【脚本家・徳尾浩司×作家・額賀 澪】『できない男』刊行記念対談/自信はなくても、決断はできる。(後編)

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青春小説の書き手として知られる額賀澪さんが、20代終わり〜30代初めの働く男性たちを主人公に据えた『できない男』。
実は本作執筆の陰には、テレビドラマ『おっさんずラブ』シリーズ(※テレビ朝日系/2016年~2019年)の存在があった。
脚本家の徳尾浩司さんを対談相手に招き、感謝を伝えるとともに、小説と脚本の違いについて二人が語り合う対談の後編。「『できない男』の荘介を書いていくうえで、『おっさんずラブ』の春田の描かれ方がとても刺激になりました」(額賀)

【前編はこちら】

構成/吉田大助 撮影/冨永智子

僕の台本は「えっ」「えーーーっ」とかばっかり。
それを小説でやったら、中身がなくなっちゃいます(徳尾)

額賀 私は最近、テレビドラマをよく観ているんです。観ている人を離さないための展開の工夫や、各話の序盤の入り方や終盤の引き、キャラクターの作り方が、勉強になるところが多いんですよね。そもそも小説って、読者が50歩くらい作者のほうに、作者は50歩くらい読者のほうに歩み寄って、お互いの真ん中あたりで物語が成立するものだと思うんです。でもテレビって、視聴者が歩いてきてくれるのって、3歩ぐらいの感覚なんじゃないかなと……。

徳尾 ええ。ほとんど、歩いて来てはもらえないのではないでしょうか。

額賀 歩かないんだ!

徳尾 映画や舞台はお金を払って、好きな人が作品を観に来るものなので、歩み寄りはあるものなんですが。テレビの場合は、視聴者はソファーから一歩も動かずベタ付きで、「何を観せてくれるんだろう? つまんなかったら替えるね?」みたいな。作り手も常にそういう危機感を心の隅に持っています。

額賀 その状態の人に物語を届けるのって、めちゃくちゃ大変だなと思います。だからこそ、勉強になるところは大きいんです。それで思い出したんですが、私は大学の時に、脚本を書く授業を取っていたんです。課題を読んだ脚本の先生から毎度言われていたのが、「登場人物が全部のっぺらぼうに見える」と。ここに地の文で心情とかをいっぱい書いていくと、登場人物たちは魅力的になるんだけど、脚本ってそれができないんだよ、と。ああ、私は脚本には絶対向いてないと思いました。

徳尾 僕も小説は好きなんですが、自分では絶対書けないです。

額賀 ホントですか!?

徳尾 小説って、脚本と違って地の文を書き込めるじゃないですか。例えばこの人物が驚いた時にどういう驚き方をしたかってことを、セリフじゃないところで、ちゃんと描写しますよね。僕、それができないんですよ。僕の台本を開くと、「えっ」「えっえっ」「えーーーっ」とかばっかりなんです。

額賀 目に浮かびます!(笑)

徳尾 脚本はセリフを書くものなので、「えっ」が具体的にどういうニュアンスの「えっ」なのかというのは、ト書きなどの説明文ではなく、前後の登場人物の心情や会話の流れから分かるように組み立てられている。難しい言葉はほとんど出てこないし、どこにでもあるありふれた日常会話だから、ドラマの脚本を読むと「自分でも書けそう」と思う人が多いみたいです(笑)。

額賀 小説の会話文って、日常会話ではないんですよね。脚本のセリフのように、役者さんが声に発して読みあげるものとしての会話文ではないというか。

徳尾 それを小説でやったら、中身がなくなっちゃいますよね。「えっ」「えーーーっ」とかって会話、小説で読みたくない(笑)。もうちょっと漢字で喋ってほしいというか、読み応えのある会話を求めている気がします。

額賀 確かに小説の会話は、積載量多めで書かないといけない。小説と脚本って、どっちも言葉だけで作られるものだけれど、だいぶ違うなって思いますね。連ドラの脚本とか、絶対書けないなと思いますもん。小説と違って予算とか、スタッフや役者さんの問題も関わってくるし、制約がいっぱいありますよね?

徳尾 制約しかない、ですね(笑)。僕はもともと舞台の台本を書いていたので、そこからテレビの世界に来た時に、制約だらけでものすごく窮屈だと感じたんです。でも、そういった制約というか作法を学んでいくうちに、その中で自由に遊ぶ術が身についてきたんですよね。

額賀 プロデューサーさんの存在もすごく大きいと聞きます。

徳尾 そうですね。プロデューサーを中心に何人かで話し合って、全8話予定なら8話分のストーリー全部の流れを決めてから、ようやく台本を書き始めます。ただ、会議の時って、ストーリー全体の流れを上から眺めている状態なんですよね。キャラクターを、人間ではなくゲームのコマのように動かしている。でも台本を書く時に同じモードで入っていったら、面白くならないんですよ。小説もたぶん一緒だと思うんですけども……。

額賀 一緒です!

徳尾 人物の目線で書いていかないと面白くないというか、人物の気持ちが本当の意味で動いていかない。上から俯瞰するのではなく、書き手も地面に降りないとだめですね。ストリートビューのような感じで。

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額賀 「マップ」だと無理なんですよね。ストリートビューの感覚にならないといけない。

徳尾 事前にみんなで決めたストーリーを書こうとしてうまくいかない時、そこからが脚本家の仕事だなって思います。

額賀 私は基本的に、人物の視点じゃないと書けないんですよ。小説を書く前段階で、編集者に「プロットを提出してください」って言われても、最後まで書けないことがほとんどなんです。「そこまで辿り着いたら見えてくると思います」で押し通します。

徳尾 それ、小説のいいところですね! ドラマの脚本会議で「最終回の展開は乞うご期待!」と言ったら、クビになるかもしれません(笑)。

作家としての気概を試されるような時が
私自身にもいつか来るような気がしている(額賀)

額賀 実は『できない男』の荘介を書いていくうえで、『おっさんずラブ』の春田の描かれ方がとても刺激になりました。主人公ってついかっこいいところを書きたくなっちゃうんですけど、その人のダメなところとか、かっこ悪いところをしっかり書くのが大事だよなって。随所に現れる春田のダメなところが、人間性を引き立てるんですよね。かっこいいシーンよりダメなシーンのほうが、人間味が伝わってくるんです。

徳尾 ダメなところを見せることで、みんながかまいたくなるって感じですよね、キャラクターとしては。春田を演じた田中圭さんご本人の魅力とも近いところがあるかもしれないんですけれども、周りを引き寄せる力がある。ほっとけない、というか。

額賀 春田は、吉田鋼太郎さん演じる黒澤部長に「好き」って言われても、はっきり拒否しないじゃないですか。「拒否できない男」ですよね(笑)。

徳尾 僕の中では、彼はすごく優しいキャラクターなんです。人を傷つけたくないから、例えば好きじゃない人に「好き」って言われても、「でもこの人のこと、人間的には好きだからな……」と悩む。「いや、男とはつき合えないんで」と言える人ではないから、そうするとまた部長の勘違いがこじれていって、「どうしよう、どうしよう」となってしまう。でも、本当にそれは優しいかっていうと、はっきりしないのは罪だよという考え方も当然あるわけじゃないですか。優しさって逃げでもあるから、「自分が結局よく見られたいだけなんじゃないの?」と。断り切れないとか、はっきり言えないところは、かわいいところではあるけれども、結果的に周りの人たちを振り回してしまう。

額賀 お話を聞きながら、ドラマの興奮が蘇ってきました。私はファーストシーズンの最終回、冒頭の展開が大好きなんですよ。ネタバレなので内容は伏せますが、春田のあまりの拒否できないっぷりに、度肝を抜かれました(笑)。その過程では、描かれなかったいろいろなエピソードがあっただろうとは思うのですが……。

徳尾 春田という人物は、ドラマの主人公にしてはめずらしく受け身なキャラクターだと思います。『できない男』の荘介もどちらかと言うと受け身で、能動的にぐいぐいと、もがきながら進んでいくタイプではないですよね。最初は何がなんだかよくわからないまま、大きな状況に巻き込まれていく。巻き込まれていくためには、主人公のリアクションと、あとは状況をかき乱していく周りのキャラクターが大事。そのあたりも、楽しく読ませてもらいました。

額賀 周りにいる人がいろんなボールを好き勝手投げてくるのを、「無理だーっ」と言いながらひたすらキャッチして、投げ返せずにボールが山盛りになっちゃって「どうしよう……」ってなってる。そんな感じの主人公です(笑)。

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徳尾 もう一人、東京のデザイン会社のアートディレクターで、32歳の裕紀というキャラクターが出てくるじゃないですか。彼もまた、悩んでいますよね。彼の場合、仕事はできるんだけど、「今のままでずっと進んでいっていいのか?」というところで悩んでいる。

額賀 裕紀の場合は荘介と違って、自分の今いる場所や今の仕事の仕方が性に合っているんですよね。でも、だからこそあえてそういう場所を出て、自分に自信や自己肯定感を持って、いっぺん勝負してみる必要があるのかもしれない。「お前は一段階上に行く気はあるか?」という作家としての気概を試されるような時が、私自身にもいつか来るような気がしているんです。そこで尻込みしちゃう自分をどう乗り越えるかということを、裕紀を通して私自身が追体験してみた感覚はあります。

徳尾 裕紀の決断も、「大きな決断」ですよね。

まずは「やる」と選ぶ。その後で、成功にするためには
どうしたらいいんだろうという順番で考えを進める(徳尾)

徳尾 決断って、間違っていたか正しかったかは、先にならないとわからないものですよね。だけど「決める」ってこと自体が、その人の人生にとってすごく大事なことだなと思うんです。極論を言えば、決断した先で失敗してもいい。もちろん失敗はしたくないけど、それ以上に「やらない」ことのほうが実は問題というか、そこからは何も生まれない。まずは「やってみる」ことが大事なのかなと思いながら、『できない男』を読ませてもらいました。なんていうか、清々しいんですよ。

額賀 やらなかった後悔ほど、重い後悔ってないなと思うんです。

徳尾 そうかもしれないですね。

額賀 思い切ってやったけど失敗しちゃったことって、意外と「たられば」がピンポイントなんですよ。明らかにあれが失敗の種だったから、あれさえやらなきゃよかったって、後悔の的が絞れる。やらなかった場合って「たられば」を考えるポイントが多過ぎるし、無限に想像が膨らんでしまうと思うんです。

徳尾 難しいですね、決断っていうのは。僕は自信もないし、うまくいくともあんまり思えないし。決断したことのうち、失敗したか成功したかで言ったら、失敗のほうが多い(笑)。でも、「変化をしなければいけない」という思いは常にあるんです。結果的には失敗になったとしても、自分が今の状態よりも、上であれ下であれ変わるなって方向に行ったほうが、面白いんじゃないかなって思うんですよ。だから仕事においても「これ危ない道だなあ」と思いながら、たいてい進むほうを選んでしまう。

額賀 確かに、「このお仕事をやりませんか?」と提示されて、明らかに自信はないんだけれども、「あっ、これは恐らく断ってはいけないやつだな」って感覚が働いて引き受けることはありますね。

徳尾 自信はないんですよね。自信はなくても、決断はできる。選ぶ前に、うまく成功させられるんだろうか、失敗しちゃうんじゃなかろうかって真剣に考え始めると、なかなか決断できないんですよ。まずは「やる」と選んだ後で、成功に「する」ためにはどうしたらいいんだろうという順番で考えを進めていったほうが、生産的ですよね。

額賀 失敗ではない結果に終わらせるために、何とかしよう、何とかしよう、となりますよね。『できない男』の2人も、最大公約数的な幸せって考えると、最後に決断しないほうがよかったような気もするんです。でも、彼らにとっては、そっちを選んだほうが幸せだった。読者の方にも、そう感じてもらえたら嬉しいなと思っています。あっ、最後にひとつ、お伝えしてもいいですか?

徳尾 は、はい。

額賀 『おっさんずラブ-in the sky-』の春田の決断、最高でした!

徳尾 ありがとうございます(笑)。

額賀 新しいドラマも楽しみにしています。ソファーでふんぞり返らず、正座で観させていただきます(笑)。

【前編はこちら】

■プロフィール■

徳尾浩司(とくお・こうじ)1979年生まれ。大阪府出身。慶應義塾大学卒業後、劇団「とくお組」を旗揚げ。近年のドラマ作品に『おっさんずラブ』シリーズ、『ミス・ジコチョー~天才・天ノ教授の調査ファイル~』『チア☆ダン』などがあり、2020年4月より放送するTBS系連続ドラマ『私の家政夫ナギサさん』の脚本も手掛けている。

額賀 澪(ぬかが・みお)1990年生まれ。茨城県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業。2015年に『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞、『屋上のウインドノーツ』(『ウインドノーツ』を改題)で第22回松本清張賞を受賞。『風に恋う』『イシイカナコが笑うなら』『競歩王』『タスキメシ―箱根―』など著書多数。

【額賀 澪さん最新刊『できない男』2020年3月26日発売!】

『できない男』カバー+帯表1


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