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『仮縫』(有吉佐和子/著)をオススメ!

今回の担当者:シマシマ
ワインが、お酒が好きすぎてワインエキスパートの資格を取ったノムリエ販売担当。本よりお酒のウンチクを語る時の方が饒舌??
男くさい、涙を誘う本がフィクション・ノンフィクション問わず好み。令和の時代に昭和からアップデートされていない自分を顧みて、他のジャンルの食わず嫌いはいかんと思う日々。旅行に出かける前にたくさん本を買い込んで荷物がついつい増えてしまうタイプ。

作品制作・写真/金沢和寛

 今回ご紹介するのは有吉佐和子さん『仮縫』です。洋裁学院に在学中の主人公・清家隆子が、日本でたった1軒のオートクーチュールのサロン「パルファン」のオーナー・松平ユキに突然「あなたが欲しい」とスカウトされる場面から物語はスタートします。隆子は「パルファン」で働くことを決意し、瀟洒な洋館にあるサロンを訪ねると、白衣を着た10人以上の女性が黙々とアイロンをかけミシンを踏むフロアが広がります。彼女たちの技術は、学校で習ったこととは全く違うものでした。型紙を使わない裁断、息をつく間もなく鋏が入れられ、ピンや糸を入れては抜いていく“仮縫”。様々な工程を経て顧客の体に完璧にフィットするドレスが完成していきます。隆子は先輩たちの指示に従い、ついていくだけの日々が続きます。そのような中でも数年後には頭角を現し、松平ユキがパリへ長期間赴く際には「パルファン」の留守を預かるまでになります。そこで芽生えてくる「松平ユキではなく私が『パルファン』を回している」という思いと野心。利害や思惑が交錯する中で隆子の行動が行き着く先は……。
『仮縫』の単行本が初めて刊行されたのは半世紀以上も前の1963年、東京オリンピックの1年前。
当時の時代背景や情景を思い浮かべながら読めるのも物語の魅力の一つです。
 ある夜、松平ユキの弟・松平信彦が隆子を家まで車で送ると言い、新宿でデートに誘うシーンがあります。喫茶店でないと行かないと拒む隆子に対して、入ったお店は暗い部屋の中、男女が語り合うバア。「ここは喫茶店だろう?」と女給に無理やりイエスと言わせ、紅茶を注文しながら「スコットランドの紅茶があるだろう? スコッチという奴さ、あれを氷水で割るんだよ」とウイスキーの水割りを作らせていく信彦。隆子もその店が喫茶店でないことは気づいているのですが、半信半疑ながら信彦の誘いに乗るしたたかさも感じられる一幕です。今の時代で考えると車を運転しながらお酒を飲むデートに誘うというのは設定として成立させづらいですし、使われる単語など気になる点もありますが、古めかしさを回顧するのでは決してなく、テンポ良く、そして生々しく描かれた恋愛模様や人間関係は今の時代にも相通ずる点が多くあります。この他にも「パルファン」の常連たちが身につける服や宝飾品の豪華さが物語られ、松平ユキやその恋人・相島昌平に連れられて行く場やレストランなどの場面では上流階級の行動や発言、今で言う「セレブ」たちの、当時の遊び方、嗜みも垣間見ることができます。
今は洋服といえばプレタポルテ(既製服)が当たり前で、オートクチュールで自分だけの1枚を作るという方が稀になりましたが、『仮縫』の中ではオートクチュールすら日本では「パルファン」1軒のみ。フランスやアメリカで次なる流行の兆しが見えてきたプレタポルテを「パルファン」・繊維会社・百貨店の3者で組んで日本に持ち込んでいくことを画策していく、といったファッション史の変遷も描かれています。
 タイトルにもなっている『仮縫』は、作中ではドレスを仕上げていく上での大事な工程として何度も登場します。さらには隆子が仕事や人間関係、人生の立ち位置を捉える言葉としても要所要所で使われています。この点には“人生の仮縫”という言葉で文庫版の解説を執筆してくださった、日本人で唯一のパリのオートクチュールデザイナーである森英恵さんも触れられています。『仮縫』で描かれた世界をリアルに歩まれた森さんだからこそ書くことができた解説は、ぜひお読みいただきたいです。古典芸能、花柳界、現代社会の矛盾など、広い分野をテーマにした作品を世に送り出した有吉佐和子さんによる、ファッション業界を紡いだ『仮縫』。有吉さんファンに改めて読んでいただく1冊としては勿論、国語の教科書や国語便覧で名前は聞いた記憶があるが、作品は読んだことがない若い方など、幅広い皆さんに店頭でお手に取っていただきたい1冊です。

本の詳しい内容はこちらから→『仮縫』


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