【連載小説】マザーレスチルドレン 第一話 饒舌なるヨシオカの独白【#創作大賞2024 #漫画原作部門 応募作】
本編
「おう、ヒラヤマ。オレだ。例の食堂のガキさらってこい」
「そうだ今すぐに行け。何回も言わせるな馬鹿野郎!」
「ああ、それと、今回も一時間だけ黒服は動かねえ。今からきっちり一時間だ。時間内なら少々派手にやっても構わん」
ヨシオカは携帯電話で今夜の標的を手下に指示している。
ヨシオカは携帯をシートに放り投げると後部座席にふんぞり返り、運転しているヤオ・ミンのヘッドレストに向かっていう。
「しかし、あの政治家もひでえよなあ、自分の娘の同級生だぜ。やることがえげつない、極道顔負けだ」
ヤオ・ミンは真っ直ぐ前を向き運転に集中している。
「全くひでえ時代になっちまったな……、オレ達ヤクザもんは殺し合いはやるが子供を手にかけるような事はさすがになかったぜ」
ヨシオカはヤオ・ミンを睨みつけながらしゃべり続ける。
「ああ、お前の祖国の奴らは昔から金のためなら平気で女子供も殺るんだったな、なあヤオ」
ヤオ・ミンは相変わず無反応だ。涼しい顔で運転を続けている。やがて車は静かに赤信号で停まった。
「まったく、お前らの民族には美意識ってもんがない」ヨシオカがパワーウインドウのスイッチを押し窓を全開にするとムッとする外気が車内に入ってきた。
外に向かって勢いよく痰を吐き出すヨシオカ。
「この車もお前の国で造ってるんだよな。確かにいい車だぜ。調度品としてもな。でもまあ、オレは気にいらんけどな。オレに言わせるとこいつは美学がないつまらん車だ。ただ今時セダン出してるのだけは褒めてやるぜ。オレは高級車はセダンしか認めねえ」
そう言いながらヨシオカは革張りの後部シートを撫で回している。
「ヤオ、お前ぁ、大体なんでこんなしょぼい馬のクソみたいな堕ちぶれた国に来たんだ。お前の祖国は、今や世界一の軍事力と経済力をもってやがるのに。名実ともにナンバーワンの超大国だ」
「そうか、そうだった、お前は変態野郎だったな。それで母国を追われてこの国に流れ着いた。まあ、変態野郎にとってはこの国は天国だな」
ヨシオカが声を上げて笑う。ヤオ・ミンの肩が揺れる。
「お前今笑っただろ? 珍しいじゃねえか。なあ、ヤオ、この国みてるとおもしれえだろ。おまえもそう思ってるだろ? 今はこの街のやつらはみんな遊んで暮らしてる。そりゃ誰だって働かなくても飯がくえりゃ、働かねえよな。当たり前だ。でもなあ、昔は働きもんだったんだぜ、この国の人間は……」
「こうなっちまう前、この国の人間は働きすぎで過労死するくらいによく働いてた。それを見た昔の外国の奴らはアリみたいだと笑いやがった。経済動物だとよ。そしてそのアリたちは結婚してガキつくってさらに働いて、ちっぽけな家買って何十年もローンを払い続ける。子供は大学行くのにまたローン。社会に出る前から借金漬けだ。そんな人生のどこが幸せだっていうんだ? 笑うよなあ、まったく馬鹿だよな、本当にこの国の奴らは昔から。金持ちがより金持ちになり貧乏人は死ぬまで金持ちに搾取され続ける。そんなこたぁあたりまえだ、資本主義なんて選ぶからだ。今じゃ資本主義国家は衰退の一途だ」
「今はこの街のやつらはどいつもこいつも死んだような目してるだろ、死んだ魚の目だ。今の時代人間働かなくても飯は食える。おまんまの心配はない。で? ただそれだけだ、それがこの国の憲法で保障する最低限の文化的生活ってやつだ。だがそれ以上はない。そんな面白くもクソない最底辺の暮らしを耐え忍んでそして五十前にくたばるのさ。それこそ夢も希望もない人生だ。笑うよな。そんなん受け入れて生きてるって。死んだ魚の目になるのも無理はない。さあ、どっちがいいか。今か昔か? ───答えは今も昔も大馬鹿野郎ばかりってことだ、この国の人間は」
「なあヤオ、この国でうまいもん腹いっぱい食って、いい女とヤリまくって長生きしたいなら、シンセカイ党に入って国会議員になるかヤクザもんになるしかないんだぜ」
「究極の二択だ、ウケるよな。どっちがいいか? そりゃあ、シンセカイ党の政治家がいいに決まってるよな、普通。でも簡単にはなれねえ、世襲でなれるやつは別だけどな。親が有力議員っていうのがベスト。地盤、看板、鞄が揃っての特権階級だ。そこは昔も今も変わらねえ、これさえあれば能力の低い子供でも地位と名誉と金と権力が代々継承される。ただ普通の人間はシンセカイ党員になるのも困難だ。一般人がシンセカイ党員になるには、よっぽど頭が良くて学者になるか、勉強して医者か弁護士になるか。努力して政府の機関に就職するか。オリンピックに出てメダルとれるぐれえのスポーツ選手になるか。つまり相当優秀じゃないと党員にはなれないってこと。だけどそんなの普通よぉ。無理だろ?」ヨシオカはスーツの内ポケットから煙草を一本抜いて口にくわえ、いやらしく輝く金無垢のライターで火を着けた。
「だから、今のガキは反社会的勢力にあこがれてるのさ。今やヤクザは半端な悪ガキたちにとっては人気稼業のナンバーワンだ。体たらくな女たちはみんなヤクザの愛人になりたがる。もてるぜぇ、ヤクザは。いいスーツ着て、いい車乗って、いいもん食って、いい酒のんでツラのいい女といいマンションに住む」
「だけどこっちも簡単にはなれねぇ、やっぱそれなりの才覚ってやつがいるんよ。ヤクザにも。まあ馬鹿じゃあなれない。ここは一緒。そしてはなからサラリーマンやってるような半端者には到底無理、ヤクザてのは自分で稼いでなんぼだ。でもまあ、今の時代はシノギあげるのも確かに楽じゃない。時代に合った新しいシノギを考えるのもこの業界でのし上がって行くには大事なのさ。それには何かが必要なのさ、天才的な何かがな……、馬鹿でなれず、利口でなれず、中途半端じゃなおなれず。それが侠客ってな、まあいいか、不法入国者のお前には関係のない話だ……」
カーラジオから古いジャズが流れている。寂しげなテナーサックスの音。ネオシティの街をヤオ・ミンが運転する黒い高級EVセダンが走り抜けた。
「しかし今年はやけに暑いよなあ。全く、大噓つきのカモガミの野郎がこんな体裁だけで中身のない張りぼての街つくりやがるから、あちこちから馬鹿どもが湧いてきて暑苦しくてしょうがねえ」
「いっそみんなくたばりゃいいのになあ……」
「殺したいか? なあ、ヤオ。みんなブッ殺したいか? そうだろ? オレは初めてお前を見た時からわかってんだ、誰でもいいから殺したくってたまんねぇんだろ? この街のやつらはどいつもこいつも生きる価値のないやつらばかりだ。だから殺っちまっていいんだぜ。てめえは歴代の有名シリアルキラーだって蒼ざめるくれえの、マジもんの変態野郎なんだからな、この街のやつら皆殺しにしてくれよ」