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名前が味覚を支配する

 「名前負け」という言葉はよく誤用される言葉の1つのようだが、小中学生時代の野球の試合にて実力は同程度(のはず)なのに、実績が圧倒的な相手に対して初回から大量失点を喫する、まさに「名前に負け」た経験がある。監督には「名前負けするな!(※正しくは「相手の名前に圧倒されて気おくれするな!」)」と何度もこっぴどく怒られた。勝負の世界なのだから、実力は同程度(のはず)なんかではなく、圧倒的な実力差があったという見方もできるが、相手校が実績を上げる前は 2 - 3 など競った戦いを展開し、その直後の県大会で相手校がベスト4になって以降、このチームにだけは本当に勝てる気がしなくなったし、惜しい試合を演じるどころか、初回からチェックメイト。他のチームとの試合でそんな様子がないことを鑑みると、たしかに「相手の名前に圧倒されて気おくれするな!」という言葉は一理正しい気がする。
 同様に今の職業に置き換えてみても、ビッグネームのタレントに対して、大した撮影内容でないにも関わらず、ベテランスタッフ含む全スタッフが張り詰めた空気感になるのは、「相手の名前に圧倒されて気おくれしとけ!」ということなのだろう。

 上記とは別の次元で、自分と対峙する名前によって自分に何らかの影響が出ることがある。それが料理名である。

 昨日尊敬するゼミの恩師と中目黒にある沖縄料理屋さんへと足を運んだ。その恩師は宮古島出身で、ぼくが学生時代の頃から一緒に食事をする機会があればだいたい沖縄料理屋に赴くことが多い。
 その食事の最中、卓上にさんぴんハイが届くとその恩師から「さんぴんってなんだかわかるか?」と一言。「さんぴんはさんぴんだろ」と思いつつ沖縄にルーツのある茶葉かと思っていると隣の友人が「ジャスミンですよね!」と返答する。「いやいやさんぴんはジャスミンに比べてもう少し麦茶とか烏龍茶寄りじゃない?」と発する間もなく、ジャスミンであることが判明。直後飲んでみるとたしかにジャスミンハイにしか感じない。いままでさんざん好んで飲んできたさんぴんハイは何処へ。べつにジャスミンハイが嫌いなわけではないし、むしろ好きな部類であるのだが、なんとなく沖縄料理屋さんで飲む特別感のあるさんぴん茶の特別感がどこか損なわれた気がした。べつにジャスミンハイが嫌いなわけではないし、むしろ好きな部類であることには変わりないのだよ…ジャスミン……。
 続けて卓上にはジーマーミ豆腐が登場。恩師から「ジーマーミってなんだかわかるか?」と一言。「ジーマーミはジーマーミだろ」と思いつつ、きっとジャスミンの流れから行くと、沖縄にルーツのあるものなんかではなく、日本全土でごく一般的に食べることが可能な何か別の食物の名なのだろうと、過去に幾度となく食べたジーマーミを遡るもピンとくるものはなく回答を待つ。すると「落花生だよ」と恩師。直後食べてみるとたしかにピーナッツにしか感じない。

 ああ、今まで食べてきた沖縄料理たちに申し訳ない。決して惰性で食べてきたわけではないものの、沖縄料理特有の料理名たちの「名前に負け」たまま食べ続けてきてしまった。沖縄特有の料理名がついた沖縄料理を食べることに満足する自分。なんとなくブランドのロゴが入ったTシャツを着て満足感を得る行為に近しいものを感じる。べつにさんぴんとジャスミンが同一であることを知らなかろうが、ジーマーミがピーナッツであることを知らなかろうが、おいしいものをおいしいと感じ、その時に着たいTシャツを気分良く着れれば何ら問題ないと思う。それでも、僕はさんぴんはジャスミンであることを知った上でおいしく味わいたい(ジャスミンが緑茶ベースに対して、さんぴんはウーロン茶ベースだったから最初の感想は間違いじゃなかった!)し、ジーマーミがピーナッツであることを知らなくとも、「ピーナッツみたいな味がしておいしいな」くらいには、常に必死の舌で食べ物と向き合いたいと思わされる一幕だった。

 ちなみにぼくの地元、栃木県佐野市には『いもフライ』という名の郷土料理がある。郷土料理であるがゆえに幼い頃から食べ続けたから『いもフライ』の「名前に負け」ることなく、その味を、その食感を、今もなお濃く鮮明に思い起こすことができるのだが、『いもフライ』を食べたことがない世の大多数の方々が想起するのは、きっとサクサクでスティック上でケチャッ…….。

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