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あらかじめ決められた恋人たちへ『6"』

第3章「別れ・再生・目覚めの日とシリアルストリーム」


第1章、第2章はここから

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「目、覚めた?」
 ベッドの上で横たわっていた僕に『穴貸し』は訊ねた。
「悪い夢を見ていたよ、君がいなくなる夢だ」
「もしも、いなくなったとしたら、それは必然的なことよ」
「冷たいな君は」
「そんなことないわ」
「映画を借りてきたの。一緒に観ましょうよ」
『穴貸し』が好きな映画はリヴィングストンの数少ない小説で唯一、映像化されたSF作品『惑星は銀河の夢を見る』だった。

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「ねえ、ラーク。ジェイルスは今頃宇宙のどの辺りなのかしら?」
「いつだって近くにあるのさ、君が僕のすぐ隣りにいるように、可測宇宙はいつだって僕らの近くに存在してるんだ」

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 銀河がオルガスムを感じているということは、生命が育まれている証でもある。
 そして、銀河以外に生命は存在しない。
 そして一番大事なのは、銀河以外に時間は存在しないということだ。
 
 これを説明するのはなかなか難しい。アンドロメダ、ボーデにマゼラン、宇宙には様々な銀河系が存在する。そこにはもちろん時間が存在する。
 しかし、それ以外の空間、宇宙の端とここでは記しておこう。この場所を境に時間という概念は消える。
 
 おかしなことだと思うだろ? 
 
 でもそれは確かなことだ。では巨大なレンズで宇宙を観測したとしよう。 
 数億光年先に銀河を観測する。さらに数億光年。さらに数億光年先にも銀河がある。観測出来るということは、そこには距離がある。そして距離があるということは、時間が存在する。矛盾していると思うだろうが、違う。
 銀河が本当に観測した位置にあるのかということだ。
 分かるかい? 観測していると思っている銀河は、僕たちが暮らす銀河の重なりあった別の宇宙なんだ。
 
 宇宙は謎で広大でなければいけないと人間は勝手に思い込んでいる。したがってそこには観測する距離が生まれる。距離が生まれるということは、分かるね。
 実はあっちの銀河もこっちの銀河も僕たちが暮らす銀河なんだ。
 少しずつ理解すればいい。
 
 合わせ鏡がある。数枚の鏡を合わせると鏡の中に鏡が映り、その鏡の中にまた別の鏡が映る。これが宇宙、銀河の正体だ。
 
 僕は今この場所にいて、何億枚先にある鏡の中の僕を観測しているということだ。ただ一つだけ、鏡の中の鏡は外にある鏡とは本質的に別の鏡だということだ。
 話しを少しだけ戻そう。宇宙の端についてだ。
 この場所から時間がないのは先にも記した通りだ。
 鏡をもう一度例に出そう。一枚の鏡を想像してくれ。
 たとえば、縦150センチ横30センチほどの姿見でもいい。鏡に映る世界はもちろん宇宙そのものだ。正面から見たら僕と木製のあまり本が揃っていない本棚が映ってる。では背伸びをして上から鏡を眺めるとしよう。そうすると今度は本で散らばったコンクリートの床が良く見えるだろう。
 宇宙とは観測の方法によって姿が変わることが分かる。ただこの鏡には端がある。
 これが境だ。
 
 ではこれを合わせ鏡で観測したとき、鏡の外側にも世界が広がっている。
 この場所が所謂、僕たちが地球から宇宙を観測した時に距離と錯覚している場所なんだ。この場所には距離という概念なんてない。
 つまりは時間もないということだ。
 そしてこの場所こそ、意識の世界。
 人間はその場所を死後の世界や夢の中なんて呼ぶ。

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『21』は第一章を宇宙。
 第二章は三編に分かれた短編小説。
 そして最終章は人生について記されている。

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僕の父はどうしようもない薬物中毒でね。子どもの頃何度も何度も殴られたことを覚えてるよ。母と二つ年上の姉と一緒に夜中肩を寄せ合いながら父親が帰って来ないことを神に祈ってた。
「マミー、今日もダーディ帰って来なければいいね」
 そう言うと母は僕に言うんだ。
「そんなこと言わないの」
 ってね。笑ってしまうだろ。自分も殴られるのにね。
 大戦が終わる直前に僕は産まれた。いろんな意味を込めてホープと名付けられた。でもこんな世界に希望なんてなかったよ。毎日理不尽に殴られる。何がいけないのか分からなかったし、この国の所為なのかって思ったりもしたよ。
 父は16歳の時に死んだ。神に祈ったからかな? 救われた気がしたよ。 
 初めてアメリカに渡ったのが18歳の時だった。ダレス国際空港に到着したとき、なんだか嬉しくてね。
「グッドモーニングアメリカ!」
 なんて叫んだ。
 でも所詮はどこも一緒だったさ。
 人間はどこまでも人間でしかないと理解した。67年にデビュー作『風に吹かれて』を発表した。ボブ・ディランの楽曲からタイトルにしたのは周知の通りだよ。
 内容は買って読んでくれ。
 夏の、馬鹿に熱い季節だったよ。
 夢の中で父は僕を殴るんだ。
 殴って殴って、僕が死ぬまで殴る。
 60年代の後半の夏は死んだ父に死ぬまで毎日夢の中で殴られた。

 母と姉は躰を売って生活費を稼いでいたね。
 僕も一緒さ、その筋の男性に売ったよ。
 少年は高く売れたんだ。

『21』は僕にとって最後の作品になるだろう。
 なぜタイトルを『21』にしたのか、それはこの世の全ての半分でも僕は理解できたのか? という忌ましめみたいなもんだ。


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