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「知識」
友達に赤ちゃんが生まれた。
いや、僕じゃなくて、友達の家だ。 「何かお祝い持ってかなきゃね」と言われて、考えたけど、何を持っていけばいいのか全然わからない。
「ワインがいいよ」 誰かが軽く言った。その一言で、僕はワイン専門店に行くことになった。
ワイン専門店、行ったことない。近所のスーパーで買う赤ワインと白ワインしか知らない僕には、未知の世界だ。入る前から、なんかもう緊張してる。だって、ワインって聞いただけで、ちょっと大人っぽい感じしない?
おそるおそる店のドアを押すと、カランカランとベルが鳴った。 中に入ると、そこは案の定、おしゃれな空間だった。壁にはワインがズラリと並び、ほの暗い照明がいい感じに雰囲気を作っている。そして、奥からスラッとした店主が出てきた。
30代後半くらいだろうか、細身の体にシャツとエプロンを着こなし、軽く微笑みながら近づいてきた。なんか、目がキラキラしてる。僕は緊張して、とりあえず言葉を絞り出した。
「あの…出産祝いのワインを探してるんですけど…」
「出産祝いですね。素敵ですね!」 店主は軽く頷きながら、ワインの棚に目をやった。
「出産祝いなら、こちらのシャンパーニュはいかがでしょう。新しい命の誕生を祝うという意味で贈られることが多いんです。」
シャンパーニュ?ああ、あれか、スパークリングワインのことだな。でも値段が高そうだ。僕はちょっと困ってしまった。なんか、店主が勧めるものを断るのも悪い気がして、「他には?」とだけ聞いてみた。
「それなら、こちらの赤ワインもおすすめです。カベルネ・ソーヴィニヨンというぶどうを使ったワインで、力強さと豊かな味わいが特徴です。人生の新たな門出にぴったりですよ。」
またもや洒落臭い言葉が飛び出してきた。力強さと豊かな味わい?いやいや、僕が飲むわけじゃないし。そう思いながら、さらに追い打ちをかけるように店主が続けた。
「もちろん、白ワインも素敵ですよ。シャルドネなら、華やかで優しい味わいなので、どなたにも喜ばれると思います。」
正直、どれを選んでもいいような気がしてきた。でも、せっかくここまで来たんだし、もう少し頑張ってみようと思った。
「全部、味が違うんですか?」
その一言が引き金になった。店主の目がさらに輝き、彼の「ワイン講義」が始まった。
「もちろんです!例えば、このピノ・ノワールは軽やかで繊細な酸味が特徴です。一方で、こちらのシラーはスパイシーで濃厚な味わいが楽しめます。そして…」
次々と語られるワインの話。ぶどうの品種、産地、熟成方法、土壌の違いまで。僕は最初こそ「へえ、そうなんだ」と聞いていたけど、途中から頭の中がいっぱいになった。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。店主が楽しそうに話しているのを見てると、「ワインってそんなに奥が深いんだな」と、少しだけ興味が湧いてきた。
最終的に、僕が選んだのは店主が「これなら間違いないですよ」と太鼓判を押した赤ワイン。カベルネ・ソーヴィニヨンの定番だ。
友達の家に行って、そのワインを手渡した。すると、気づけば僕は店主から聞いた話をそのままひけらかしていた。
「これね、カベルネ・ソーヴィニヨンっていうぶどうで、力強い味わいが特徴なんだって。産地や熟成方法で味が変わるらしいよ。ほら、人生の門出にぴったりって言われてさ。」
友達夫婦は「へえ、そんなに考えて選んでくれたんだね」と感心してくれた照れた。実際にはほとんど店主の受け売り。でも、なんとなく嬉しかった。
帰り道、ふと思った。あんなに洒落臭いと思っていたワインも、少し知識が増えるだけで見え方が変わるんだなって。
そして、いつもの居酒屋に寄ってウーロンハイを頼んだ。