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#44 〝茨城県〟 〜47都道府県制覇した広島県民が紹介〜
47都道府県を制覇したおでかけ大好き広島県民です。
現在、インスタグラムでおでかけ写真を投稿しており、このnoteで紹介しています。
今回は、茨城県の「徳川家にまつわるスポット」をご紹介します。茨城県と徳川家は深い関係があり、特に水戸徳川家は重要な役割を果たしました。
水戸徳川家は、徳川家康の子・徳川頼房を初代とする御三家(尾張・紀州・水戸)の一つとして成立しました。御三家は将軍家を支える役割を持っていましたが、水戸家は特に「将軍を補佐する立場」とされ、「副将軍」とも呼ばれるほどの影響力を持ちました。
まず最初に紹介するのは、JR水戸駅を出ると出迎えてくれる、助さん・格さんとともに立つ第2代水戸藩主・徳川光圀(通称:水戸黄門)の像です。
光圀が全国を巡り世直しをしたというのは後世の創作ですが、時代劇ドラマなどを通じて今なお親しまれています。
次に紹介するのは、徳川光圀が隠居後に過ごした住居「西山荘」です。
質素な造りながらも、光圀が理想とした世界が反映されており、歴史好きにはたまらないスポット。現在も公開されており、当時の雰囲気を感じることができます。
続いては、「水戸城」です。水戸徳川家の居城として知られ、水戸藩の政庁が置かれていました。現在では茨城県指定の史跡としてその歴史的価値を伝えています。また、三の丸にある藩校「弘道館」は、国の特別史跡に指定されており、当時の教育や文化を感じることができる貴重な場所です。
「弘道館(こうどうかん)」は、第9代水戸藩主・徳川斉昭(なりあき)が1841年に創設した藩校です。
当時としては規模の大きな教育機関で、文武両道の教育が行われました。現在も江戸時代の校舎の一部が現存しており、歴史的価値が高い場所です。
「偕楽園(かいらくえん)」は、1842年に徳川斉昭が造営した庭園で、金沢の兼六園・岡山の後楽園とともに日本三名園の一つに数えられます。
「偕楽園」という名前には、「領民とともに楽しむ場にしたい」という斉昭の想いが込められています。特に梅の名所として有名で、春には多くの観光客が訪れます。
記事をご覧いただきありがとうございます。茨城県やその他の都道府県情報、次回のネタのヒント等があれば教えていただけるとうれしく思います。今後とも、Show Channel Hiroshimaをよろしくお願いいたします。