Shoya Fukunaga / 福永将也

身体を見つめながらダンスや振付をし、写真をとりつつ光を当て、あらゆる側面を見せたり隠し…

Shoya Fukunaga / 福永将也

身体を見つめながらダンスや振付をし、写真をとりつつ光を当て、あらゆる側面を見せたり隠したりしています。

最近の記事

植物とポートレート

最近は人物や身体を被写体として写真を撮ることが多く、その眼差しには一種の強迫観念のようなものがある。 家の外に出てみると夏の始まりと思える視界が広がっており、ひたいから流れる汗が、腕を滴り落ちる汗が液晶に触れてしまわないかが心配でならない。 カメラの設定をいつものものから変えてみる。 輪郭がぼやけ、光を過剰なほどに画像の中に閉じ込めてしまう。 これが私の夏の見方だとかいうロマンを語るつもりはないが、目の前に広がる景色は、私にこの写真を撮らせるだけの何かを持っているのだろう

    • 13枚の埋葬  13 shots inside the grave

      月を仰ぐ。あなたの輪郭を認識できるかどうかの間際で、私の目は今にも地に降りそうな月光が確かに映し出している肉体を見た。 あなたの顔は匿名のもとに表情が残されることをを懇願しているらしい。 背後に映されるテクノ画像はノイズによって表情を蝕むことを懇願しているらしい。 真実は、行進するグレーのシャツ、ただそれのみである。 鋭さ。 あなたの像は、私の指がシャッターを押す前後の記憶を無理やり思い起こさせる。 あなたの像は、縦と横、垂直と水平で縁取られた私の視野を抜け出して、視神経

      • 鎖で繋がれた眼

        シャッターを押す触覚は、まるであなたの眼球に直接触れ、網膜へ熱を伝えるような感覚である。 他人の身体を写真に収めるということは、風景写真や身の回りのものを収めるのと違って、私の興味を惹きつけ、永久に脳内のデータベースへのアクセスを強制させる。 色はどのように認識されるか。 写真装置を通して何かを見ることは、プログラムを通して映し出されている色の世界を前提としている。 それならいっその事、白と黒に二元化しつつその間を亡霊のように彷徨う世界で形を、色を、影を認識してみよう。

      植物とポートレート