作めでジャンプアップした感じがしますよね。

浜本 一作目も面白かったですが、私も、この二作めがより面白かったです。私は、冒頭に登場して、ジャックが発生してからは榎木の後方支援にあたる志倉悠真巡査部長が、後半もっと凄い活躍をするのかと期待していたんですが、そうでもなかった(笑)。悠真というキャラをもう少し上手く使って欲しかった気はします。私は若い男の子が成長する物語が好きなので。

吉田 私は、女性が活躍すればそれでいい(笑)。

浜本 犯人たちがジャックした美術館に、榎木と、もう一人、ちょっと訳ありの小学生の女の子、三人が取り残されてしまって、犯人たちから見つからないように隠れるんですが、あの描写、緊迫感があって良かったですよね。

吉田 あぁ、なんか、犯人たちとの壮大な隠れんぼというか、鬼ごっこというか、読ませますよね。あと、一作めでは、料理上手の変人として描かれていた榎木が、今作ではきれっきれになっていたのも、驚きでした。キャリア警視正は伊達じゃない。今回は料理作らないんかいっ! とは思いましたが。

浜本 犯人たちから逃げているんだから、料理作ってる場合じゃないよ(笑)。

吉田 結局、一作めで解決されていない謎はそのままなので、今後シリーズの中でそれがどうつながっていくのか、そこに榎木がどう絡むのか。

江口 いずれどこかで回収されると思うんですが。そのこともあって、シリーズの今後も楽しみですよね。 

浜本 どんなふうに展開していくのか、気になります。

集英社文庫 文庫初版 2024年9月25日刊

『流警 新生美術館ジャック』 松嶋智左
新設の県立美術館。その開館式典で突然、爆発音が鳴り響き、狐面をつけた武装集団に建物を占拠されてしまう。運悪く館内に取り残されたのは、副知事の秦玖理子と女子小学生、そして変人キャリア警視正の榎木孔泉だった。犯人側の要求は、現金十億と、ある展示品が盗作であることの公表。タイムリミットが迫るなか、孔泉たちは脱出の機会を図りつつ、狐面の集団の正体を探るのだが……。彼らの真の目的とは!? 緊迫の時限サスペンス×警察小説。いま松嶋智左から目が離せない!

江口 それでは、参考図書に移りましょう。今回は「交渉もの」と「タイムリミットもの」をキーワードに選びました。その観点から松嶋さんの過去作からは『出署拒否 巡査部長・野路明良』を。2024年度北上次郎オリジナル文庫大賞に選ばれた一冊でもあります。これ、タイトルがいいですよね。

吉田 引きこもりの新人警察官、という設定が絶妙です。警察官なのに、出署を拒否している。

浜本 展開も、読み手の予想を裏切る感じでいいですよね。

吉田 出署拒否をしている新人の説得にあたるのが、元白バイ隊のエース、野路巡査部長。野路が彼とかかわっていくストーリーと、もう一つ別の事件のストーリーがあって、それを絡ませていく。上手いですよね。

江口 この作品もまた、出署拒否をしている友枝が警察官として成長していく物語にもなっていて、そのあたりも松嶋さんらしいと思いました。

吉田 この友枝、警察官なんだから、もうちょっとこう……、と思わないですか? 民間企業ならまだしも、公務員ですよ。

浜本 いや、そこはあんまり関係ないよ。出署拒否をしてしまうほどナイーブなんだよ。

吉田 彼が出署拒否になる理由も描かれていますが、正直、そんなにぴんとはこなかった。でも、そんな友枝にも警察官魂みたいなものは残っていて、それが事件の解決につながっていく、というのは良かった。

江口 先輩・野路と、この友枝という構図が松嶋さんらしいな、と思いました。

浜本 野路は野路で、元白バイ隊のエースだったという過去があって、挫折を経験している。友枝も成長しますが、実は野路も警察官として成長する。そこがいい。

江口 私は、スーパーヒーローが活躍する警察小説ではないところもいいと思いました。みんな何かを抱えている。等身大なんですよね。そこが読者にとっても共感を呼ぶんじゃないかと思いました。

吉田 松嶋さん自身、元白バイ隊員なんですよね。だから、警察の内部事情や細部がリアル。そこもいいですよね。出署拒否というフィクションを、リアルなディテールで支えている。

浜本 それにしても、これ、タイトルの勝利でもありますよね。 

江口 書店でも目を引きます。

浜本 はっとしますよね。上手いタイトルだと思います。

吉田 思わず手に取っちゃう。

浜本 個人的には、昔は金一封だった「署長賞」が図書カードになった、というところが良かったです。あと、安西小町と月岡ゆず葉も良かった。

江口 女性キャラの使い方、上手いですよね。

浜本 上手いです。一本筋が通っている女性たちですよね。

吉田 松嶋さん、いま、ノっている作家さんですよね。勢いがあるというか。

浜本 そう、そう。

吉田 多作なんだけど、クオリティーも高いまま維持している。『流警 新生美術館ジャック』のような、ガワの大きな話も書けるし、『出署拒否』のような、派手さはないものの堅実な世界も書ける。

編A 警務課教養係というのがあることを、初めて知りました。

吉田 警部交番を知ったのも、「流警」シリーズでした。

浜本 「署長賞」の図書カードも、フィクションではなくリアルかもしれない。

吉田 うん、そこはリアルであって欲しい。

江口 警察小説の期待の書き手ですよね。

吉田 です、です!

祥伝社文庫 文庫初版 2023年9月20日刊

『出署拒否 巡査部長・野路明良』 松嶋智左
辞表を出すか、事件を調べるか――津賀署管内で起きた老女殺害事件で慌ただしいなか、かつて白バイ隊のエースだった警務課の野路明良は、出署を拒否して引きこもる新人警官・友枝蒼を復職させるため、彼の家に通っていた。様々な説得も奏効せず、無反応な友枝。このままではクビになってしまう。だが、野路が思いがけず口にした事件の被害者宅が近所だと知るや、にわかに興味を示す。野路はさらに情報を集め、友枝の意欲を引き出そうとするが……。文庫書き下ろし警察小説の新機軸!

江口 参考図書、2冊めは呉勝浩さん『爆弾』です。タイムリミットもの、として選びました。

浜本 そうか、タイムリミットものでもありますよね。

江口 そうなんです。犯人の「自称・スズキタゴサク」のキャラが強烈すぎて、そこに目がいってしまうんですが。

吉田 私、この座談会のために再読したんだけど、やっぱりタゴサクにムカつきました(笑)。

浜本 ムカつくよね。でも、読み出すとやめられない。

吉田 そうなの!! 筋はわかっているのに、読み始めると止まらなくなる。タゴサクにムカつきながらも読まされてしまう。

江口 これはもう、タゴサクのキャラを思いついた段階で作者の勝利ですね。

浜本 タゴサクにムカつけばムカつくほど、読者は作者の術中にハマっていく。帯がまた上手いですよね。「あなたもきっと、彼を大好きで、大嫌いになる。」

吉田 (身を乗り出して)なりません!

浜本 まぁ、まぁ(笑)。

編B 帯、何パターンかあるみたいなんです。この「大好きで、大嫌いになる。」という帯は、重版からの帯ではないかと。

浜本 単行本にはなかった記憶があるので、もしかしてタゴサクが好きだ、という反響が殺到したのかも。

吉田 いやいや、1ミリも好きじゃないから! 10回読んでも20回読んでも、ムカつくだけで好きにはならない。でも、何度読んでも嫌悪感を引き出されるというのは、呉さんの筆力なんだと思う。

編B なんだか、ああ言えばこう言う的な、嫌なネット民の集合体みたいな感じがしますよね。

吉田 腰は低いがは高い……。もうね、とどのつまりは承認欲求モンスターなのに、手を替え品を替え、いえいえ自分なんて、と卑下するその嫌らしさたるや! あと、結局スズキタゴサクとは何者なのか、ということがわからないまま物語が終わるじゃないですか。警察、そんなんで大丈夫なの? って思ってしまいました。

浜本 まぁ、だから続編が書けるんだよね。(続編が)出た時はびっくりしたけれど。

吉田 今度は法廷占拠、って、タゴサクが法廷で好き放題やらかすのかと思うと、それだけで嫌(笑)。

浜本 警察、何やってんの、という気持ちはわかるけど最終的には警察は凄い、市民の味方だ、というところに落とし込んでいますよね。

吉田 これで、警察サイドも嫌な感じだったら、読んでいて辛い。

浜本 うん、うん。

吉田 さっき、タゴサクは嫌なネット民の集合体みたいだという話が出ましたが、タゴサク、想像上の嫌なやつ、ではなくて、実際にいそうな感じで、それがまた嫌というか怖い。

江口 確かに。

吉田 でも、それとは別に、サスペンスの作り方が絶妙なんですよね。どこに爆弾があるのかわからないまま次々に爆発していくので、はらはらしつつ最後まで引っ張られてしまう。

編B 呉さん、映像業界出身ということもあって、視点人物が多いのに、その人物たちを過不足なく描いているのが凄いと思いました。

吉田 あぁ、わかります。シーンごとに、その登場人物に寄せていく描写はカメラ目線な感じがありますね。

講談社文庫 文庫初版 2024年7月12日刊

『爆弾』 呉勝浩 
東京、炎上。正義は守れるのか! ――自称・スズキタゴサク。取調室に捕らわれた冴えない男が、突如、「十時に爆発があります」と予言した。直後、秋葉原にある廃ビルが爆発。そしてあっけらかんと「ここから三度、次は一時間後に爆発します」と告げる。ただの「霊感」だとうそぶくタゴサクに、警視庁特殊犯捜査係の類家は情報を引き出すべく知能戦を挑む。警察は爆発を止めることができるのか。爆発を予言する男VS.翻弄される警察。戦慄のサスペンスにページをめくる手が止まらない!

江口 参考図書の3冊めにいきましょうか。新馬場新さん『十五光年より遠くない』。これもタイムサスペンスものとして選びました。途中からタイムサスペンス色は薄れてはきますが。こちらも、2024年度北上次郎オリジナル文庫大賞受賞作です。

吉田 これ、北上さんが好きそうな話なんですよね。人類史上最大の太陽フレアの発生で大停電が起き、通信、インフラがストップしてしまった状況で、初恋の人の出産で輸血が必要になるかも、というので、血液を入手するために、渋谷から横須賀まで行く、という冒険小説でもあるんですが、これ、めちゃくちゃ苦労して横須賀まで行って帰ってきたら、既に出産は終わっていた、という、なんじゃそりゃぁ案件です(笑)。

浜本 出産のところは、帳尻を合わせて欲しかった。

吉田 ですよね。

浜本 間に合ったことにもできたんだから、そうすれば吉田さんがこんなに熱くなることもなかった(笑)。

吉田 何のための苦労だったのか、と。せめて、これから分娩室に入ります、くらいのところで間に合って欲しかった。

浜本 そのこともあるので、実は横須賀に行くまでの過程が一番面白くて、戻ってきてからはちょっと予定調和にすぎる感じも。

江口 構えはSF大作のようではあるんですが……。 

吉田 そうそう、設定は壮大なんだけど、要は初恋の相手を助けるために横須賀まで頑張って行きました、というシンプルな話なんですよ。太陽フレアは大規模停電を起こすための装置であって、大停電という事態が起きればそれで良かった。 

浜本 でもほら、最後には主人公が戦闘機を飛ばさないといけない状況にしないといけないわけだから。

吉田 あ、そうか。

浜本 だから、最初に主人公が戦闘機パイロットだということが描かれている。 

吉田 浜本さんが言った予定調和的だというの、凄くわかるんだけど、だからこそ読者がストレスなく読めるということはあるよね。 

浜本 うん、悪いことじゃないと思う。

吉田 文庫オリジナルということを考えれば、大事なことだよね。 

江口 同感です。面白く読みました。タイトルもセンスがいいです。 

浜本 一つ注文があるとすれば、セリフや文章に、気持ちが乗りすぎてるな、と感じる部分があって、そこをもう少し抑えて欲しいかな、という気がします。 

吉田 あぁ、それ、わかります。私は、主人公の初恋の相手と彼女の妹の名前が、水星マーキュリー金星ヴィーナスというのがちょっと、うっ、となりました。

江口 キラキラネームを通り越してますよね。

吉田 親御さん……、って思った(笑)。

浜本 でも、400ページを超えるというボリュームなのに、飽きさせずに読ませるのはやっぱり凄い。

吉田 だね。

小学館ガガガ文庫 文庫初版 2023年12月23日刊

『十五光年より遠くない』 新馬場新 
2025年。人類観測史上最大規模の太陽フレアが発生。突然の磁気嵐が地球を襲った。その影響で起こった大規模停電により、日本は通信、インフラがストップする異常事態に見舞われる。その日、渋谷で偶然初恋の女性・水星と再会した元自衛官の陸は、水星の妹・金星から大規模停電の理由と「ある事実」を知らされる。文明が停止し、パニックに陥る首都。かつての想い人の命と、東京に危機が迫っていた。情報、交通手段、手助けなし。出会ったばかりの金星と陸、たった二人のミッションが始まった!

江口 それではそろそろ結論に入りましょうか。松嶋智左さん『流警 新生美術館ジャック』をグランプリに残すかどうか。いかがでしょう?

吉田 私は残していいと思います。

浜本 いいと思います。

江口 私も同感です。それでは、松嶋智左さん『流警 新生美術館ジャック』は、グランプリ候補とします。

【2ndシーズンの座談会まとめはこちら】

プロフィール

吉田伸子(よしだ・のぶこ)
青森県出身。書評家。「本の雑誌」の編集者を経てフリーに。鋭い切り口と愛の溢れる書評に定評がある。著書に『恋愛のススメ』。

浜本茂(はまもと・しげる)
北海道函館市出身。長いタコ部屋労働を経て「本の雑誌」編集発行人に就任。NPO法人本屋大賞実行委員会理事長。趣味は犬の散歩。

江口洋(えぐち・ひろし)
神奈川県出身。集英社文庫編集部部長代理。本企画の言い出しっぺ。

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