パラレルライン「2」
ぼくたちはバーカウンターの高い椅子に座っていた。
ウイスキーグラスの氷は半分解けたところで、彼女はグラスの氷を人差し指で転がしながらその中を見ている。丸く滑らかな氷は白熱灯に反射していた。
「なにしてるの?」ぼくは聞いた。
「光の反射を見ているのよ」
「光の反射?」
「そう」彼女は一言つぶやく。
「白熱灯の光が氷に反射するでしょ? 氷の表面を指で変えればまた新しい光が反射する。同じ氷なのに光が入り込む場所で違った表情を見せるのは面白いと思わない?」
「よくわからないな。そんなこと考えたこともないよ」
彼女はぼくの顔をのぞき込む。
「氷の変化とか見ないの?」
「意識したこともないよ」
彼女はウイスキーを少しだけ口に含む。
「例えば、あの白熱灯が星だとするでしょ?」
ぼくは白熱灯を見てうなずく。
「氷は地球だとして、わたしが指で氷を回すとウイスキーに浮かんだ氷が回転するでしょ? そうすると回転して反射する。それは朝の訪れって思うと神様になった気分で面白いと思わない?」
ぼくは苦笑いをする。彼女とは顔見知りだったが、初めて話したのはつい数時間前のことで、彼女の趣味や思考も知らない。半ば話しを聞きながらウイスキーを口にしていただけだった。
「神様ね……」
「そう。神様」彼女は言う。
「白熱灯と氷の距離は一万光年。あの光は一万年かけて偶然にも、ここまでやってくるの」
「そしてきみの匙加減で、氷はインチキな自転をして新しい朝を迎えるわけだ」
彼女は眉を寄せて「トゲのある言い方ね」と言って笑った。
「じゃあ、神様になった気分で、今度は星を創造してみるのよ」
「星を?」
「瞳を閉じて、頭の中に宇宙を敷き詰めるイメージをするの」
ぼくは言われた通りにする。
「この時期だから空には春の大三角や、からす座やコップ座が見えるわよ」
「そんな名前の星座聞いたことないよ」
「あら、有名な星座よ」
「それに星の場所なんて詳しくもないし、ぼくの頭の中は真っ暗だよ」
「その方が好都合だわ。微粒子一つ一つを感じて、自分だけの、ここにしかない星をイメージするの」
「ぼくだけの星を?」
「そうよ。わたしだけの星」
瞳を閉じると瞼の裏に白い砂塵が逆巻き始める。それが彼女の言葉を認識する度に、ぼくの瞼を自由に通過して行く微粒子だと感じる、それは一気に弾け飛び、どんよりとした宇宙ができた。水中の奥深くから見上げた水面のように重く、見えるはずのからす座やコップ座は重い空の影響なのだろうか、確認することはできない。それでも、うすやみの空に、やわらかな光を放つ星がある。決して輝いているとは思えない星を、一つ、また一つと頭蓋の内側に投影すると、世界は少しだけぼくに近づき、鮮やかな輝きを放っていることに気付く。そっと瞳を開けると微笑みかけてきた。静かな空間の中で、彼女の人差し指はグラスに入った小さな地球をゆっくりと回転させていた。