「お見舞い」もさまざま
ある日。
お見舞いに来てくれた人はマスクをしていた。「風邪ですか?」と聞くと、「昨日ニンニク食べたけん」と言った。ニンニクの匂いを気にしてマスクをしているらしかった。
「ニンニクでマスクしたら、いよいよ匂いがこもりませんか?」と言うと、「そうかなぁ。でもしないよりマシじゃない?匂いで迷惑かけたらいかんなぁと思ってさぁ。これでも気ぃ使っとぉとよぉ」なんて言うので、可笑しくて2人で笑いながらいっときニンニクとマスクの話をした。
別の日。
療法士さんから車椅子を押してもらいながらリハビリ室から病室に戻っている時だった。
リハビリ室のある1階から病室のあるフロア(何階だったか忘れてしまった)までエレベーターで昇り、エレベーターのドアが開くと、目の前のナースステーションにどうやら私を訪ねてきたらしい人の後ろ姿があった。
「私を訪ねてきたらしい」というのは、その人が私の名前を看護師さんに言っていたのでわかったのだが、私もその後ろ姿の雰囲気で誰かがわかり、「〇〇さん?」と声をかけた。
その人が私の方に振り向くとやはり〇〇さんだった。
私が気づいたことで、その人が私の見舞客ということがわかり、ナースステーションで対応していた人たちも安堵していた。
「そんなに訳の分からないことでも言っていたのかな?」と内心思ったが、それは当然だった。
だってその人に私は倒れたこともなんにも伝えていなかったからだ。
その人はどこかしらからか得た情報でここまで来てくれたのだ。
私がなぜ入院しているのかも何もわからないのだから、ナースステーションでも訳の分からない説明でしか尋ねられなかっただろう。
予想外の訪問者に私は驚いた。
私は療法士さんに車椅子で押されながら、病室へ案内した。車椅子で押される私の隣をその人は歩いて一緒に病室へ向かった。
病室へ着き、ベッドに乗り移り、その人はベッド脇の椅子に座った。
「びっくりしたよ」と言って話し始めた。
私が倒れて入院していることをどうやって知ったのかを聞くことからお喋りが始まり、「ナースステーションで不審者と思われた」なんて真顔で言い、「頭の手術をしたのかと思ったから」と言って水色のような薄い群青色のようなそんな色のベレー帽をくれた。
「手術してないからこのベレー帽は被りませんけど、ありがたく頂戴致します」なんて言って2人で笑った。
分からないなりに得た情報だけでわざわざここまで来てくれたのかと思うとその人の優しさがとても嬉しかった。
ほかにも、リラックマ好きの私にリラックマのぬいぐるみを買ってきてくれた人や、綺麗なお花を持ってきてくれた人、そんなお見舞いに来てくれた人たちの優しさに触れさせていただいた。
例外的にこんなこともあった。
ある日、親戚の叔母がお見舞いに来てくれた。
2人で喋っていたのだが、喋るといっても叔母は一方的に喋っていたので、私は「うんうん」と頷いて聞くことに徹していた。
内容についてはあまり覚えてはいないがほとんど愚痴だった。
とりあえず私は「うんうん」と頷いて聞いていた。
「こうでね、あぁでね、・・・」と話し続ける叔母。
「うんうん」と聞くだけの私。
「こうでね、あぁでね、・・・」
「うんうん」
「こうでね、あぁでね、・・・」
「うんうん」
「こうでね、あぁなのよ。あらもうこんな時間。じゃあね」
「うんうん・・・え」
ひとしきり話し終わると、「じゃあね」と言って叔母は帰っていった。
愚痴をある程度吐き出してスッキリしたのだろう。
「(お見舞いに来てくれたのはわかってるけど)何しに来たんだろう」と思って私はポカーンとしていた。
しばらくして、別の日、これと全く同じことをしに来た人がいた。
その叔母の娘だ。
要は私の従姉だ。
従姉もひとしきり愚痴を言っていた。
私は「うんうん」と聞いているだけだ。
「こうでね、あぁでね、・・・」
「うんうん」
「こうでね、あぁでね、・・・」
「うんうん」
「こうでね、あぁでね、・・・」
そして話の前後は覚えてはいないが、「あなたの代わりなんていくらでもいるのよ」とその従姉は言った。
「(言葉を発する気力も体力もないので)・・・はぁ」と声になったかもわからない返事にもならないような返事をするしかない私。
人の神経を逆撫でするようなことをしかも病人に向かって言えるその神経に驚いた。
喋る気力体力がない私はその発言に何か言う気などあるわけもなく、ただとりあえず聞いていた。
今になってこの時のことを良い方に捉えるとするなら、「代わりはいるのだから心配せずに今はゆっくり休みなさい」という意味だったのかもしれないが、その従姉の性格を考えるとそれはない。
とりあえずその従姉はそんなことを言って帰っていった。
「(お見舞いに来てくれたのはわかってるけど)何しに来たんだろう」と思って私はポカーンとしていた。
親子して病人のもとを訪ね、「お見舞い」という名のもとに愚痴をひとしきり吐き出して帰っていった。
親子して行動が似すぎていてそれがなんだかおもしろかった。
別の日にそれぞれ来てその行動がほぼ同じ。
なかなかおもしろかった。
そんな感じで、少しずつ喋ることも出来るようになってきて、食欲も出てきた頃だっただろうか。
隣のベッドの女性と話すようになった。
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