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「コブラ効果」という落とし穴

 コブラ効果とは、ある問題を解決しようとして、かえって問題を悪化させてしまうことを言う。

 この名前はイギリス統治時代のインドでの出来事にちなんでいる。
 イギリスの行政官が、デリーのコブラが猛威を振るっていることに頭を悩ませ、コブラを捕獲して殺し、死んだコブラを持ってきた者に懸賞金を与えようという施策を始めた。これで一件落着すると行政官は安易に考えていた。

 ところが、この取り組みはうまくいかず、コブラの数はまったく減らなかったという。その理由は、デリー市民のなかに、コブラを繁殖させて儲けようと考えた人たちがたくさんいて、行政府には突如、コブラの死骸が殺到し始めたのだ。思ったほどよい施策ではなかったということがわかり、懸賞金は撤回された。でもそのころには山ほどのコブラが繁殖されていた。繁殖した人たちは売れなくなったコブラを山に捨てたため、問題は解決するどころか、ますます事態が悪化してしまったのだ。これを「コブラ効果」という。
<字数:2915文字>

 歴史家マイケル・ヴァンによると、上記のコブラの事例は明確な記録が存在しないが、1902年にベトナムのハノイで発生したネズミの駆除の「意図せざる結果」の事件が歴史上存在するため、同様の効果を「コブラ効果」ではなく「ラット効果」と呼ぶべきだと主張している。

 当時、ペストの原因がネズミであることが分かり、ハノイ保健当局にとって街の大量のネズミが悩みの種だった。そして、ネズミの駆除をした人々に報奨金を出すやり方を進めた。駆除した「ネズミのしっぽ」を役所に持ち込むとお金と交換できる仕組みだったのだが、民衆は捕獲して駆除するぐらいなら、しっぽだけを切り落として、飼育してしまえば多くの報奨金を得られると考えた。結果、街にはしっぽのないネズミが大量に発生し、この作戦は失敗に終わった。

 同じコブラ効果でも、もっとさりげない例もある。組織心理学者でオーストラリアのイノベーション会社インベンティウムの創業者アマンサ・インバーは、残念な経験をした。インバーが率いる総勢15人の会社は、2014年にメルボルンの新しいオフィスに移転した。インバーは改装に約10万ドルをかけ、すばらしいオフィスを完成させた。仕切りを取り払った開放的な空間に、特注の長い木の机が2つ置かれ、天井まで届く4メートル近い窓から光が差し込み、壁には図象が描かれている。クライアントの目には、まさに理想のイノベーション会社に映った。完璧だった…はずだった。

 「一日が終わりに近づくと、いつも思いました。『今日は大した仕事をしなかったわ、メールを読んだり、ミーティングをしたり、同僚に仕事を中断されたりして一日が終わってしまった』って」とインバーは言う。そのうち、たいへんな仕事は夜間や週末に行うようになった。開放的な空間は対面の共同作業が行いやすいと思っていたのだが、むしろ逆効果だった。「会話がみんなに筒抜けだと、話そうという気にはならなくて」と彼女は言う。          
 またいざ会話が始まれば始まったで、ほかの全員が気を取られ、注意が散漫になり、仕事に深く集中できなかった。インバーは午前中はカフェで仕事をするようになり、部下にもそうする許可を与えた。その結果、最近ではせっかくの新しいオフィスに2、3人しかいないのがあたりまえになってしまったのだ。

 ハーバードの研究者イーサン・バーンスタインとスティーヴン・ターバンによる2018年の研究が、インバーの経験を裏づけている。この研究では、開放型のオフィスへの移転を予定していた、フォーチュン誌の企業番付に名を連ねる2社を調べた。それぞれの会社で志願者を募り、移転の前後に「ソシオメトリックバッジ」と呼ばれる行動センサーを装着してもらい、社内でどこに移動したか、誰とどのくらいの頻度で会話したかを計測した。これによって、開放空間について誰もがいちばん知りたい疑問、「対面のやりとりが促されるのか」に答えを出そうとした。
 答えは笑ってしまうほどはっきりしていた。どちらの会社でも、対面のやりとりは70%ほど減った。他方、メールとメッセージのやりとりは急増した。社員は会話しやすいように近くの席にすわらされると、かえって話さなくなったのだ。これもコブラ効果だ。

 一方ではこう考える。席が近くなれば、共同作業が増えるに決まってる。 そんなのは社会学の常識だ。その一方では、こう考える。いや待てよ、地下鉄や飛行機を見てみろ。ぎゅうぎゅうに混んでるときは、みんなヘッドフォンや本や露骨に嫌そうな顔で、必死にプライバシーを保とうとするじゃないか。

 インバーは開放型オフィスでの失敗を振り返って、近くのヴィクトリア州立図書館に社員を連れていって実験をすればよかった、と言っていた。この図書館には、共同作業のための開放空間から、一人になれる空間までのさまざまな環境がある。もしチームがこうした環境に実際に身を置き、生産性や心の状態にどんな変化が起こるかを調べていれば、その経験をもとにもっと働きやすいオフィスを設計できただろう。

 コブラ効果の事例は日本にもある。
 とある自治体がイノシシなどの害獣を駆除するために、イノシシを駆除した人に報酬を与えるようにした。A自治体ではイノシシの死骸の写真に応じて報酬を、B自治体ではイノシシの尻尾に対して報酬を支払うことに決めた。すると、ずる賢い一部の人たちは、同じイノシシを利用してAとBの両方の自治体から報酬を得ようとしたのだ。自治体は多くの費用をかけたのだが、結果的にだまし取られるような形になり、出費だけが増えてイノシシの数を減らすことはできなかったという。

 ボーイング社は、コスト削減と効率化を目的として737 MAXの設計と開発を急いだ。しかし、その過程で安全性よりもコスト削減が優先され、結果として機体の安定性を維持するための重要なソフトウェア(MCAS)に問題があるまま出荷された。この問題により、2018年と2019年に2件の致命的な墜落事故が発生し、346人が亡くなった。これによりボーイング社は巨額の損失を被り、信頼性が大きく揺らぐこととなった。

 Uberは、急速な成長を遂げる過程で、競争の激しい企業文化を構築した。特に2017年には、従業員に対する高い期待とプレッシャーが原因で、企業文化に問題があることが表面化した。従業員の不満やハラスメントの訴えが相次ぎ、多くの優秀な人材が離職する事態となった。これにより、Uberは企業イメージを改善し、従業員の満足度を向上させるための改革を余儀なくされた。

 コブラ効果はビジネスにおいて非常に重要な概念だ。意図せぬ結果を避けるためには、慎重な計画と実行、継続的なフィードバックと柔軟な対応が求められる。成功するビジネス戦略を構築するためには、短期的な目標だけでなく、長期的な視点と全体最適の考え方を持つことが不可欠だ。コブラ効果を防ぐためには何らかの政策を実行する前に結果についてよく考えることが大切だ。一部の結果だけでなく、そのことが及ぼす影響などを広い視野で考えることが必要なのだろう。


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合同会社Uluru(ウルル) 山田勝己
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