エア本屋・いか文庫の空想ブックフェア【第7回】本で味わうアートの秋フェア
お店も商品も持たない「エア本屋」・いか文庫。
テレビにラジオに書店の棚に、神出鬼没のいか文庫が『小説すばる』誌上で開店しました!
第7回のフェアのテーマは「アート」です。
いか文庫 ◆ 本と本屋が好きな店主と、イカが好きなバイトちゃん(ベトナム支社)、バイトぱん(東京支社)、バイトもりもり(関西支社)、バイトいも(イギリス支社)の計5名で活動中のエア本屋さん。
店主 東京はやっと秋だなぁって思えるようになったよ。ベトナムはどう?
バイトちゃん(以下、ちゃん) 過ごしやすくなってきたので、外に出て活動したいなぁと思っているところです!
店主 私も、芸術の秋でもあるし、アートの展覧会とかを見に行きたいなと思ってるところ。
ちゃん いいですね。日本は美術館もたくさんあるから。
店主 うんうん。東京は特に、見切れないほどイベントが豊富だからね。でもね、アートに触れることは、実際に見ることだけじゃなく、本でもできるなってことにも気がついたの。
ちゃん おぉ、本でも?例えばどんな風に?
店主 例えばこれ。原田マハさんの『たゆたえども沈まず』。誰もが知っている有名な画家ゴッホと、画商として活躍していたその弟、そして同時期に同じパリにいて、富裕層たちに浮世絵を売り込んでいた日本人美術商が出てくるお話なんだけど、それまで遠い存在と思っていたゴッホが、すごく身近な人に思えてくるんだ。
『たゆたえども沈まず』 原田マハ(幻冬舎)
ちゃん 美術史小説といえば原田さん!その本はまだ私も読んでいなかったです。
店主 実は私も、原田さんの作品は最近初めて読んだんだけど、こんなに面白いとは!って、いまだに興奮しているところ。というのも、ゴッホが浮世絵に影響を受けていたなんて知らなかったから!とはいえ、主要な登場人物が架空の人物だったりするフィクションでもあるんだけどね。
ちゃん ゴッホの自画像を見ると、親しみがあるというよりは少し怖そうな人にも見えます。
店主 だよね。私も険しい顔のイメージがあるよ。でもこれを読みながら史実に基づいた資料とか、出てくる絵や画家なんかを調べながら読んでいると、1880年代後半のパリに自分がいて、あの自画像のイメージとはまた違う、よりリアルなゴッホの傍にいるような気持ちになってくるの。だから一層、絵画やアートへの関心が高まってくるんだよね。
ちゃん そこまで!なんだかワクワクしてきますね。
店主 そんなわけで、この秋のフェアは「芸術の秋」をテーマにしたいんだけど、どうかな?芸術に興味を持つきっかけになる本を紹介したいです。
ちゃん いいと思います!私もこれを機に、芸術にまつわる本を読んでみたいです。
店主 よし、決まりだね!じゃあまず1冊はこの原田さんの本を並べるとして……その流れでこの『百日紅』も並べたいです。
『百日紅』杉浦日向子(ちくま文庫)
ちゃん ゴッホと浮世絵に接点があったから、ですね。
店主 そうです。ゴッホも所有していたという葛飾北斎。その娘、応為を主人公とした杉浦日向子さんの漫画です。応為はお父さんの助手として活躍していたから、ゴッホもその絵を見ていたかもしれないんだなぁと思うと、ちょっと胸が熱くなるよね。
ちゃん 娘も作品を世に出していたんですね。初めて知りました。
店主 うん。美人画がとても上手だったそう。ただ、人生経験が足りないゆえに色っぽい絵を描くのが苦手だったり、地獄絵図を描いたものの“始末”を忘れて不吉なことが起きるようになっちゃったり、自分の才能に悩んだりもするんだよね。それと一緒に、当時の人々の暮らしも、作者の杉浦さんは江戸に行ったことがあるんじゃないか?って思えるくらいに描かれているから、浮世絵がどんなものだったのか、どうやって生み出されていたのかがよく伝わってくる作品だよ。
ちゃん いま、実際の作品も調べてみたんですけど、西洋画に影響を受けていたかもしれないんですね?それも興味深い。
店主 この『百日紅』ではそこまで描かれていないのだけれど。うん、その説もあるみたいだね。
ちゃん 影の描き方が印象的ですね。私はこういう浮世絵を見たことがなかったので、いつか実物を見てみたいなぁ。
店主 私も!でね、浮世絵が19世紀後半にすでに海外の人に知られていたってこともすごいなぁって思うんだけど、日本人アーティストが海外で評価されるということで思い出した本が、これ。『TTP』というタイトルの写真集。著者がドイツに留学していた時に、住んでいた部屋から見える「卓球台」を定点観測して、全く同じ位置からおさめつづけた写真だそう。現在も海外と日本とを行き来して活躍している写真家、富安隼久さんの作品です。
『TTP』富安隼久(MACK)
ちゃん 卓球台を定点観測?何かドラマチックなことが起こるのかなぁ。
店主 「デッドパン・スタイル」っていう、ドラマチックな誇張をできる限り抑えて客観的に撮る方法を取っているそうなんだけど、すべての写真にストーリーを読み取れるような気がしてくるのが、見ていて楽しいんだよねぇ。
ちゃん ある時は子供たちの遊び台に、ある時は筋トレ器具の一つとして、ある時は荷物置きにされ。本来の卓球台としての使い方をされていない場合もあるのに、ここに存在する必要があるものだと感じられますね。
店主 うんうん、本当だよね。そういう、普段あまり気づくことのできない別視点があるってことを知ることができるのも、写真集の面白さだなぁって思うよね。
ちゃん 私は最近、芸術家を目指す学生たちを取材した本『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』を読んだんですけどね。この卓球台の写真家さんのように、ものすごくニッチなものだったり、自分が好きだと信じるものに一生懸命な学生さんの姿はとても新鮮で刺激を受けました。
店主 あ!私もつい最近読み始めたところ!最初っから、全身に半紙を貼って等身大全身像を作ろうとする話が出てきて、爆笑してしまった。
ちゃん そうそう!それは東京藝大に通う著者の奥さんの話ですよね。日々、自分の想像の斜め上をいく行動をする奥さん、そして彼女の同級生の話に興味を持ったことでインタビューすることになって、この本はできたようなんです。
店主 斜め上をいく奥さん(笑)。
ちゃん いろんな芸の道を極めるために入学した学生さんの中には、口笛をオーケストラの楽器の一つにしたくて研究している人や、鋳物のような器を漆で表現しようと取り組んでいる人などがいて。芸術の世界はまだまだ今後も、無限に広がっていくんだろうなと感じました。
店主 口笛を楽器に!それも面白い!
ちゃん 口笛にも奏法があるらしくて。口の仕組みを勉強したり、音色を音楽的に研究しているそうですよ。
店主 見たことも聞いたこともないものが、生み出される世界。楽しそう!
『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』二宮敦人(新潮社)
ちゃん この本の中で、誰かに認められるとか勝つという考えとは離れ、あくまで自然に、楽しんで、最前線を走っていく人たちこそ、天才なのかもしれないと書かれていて、素敵だなぁと思いました。
店主 わぁ〜。なんて素敵!ゴッホや北斎のように、アーティストって「変わった人」って捉えられることも多いけど、本人たちにとっては、本当はそういうことなんだろうね……。そういえば、イカに関するアート作品もいろいろあるよね。バイトちゃん、それらの情報も、このフェア期間中にぜひ発信して欲しい!
ちゃん イカは見た目が美しいから、イカを題材としたアートをSNSなどでよく見かけますよね。イカばかり描いている画家さんもいらっしゃるし。調べてみます!
※本記事は『小説すばる』2020年11月掲載分です。第8回は『小説すばる』2020年12月号誌面にて掲載予定です。(http://syousetsu-subaru.shueisha.co.jp/)