不健康自慢の楽しみ〜からだ手帖 5月〜
先日、15年ぶりに、大学の時の友達に会った。皆、現役の理学療法士(PT)である。
待ち合わせ場所で出会ってすぐ喋る喋る。飼ってる猫、職場、親のこと。行きの車の中でも、ずっと喋っていた。
街中を抜け、山に入ってすぐ曲がって細い道を車で上がっていくと、その場所はあった。
車を降りて階段を上がると、淡い色の花が咲いた、薔薇のアーチ。それをくぐってさらにいくと、お菓子のお家?みたいな可愛らしい建物と濃い緑のガーデンテラスがあった。
びゅーびゅーに風が吹く中、もう1人の友達はマスクをつけて席についていた。はっ、とみると、友達皆マスクをつけている。周囲の家族連れやカップルらしき人々は、全くマスクをつけておらず、ウチらホンマにPTやなー(職場は皆マスク装着、病気を職員や患者さんにうつさない心掛け)、真面目❤️としみじみ思った。
卒業アルバムを広げて、これ〇〇さんちゃうー?若いなー、とキャッキャしつつ、△先生亡くなったねーなど、亡くなった人の話がまざってくる。さすがアラフィフ。
ウチら不健康自慢ばっかしてるなぁ。
1人の友達の言葉に、ハッとした。
メニューが遠くに離さないと見えない話あたりから、膝が痛い、破行がでてるわ、生理まだきてる?、腰痛がねーと、普段家族や同じ職場の同僚には話してないことが、わらわらと出てきた。それが、20代のころ、病院の外来物療にいた、病気自慢しまくりな患者さん達と、同じことしてるやん!と気づいたのだ。
私はこんなとこ痛い、いやワシも腰が5年ほど、とか、そればっかやな。何が楽しい?と辟易していたのに。
楽しいね。不健康自慢。
皆で笑って、さらに、今時のPT学生は‥とか、「今時の若い人のことはよくわからん」話もした。
夜遅くに、家に帰ると、家族はいるのに、何だか寂しい気持ちがした。
友達と、こんなに話したかったんだな、と思い涙が滲む。
月経の終わり?と眉をひそめ、膝があかんねん、歩き方にでるよね。PTの職業病。人の見ちゃうよねーと笑って言い合えるところ。
欲しかったんだなー意外に。
家族、友達、職場、自分の親。
それぞれの繋がりの中でしか、共有できない思いはある。そして、それはハタから見ればつまらないものだろうが、本人達にはここでしか話せない、楽しみなんだね。
思春期の喋りが年齢とともに変化しただけなのかもしれない。
不健康自慢、またしようね。
帰ってから、LINEでそんなメッセージがきていた。あちこち傷んできても、きっとそれが、長生きの秘訣だろうな、と、ニヤニヤしながら❤️のスタンプを送った。