盲導犬サリーとオリバー

「使役犬」と呼ばれる犬たちがいます。人間のために働く犬のことを「使役犬」と言いますが、人間と犬の歴史は、この使役犬から始まったと言えます。
最初は狩猟犬から。人間は犬を狩猟のためのパートナーとし、犬は人間から食事をもらっていました。この関係性ですね。

・盲導犬 ・聴導犬 ・介助犬 ・警察犬 ・災害救助犬 ・麻薬探知犬 ・牧畜犬 ・牧羊犬 ・猟犬 ・セラピードッグ ・ファシリティドッグ

最後のふたつは、病院でのふれあいを通した心のケアを担っているという面では同じですが、「セラピードッグ」は各地の施設を訪問するのに対して、「ファシリティドッグ」はひとつの施設に常駐しています。

こうした犬たちは、高度な訓練を受け、さまざまな現場で働いています。
なかでも、私たちが日常生活の中で見かけることも多いのが、盲導犬。今日は、私が聞いた、その盲導犬のお話です。

盲導犬サリー

サリーは、とても賢い犬でした。
盲導犬としての訓練も優秀な成績で終え、ユーザーさん（飼い主さん）の元へ預けられました。

晴れた日も、雨の日も、ときには台風などの悪天候の日も、ユーザーさんの目となって日々歩き続けました。

盲導犬が課されることのひとつに「ユーザーに逆らわない」ということがあります。賢いサリーも、もちろん、一度もユーザーさんに逆らうことはありませんでした。
機嫌の悪い日など、たとえ厳しいことを言われようとも、きつい態度をとられようとも、素直に、逆らわず、言われるがままに従い続けていました。

盲導犬は、自分の欲求をたくさん抑えて、ユーザーさんに仕え続けるようしつけられているため、とてもストレスが多く、肉体的限界に達するのが普通の犬よりもはるかに早く、寿命も短いと言われています。

およそ８年が経過した、ある日のこと、サリーの引退の日がやってきました。

ユーザーさんに連れられてやって来たのは、引退後の盲導犬たちが余生を過ごす施設でした。
そこで、ユーザーさんは、サリーに語りかけました。

「今まで長い間、わたしの目になってくれてありがとう。本当に苦労をかけましたね。本当にお疲れ様でした。今日からはここで、ゆっくりと余生をおくってくださいね。ありがとう。本当にありがとうね」

ユーザーさんが訪れた、その施設は、引退した盲導犬たちが何不自由なく暮らせる場所でした。
長年サリーにストレスをかけ続けたユーザーさんが、これからはストレスを感じずに幸せに暮らして欲しいと、そんな思いから時間をかけて、しっかりと選んだ場所でした。

「サリー、もうこれからはわたしの面倒を見なくていいんだよ。好きなことして暮らしていいんだよ。これまで、本当にありがとうね。さぁ、行きなさい、サリー。みんなのところへ行って！」

別れの悲しさをこらえて、サリーを促しました。
楽しく幸せな余生をおくってねと、そんな願いを込めて促しました。
何度も、何度も、何度も、懸命に伝えても、サリーは、一歩たりとも動きませんでした。
これまで通り、ユーザーさんの目となって、ユーザーさんを守るため、そばを一歩も離れようとしませんでした。

これまでに一度も、ユーザーさんに逆らったことのなかったサリー。それは、生まれて初めて、ユーザーさんに逆らった瞬間でした。

盲導犬オリバー

盲導犬の育成に関わるボランティアに「パピーウォーカー」という方たちがいます。
盲導犬候補の子犬を約10ヵ月間、家族の一員として迎え、たくさんの愛情をふりそそいで、子犬を育てていきます。

この時期、子犬の「社会化」は重要なポイントになります。
電車や車の音、雨や雪、人混みなど、人間社会でさまざまな経験をするために、いろいろな場所に一緒に出かけ、人間と共に生活する喜びを経験します。
家族と共にさまざまな経験や出会いをするなかで、社会や家庭の中で暮らすためのルールを学んでいきます。
その過程で、人間に対する親しみと信頼感が育まれ、将来のユーザーさんとの暮らしがスムーズにおくれるようになるわけです。

オリバーもまた、サリーと同様、引退の日を迎えました。

オリバーがサリーと違ったのは、引退後に訪れた場所。それは、かつてオリバーを育てた「パピーウォーカー」のお宅でした。

本来は、老犬ホームや老犬ボランティアのもとで余生を過ごすケースが多いのですが、オリバーは約11年ぶりに、かつての家族の元へ帰ることになりました。
家族は「ちゃんと覚えていてくれてるかな？」「11年だもんねぇ」と、そんな会話を交わしながら、オリバーの到着を待っていました。

その頃、車で家族の元へ向かっていたオリバー。家に近づいてくるにつれ、だんだん見慣れた懐かしい風景になってきたせいか、ちょっと落ち着かなくなってきました。
「もうまもなく着きます」そんな連絡を受けて、家族が玄関に出てきました。
到着して少し離れたところで車を止めて降りてきたオリバー。一目散に家族の元へ走っていきました。

家に向かい入れ、昔遊んでいた手袋を取り出してみたら、子犬のときと同じように、遊び始めました。
かつての家族の前で、まるで子犬のようにはしゃぐオリバー。「また帰ってこれてよかったね」そんな思いがうかぶ、かわいいかわいい姿でした。