余儀なきDIY/1 玄関の小屋根
0. プロローグ
ボクと妻のドレミが八ヶ岳にしらべ荘を建てたのは1994年の冬だった。夫婦ともに東京生まれのため,故郷というものがなかったので田舎暮らしにあこがれてのことだった。そして仕事が楽しすぎてずるずると東京に暮らす間にいつしか30年の歳月が流れた。2023年の春,ようやく仕事を整理し引っ越してくると,当然のことながらしらべ荘は築30年の古家となっていた。内外を問わず経年劣化は否めず,これをすべて業者に頼めば莫大な費用が発生するだろう。大工仕事いわゆるDIYは苦手だと公言して,それこそ釘一本打ったことがなかったボクに余儀なきDIYの山が待っていた。
1. 小屋根工事のビフォア
玄関のセンサーライトにかかる小屋根が傾いていることに気づいて取り外したときにはそれほどの大ごとになるとは思ってもいなかった。
屋根は板の部分が傷んで修復不可能である。薄い合板にトタンをコの字に張り付けてある。デザイナーのむちゃぶりに応えた建築時の大工さんの仕事だろう。さすがプロと言わざるを得ない。
よく見ると周りの羽目板や柱にもメンテナンスが必要だ。
ここは雨ざらしなのでトタン部分もペイントしないと錆が怖い。
ペイントするために周りに置いてあるものを片付けていたら,裏側の物掛けの棒が腐っていて崩れるように倒れた。これは大工さんではなく,明らかに亡き父の手によるものだ。父はDIYを趣味にしていて,晩年はしらべ荘でひたすら色々な物を作って暮らしていた。
どこで拾って来たのか,このような鉄製の土台に溶接された突起の形に合わせて角材にコの字の臍を切り嵌め込んであった。常識では考えられない構造である。
2. 小屋根製作
必要な寸法を取ってホームセンターに屋根を買いに行った。…売っているはずはなかった。プラスチック製のプアな雨除けも大きさが全く足りない。
仕方がないのでオリジナルのトタンを利用して作ることにする。合板は接着剤を使わずに板の厚さに合わせてトタンを曲げ,30本ほどの釘と小ねじで固定されていた。これを外すのに小一時間はかかった。
板材はしらべ荘の軒下のそこら中にある。父が廃材を集めたり,ホームセンターで購入したりしたものだ。
寸法が足りなかった。
帯に短し襷に長し。仕方ない。ペンキや小ねじを買うついでにホームセンターで集成材を買ってきた。
あれ?寸法が合わない。朝測った血圧の記録をメモしておいたトタンの寸法と勘違いした。
想定内である。切るしかない。
それにしても鋸の切り口の幅とは意外に広いものだ。
少し余裕を持たせて裁断するしかない。
電鋸で出っ張った部分を落とす。こんなことなら初めから電鋸を使えばよかった。
道具箱に金属製のヤスリも入っていた。これら古い道具が十数年ぶりに日の目を見て,まるで
「ありがてえ,久しぶりの仕事に腕がなるぜぇ!」
…とでも言うように張り切って見えるのが可笑しい。
ピタリ!
問題は板を二枚使うことである。接合部分にT字型の補強を考えてみたが,玄関の高いところに設置するために見た目が悪い。
壁に取り付ける金具の位置をずらして接合部の補強を兼ねることにした。荷重はせいぜい上に積もる雪程度である。アロンアルファを併用すれば強度は満たすと思われる。
トタンの黒ずんでいるところ,成分は不明だが落とすに越したことはない。
トタン部分が削れ始めたのである程度のところで諦める。
水性ペイントで塗装。絵描きなればこの工程だけは遅れは取れない。
実は壁のメンテナンスや吊り棒の修理を並行しているので,この日,板をトタンに嵌めていったんしまっておいた。
翌日,あり得ないほど板が反っていた。安物ではないつもりだったが集成材とはこうしたものか。
水彩画用の霧吹きで湿らせ,丸二日重しをかけてようやく平らにした。
壁と同じキシラデコールを使う。
トタンに貼る前に裏側も塗装する。
「何してるの?」
と,草を運ぶ一輪車を止めてドレミが声を掛けてきた。
「アロンアルファが乾くまでペンチで押さえてるの。」
「へえ。そんな風にするんだ。」
そんな風もどんな風もそもそもボクも全て初めてのことである。
「はい,こっち向いて。面白いから写真撮ってあげる。」
解体したときは再利用するつもりではなかったので,取り付け金具がどのように付いていたのか覚えていない。厚みが4mmしかないのに金具にこんなに大きな穴が開いていてはビスは使えない。ここも上からの荷重しかないのでアロンアルファで接着する。
トタンの穴全てに小釘,小ネジを打ち込んで屋根の完成。
3. 壁のメンテナンス
ペンキはマスキングが命…5月に軽自動車の屋根をペイントした経験からである。
玄関の正面と裏のトイレの出窓までを今回の範囲と決めた。
続いてキシラデコール。半日では終わりそうにないのでドレミに手伝いを頼む。
二人ですると当然だがスピードも2倍の速さである。
ところどころ,虫が出入りできそうな隙間や穴を見つけるとシールで埋める。
羽目板のずれているところを修正する。
錐も父の使っていたものが道具箱にあった。
小屋根製作作業などと並行したためここまで10日。お客さんが集まる連休を前に一度工事をストップした。
一週間ほどして二度塗りに入る。ペンキやキシラデコールはせっかく速乾性なのだから一日で二度塗りまで終えるべきである。
さもないとマスキングや脚立の設置など,最初からやり直しとなる。
おまけに庭のコルチカムの花壇が雑草だらけなのを見た母がダークになっていたために,ドレミにそちらを優先するよう指示した。必然的にペイントはひとり作業となる。
脚立に乗っていると画家だったニューヨークの義伯父を思い出す。東京での個展を終えて帰国した翌日に,バスルームの天井をペイントしていて脚立から落ち,後頭部を打って亡くなった。ボクもその当時の伯父の年齢に近づいて来た。
雨ざらしの部分は入念に。
壁のメンテナンス終了。
4. 物掛けスタンド
あり得ない構造だが,腐っている部分を切り捨てて,新たに棒に臍を切るほかに手はない。
電鋸で慎重に切り込みを入れて,ノミで削っていく。さらに土台の突起に合わせて金属ヤスリで凹凸を調整すると意外に簡単に臍が掘れた。
父の敗因はおそらく組み立ててからペイントしたことにある。臍の中から木が腐り,折れてしまった。同じ轍は踏まない。臍の部分にも腐敗防止にたっぷりと水性ペンキを施す。さらに金具部分はオシャレに色を変えて父と差別化している。
土台の錆をスクレーパーと耐水ペーパーでできるだけ落とす。
ペイント。実は壁のペイントと同時進行。
一晩乾かす。
翌日,組み立て。針金で絞っただけでは不安だが,20年近く立っていたのだから大丈夫だろう。
地面に敷いてあった分厚いべニア板も腐っていたので,丈夫なズクの板にキシラデコールした。
5. 仕上げ
小屋根取り付け。
頭の直径が1.1mmの木ネジを買ってきたが,呼び径も太いために羽目板が割れてしまった。あせってアロンアルファを注入したが金具の下にも染みたとすると,次に傷んだときは外せないかもしれない。
軒の方の色が白すぎるのが少々見映え悪い。そのうちに何かで濃いニスを使うことがあればついでにペイントしようと思う。
物掛けスタンド設置。
スタンドに掛けるのは水路を浚うための道具らしいがボクたちは一度も使ったことがない。がんばって修復したがそもそもこのスタンドは必要だったのかという問題が残る。
車のルーフボックスを立てかける下に新しく作った木の台。
三週間かかって大工事が終了した。