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『我が友、スミス』(石田夏穂/著)をオススメ!

今回の担当者:おみこし
学生時代はアメフトとアカペラを兼部していた熱血漢。オフでは運動全般、カラオケ、飲み会をこよなく愛するお祭り男。しかしてその実体はエンタメで白米3合を平らげる雑食系男児。
サスペンス、SF、ダークファンタジーが大好物。物語の世界観や、意外な展開に翻弄されていたい性分。TVゲームの腕前や知識、洋画への愛には自信あり。作品に自分ごと没入していくタイプ。文芸という大海を冒険・開拓していくためにも日々奮闘中!

作品制作・写真/金沢和寛

 「筋トレ」――。それは自分自身との闘いでありながら、他者への憧憬と、社会の秤を再認識させられる時間。
 突然何を言い出すのかと思われるかもしれませんが、今回ご紹介する『我が友、スミス』は、「筋トレ」や女性の「ボディ・ビル」をテーマに、上記のような新たな視点と、爽快な読後感を与えてくれる傑作です。
 私は学生時代、アメリカンフットボール部に4年間在籍していました。その中で、様々な筋トレを経験してきたこともあり、本作の書影(トレーニングする女性のイラスト)と、タイトルの「スミス」を見て、すぐにスミスマシンの事を指しているのだな、と分かりました。書影とタイトル名だけで、ここまで理解できた方はきっと、我々と同じ筋トレ同志なのだと思います!
 ただし身構える必要は全く無くて、勿論筋トレについて何も知らない方や、私のような男性読者にとっても、軽快なテンポで一気読みできる内容となっています。本作の書影イラストのような、ある種のポップ感を持つ、多くの人の共感を得られるような作品です。加えて、女性のボディ・ビルというニッチな世界を、ルッキズムやジェンダー的な視点も交えて描き出し、筋トレを哲学的に解釈する等、非常に鋭い側面も併せ持っています。
 そんな本作のあらすじですが、以下の通りです。

筋トレに励む会社員・U野は、Gジムで自己流のトレーニングをしていたところ、O島からボディ・ビル大会への出場を勧められ、本格的な筋トレと食事管理を始める。
しかし、大会で結果を残すためには筋肉のみならず「女らしさ」も鍛えなければならなかった――。
鍛錬の甲斐あって身体は仕上がっていくが、職場では彼氏ができたからダイエットをしていると思われ、母からは「ムキムキにならないでよ」と心無い言葉をかけられる。
モヤモヤした思いを解消できないまま迎えた大会当日。彼女が決勝の舞台で取った行動とは?

 まず、本書内ではU野やGジム、O島など、人物名やジム名がアルファベット+○○で書かれており、表現手法として非常に個性的です。この仕掛けが、登場人物や場所の情報を意図的にマスキングしていて、後述する「自我の確立」というテーマを、より引き立たせているように感じました。本文は、主人公U野による一人語りで構成されていますが、ユーモアに富んだワードチョイスや、クスリと笑えるような描写がちりばめられていて、とても読みやすくなっています。
 また、私が特に共感というか、リアルだなと感じた部分は、主人公が通うGジムでのトレーニング描写です。スミスマシンが1台しかなく、順番待ちで効率が落ちるという問題は、恐らく多くのジム利用者が共感できるポイントかと思います。かくいう私の自宅近辺にあるジムも、マシンが1台しかない小規模店なため、現在進行形で悩み、U野同様にジムの移籍願望が湧いてきているところでした。加えて、トレーニングの追い込みによる怪我や、減量の難しさ等、非常に細かな設定描写が、物語に現実感を与えています。
 ここからは本作のテーマに関する私見になりますが、主人公U野は、筋トレやボディ・ビルを通して「自我の確立」を達成したかったのではないでしょうか。というのも、物語のクライマックスであるボディ・ビル大会決勝にて「別の生き物になりたい。誰に傷つけられるでもなく、誰に同情されるでもない、今とは違う超然とした生き物になりたい。」(159頁8~9行)と、U野の心情が描かれています。U野は当初、服や美容から離れて、人間社会が形成した「女らしさ」から距離を置いている節がありました。そこから筋トレを始める事で「別の生き物」になる、つまりは社会の勝手な価値観を飛び超えていきたかったのだと思います。しかしその一方で、大会で勝ち上がるためには、筋肉に加えてピアス、脱毛、ビキニ等の「女らしさ」も求められることが分かり、「別の生き物」になろうとすればするほど、社会から逃れられない矛盾・皮肉が生じてきます。
 私の場合は、筋トレを始めた理由が、アメフトというスポーツをプレイする上で、それに耐えうる肉体、つまりはツールの準備をするためでした。しかしジムに行ったり、筋トレの参考動画を見たりしている内にいつしか、他人のカッコイイ肉体美に羨望を感じるようになったのも事実です。男性ならこの場合、マッチョイズムというのか、これも社会が作り出した理想のようなものに、いつの間にか囚われているという事例なのかもしれません。筋肉はあくまで道具と割り切っていたはずが、いつの間にかモテや美の秤に載せて向き合うようになっていた。こういった点で私も、U野へは性別を超えて強く共感、感情移入するようになったのだと思います。
 本作を読んでいると、筋トレやランニングは手段であって、果たして行為そのものを愛せているのか、楽しめているのか、ハッとさせられる瞬間があります。そこには健康や美への執着があるのかもしれません。しかしこの物語には同時に、人間が何かに打ち込む事自体には、まっさらな輝きが宿っていると信じさせてくれる、強烈なエネルギーがあります。
 読み終わった方は、無性に体を動かしたくなる事間違いなし! そんな本作の魅力を浴びて、今日も私はまたジムに向かうのだと思います。果たして、スミスマシンは空いているのだろうか……? 自宅に1台買って「我が友」を家族にしてしまうのも手なのでは? 皆様も是非、本作をお手にとって、エネルギーを充填していただければと思います!

本の詳しい内容はこちらから→『我が友、スミス』


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