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夜空を見上げ、宇宙の広大さに圧倒されたことはないだろうか。
虚構と真実の狭間で揺れる心
夜空を見上げ、宇宙の広大さに圧倒され無意味に刹那くなったことはないだろうか。
通り過ぎる電車の残像を見て、自身の存在に疑問を抱いたことはないだろうか。
星の数ほど存在する世界の中で、猛烈に早く鈍足な時間の流れで、自分が本当に存在しているのか、不安に駆られること、あるんじゃないだろうか。
古代から人類は、目に見えない「心」や「魂」の存在を信じ、様々な宗教や哲学を生み出してきた。科学技術の発展とともに、客観的な証拠に基づいた真理を追求する学問も発展してきた。
近年話題のシミュレーション仮説は、私たちがコンピュータによって作り出されたシミュレーションの中で生きている可能性を示唆する。量子力学では、観測によって粒子の状態が決まるという奇妙な現象も確認されている。
これらの知見は、私たちが信じている「真実」の概念を揺るがすものだ。目に見えないもの、科学的に証明できないもの、本当に存在するのだろうか?
量子力学と真実の相対性
量子力学は、真実の相対性を示唆している。粒子は観測者によって異なる状態に変化する。つまり、真実とは観測者によって異なるというのだ。
これは、私たちが信じている真実が、実は主観的なものでしかないことを意味する。
シミュレーション仮説と真実の多様性
シミュレーション仮説が真実だとしたら、私たちが住んでいる世界は、シミュレーションを作成した文明によって設計されたものとなる。
つまり、真実とはシミュレーションの設計図に書かれているものということになる。
しかし、シミュレーションを作成した文明が複数存在する可能性もある。そうなると、真実も複数存在することになる。
自分の存在を信じることで世界を信じる
何かを信じることは、時に恐怖を伴う。裏切られるかもしれない、間違っていたかもしれない、という不安が頭をよぎる。
他人が見る世界を、あなたは一度でも見たことはありますか?
全く違う世界だとしたら、あなたが見ている世界は現実ですか?幻想ですか?
しかし、よく考えてみよう。信じられない時、私たちは誰を、何を疑っているのだろうか?対象そのものよりも、実は自分自身を信じられずにいるのではないだろうか?
相手や概念は、自分への不信感を映し出す鏡のような存在だ。
自分自身を信じることができれば、相手や概念も信じられるようになる。
疑うよりも信じる:自分自身への信頼
虚構と真実の狭間で揺れる心。不安と恐怖に支配されることなく、私たちはどのように生きていけば良いのだろうか?
その答えは、自分自身を信じることにある。
自分を信じるということは、自分の主観を信じるということだ。自分が見ている世界、自分が感じていることを信じる。
もちろん、それは盲信とは異なる。疑いを持つことは大切だ。しかし、疑い続けることは、何も生み出さない。
疑うよりも信じる。その勇気を持つことで、私たちは世界と繋がることができる。
まとめ
量子力学やシミュレーション仮説は、私たちの存在の確かさについて新たな問いを投げかける。しかし、同時に、自分自身を信じることの大切さを教えてくれる。
虚構と真実の狭間で揺れる心。疑うよりも信じる。その勇気を持つことで、私たちは世界と繋がり、真実を見つけることができるのかもしれない。