#033 「信じ、待つ」ことの大事さ
三人の子供を育てるという幸運に恵まれ、その過程においてさまざまなことを感じ、学んできましたが、なかでも自分にとってあらためて大事だと考えさせられたのが「信じ、待つ」ことの重大さです。今回の記事では心理学における知見「マタイ効果」の説明とあわせて、この「信じ、待つ」ことの大事さについて考えてみたいと思います。
どのようにすればアタマの良い子、運動のよくできる子を産めるか、あるいは育てられるか、という問題は世の親御さんたちにとって切実な関心の対象であり、そのために膨大な量の情報がやりとりされていますよ。
よく聞かれるのは妊娠中には沢山鉄分を取った方がいいとかDHAが効くとかできる限り刺激物やアルコールは控えた方がいいといったことで皆さん、特に女性の方は大変な苦労をされているわけですが、しかし実は、多くの人が実践して「いない」にも関わらず、確実に子供の成績や運動能力が高まる産み方がある、と言えば驚かれるでしょうか。
それは「子供を4月に産む」ということです。
これは良く知られていることですが、日本のプロ野球選手やJリーグの選手の誕生月は、統計的な誤差として説明出来ないほどに著しく「年度の前半の月」に偏っていることがわかっています。
少し古いデータになりますが、こちらの日経の記事によると、12球団への登録選手809人(外国人選手を除く)のうち、4月〜6月生まれの選手は248人で全体の約31%となっている一方、1月〜3月生まれは131名で16%しかいません。
あるいはJリーグの2011年オフィシャルブックによると、J1の18クラブ登録選手全454名の誕生月を見ると4月〜6月生まれは149人で全体の約33%であるのに対して、1月〜3月生まれは71人で16%と約半分しか居ません。
日本全体の人口がどうなっているかというと、当たり前ですが生まれ月による差は殆ど無いことがわかっていて、どの月もほぼ8.3%、四半期では当然25%ということになりますから、プロ野球/Jリーグともに4月〜6月生まれの登録選手が30%以上というのは、確実に「何かが起こっている」ことを示しているわけです。
運動についてはわかった。では勉強はどうなのか?というと、こちらもやはり統計的には「勉強のデキル子」は4月〜6月生まれが多いことがわかっています。
一橋大学の川口大司准教授が、国際学力テスト「国際数学・理科教育動向調査」の結果を分析したところ、4月〜6月生まれの子の学力が相対的に高いことが明らかになっています。詳しくは割愛しますが、川口准教授によると、日本の中学2年生(約9500人)と小学4年生(約5000人)の数学と理科の平均偏差値を生まれ月ごとに算出した結果、4月から順に月を下って3月まで、奇麗に平均偏差値が下がること、4月〜6月生まれの平均偏差値と1月〜3月生まれの平均偏差値とでは、およそ5〜7程度の差があること等がわかっています。
この、一見すれば不可解に思える差は社会心理学における「マタイ効果」によって説明出来ると考えられています。科学社会学の創始者であるロバート・マートンは、条件に恵まれた研究者は優れた業績を挙げることでさらに条件に恵まれる、という「利益—優位性の累積」のメカニズムの存在を指摘しています。マートンは、新約聖書のなかの文言「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書第13章12節)から借用してこのメカニズムを「マタイ効果」と命名しました。
この「マタイ効果」が子供たちに作用しているのではないか、という仮説は以前から教育関係者の間で議論されていました。例えば、同学年で野球チームを作る場合、4月生まれの方が体力面でも精神面でも発育が進み、どうしても有利な場合が多い。そのため、結果的にチームのスタメンに選ばれ、より質の高い経験と指導を受けられる可能性が高まります。人はいったん成長の機会を与えられるとモチベーションが高まり、練習に励むようになります。
これらの事実、つまり4月生まれは3月生まれよりスポーツも勉強もできる、という統計的事実と、その要因に対してマートンが唱えた、恐らくは正しいと思われる仮説は、社会や組織における「学習機会の与え方」について僕らに大きな反省材料を与えていると思うのです。
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?