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一度は行ってみたい:不思議な島マダガスカル

 豊かな生物多様性は人類の生存の基盤だ。水や空気、衣食住の消費財、気候変動の緩和、環境汚染の浄化、文化や芸術までが、生物多様性が織りなす地球の生態系によって生み出されている。しかし、生物多様性は、地球上に均等に分布しているわけではなく、地球上の種の大部分は「メガダイバーシ
ティの国」と呼ばれる17の国に偏在しており、優先的にこれらの17カ国の自然を守ることが重要だとされている。その中でもマダガスカルは、国民の生活文化の発展を示す「人間開発指数」が国連189ヶ国中162位と低く、国民の多くが電気や水道、ガスなどのエネルギー供給を受けることなく困難な生活を送っている。また、すでに森林の8~9割が野焼き・伐採などにより消失しており、自然を守れというだけでは、人々が暮らしていくことはできない。
 
 しかしながら、世界に類を見ない独特の生物相を持つ不思議な島「マダガスカル」。巨大な幹を持ったバオバブや、棘に覆われたパキポディウムなどがつくり出す奇妙な景観と、カメレオンやレムール(キツネザルの仲間の原猿類)などのユニークな動物たちが織りなす世界は、まるで別の惑星に来たかのような錯覚すら覚えるほどだ。アフリカ大陸から東におよそ400キロ。マダガスカルはインド洋に位置する世界で4番目に大きな島だ。美じいバオバブやラン、カメレオン、見たこともない不思議な生き物の姿…。マダガスカルは、世界の生物多様性の宝庫として知られている。

 マダガスカルは、古代に存在した巨大大陸ゴンドワナ(アフリカ、南米、オーストラリア、インド、マダガスカル、アラビア半島、南極などが含まれた)の中心に位置した陸塊で、約1億6000万年前にアフリカ大陸と離れて以来、ほかの陸地と地続きになったことがない。これが、マダガスカルが「進化の実験室」と呼ばれる由来だ。マダガスカルの動植物種は、ほとんどが固有種(他地域で見られない)であり、遺伝的な独自性が高いことが特徴だ。そのため生物が独自の進化を遂げ、現在生息する生物の大半がマダガスカルでしか見られないものとなった。特にレムールは100種(絶滅種を含む)を超え、しかもすべてが固有種だ。

 そのレムールの中でもひときわ異彩を放っているのがアイアイだ。日本人には童謡「アイアイ アイアイ おさるさんだよ~♬」でなじみがあるが、その外見はサルにはまったく見えない。ネコほどの体にキツネのような太く長い尾を持ち、全身が黒い剛毛に覆われ、コウモリのような大きな耳と針金のように細く長い中指を持つ。世界に1科1属1種で、唯一マダガスカルにだけ生息する。実は、かつてこの地にはジャイアント・アイアイという大型種が生息していたが、1000年前には絶滅している。

 マダガスカルは、少なくとも5世紀ごろまでは完全な無人島で、まさに野生の楽園そのものだった。しかし、はるか離れた東南アジアから人類が遠洋航海で到達すると、彼らは焼き畑と稲作の技術で森を開墾して田畑をつくり、牛を飼い始めた。大半が乾燥帯であるマダガスカルでは、一旦破壊された森林は回復に長い時間がかかる。その結果、数億年にわたって育まれた楽園は壊滅的なダメージを受けた。人口増加が著しくなった近代にはさらに森林破壊が加速度的に進み、現在残された森林面積は国土のわずか8パーセントともいわれている。特に問題とされているのは野焼きだ。焼け跡の草地に牛を放牧し、草地の維持目的で数年おきにくり返し火をつけられて、延焼も招いている。

 2020年、マダガスカルのレムール類の96パーセントが絶滅危惧種に指定されたが、ほかの動植物も大半が同様の危機に瀕している。固有種ゆえに、ここでの絶滅はすなわち地球上からその種が永遠に失われることを意味する。
マダガスカルの北西部にあるアンジアマンギラーナは、アイアイや多くのレムールをはじめとするさまざまな固有動物の生息地であり、上野動物園にいるアイアイの故郷でもある。ここにはアイアイの主食でクルミのような実をつけるラミーの大木が多く、約144平方キロメートルが保護監視林に指定されて、日本アイアイ・ファンドの管理の下、村人たちが中心となって森を守っている。ラミーは苗から育てられ、果樹や延焼に強い樹種とともに植林される。森林減少は土地の乾燥化や水源枯渇という深刻な問題を引き起こしているため、森を守ることは動物ばかりではなく村人の生活にも強く関わっているのだ。

レムール

 植林をしていく一方で、違法な野焼きも依然としてやむことがない。村人による防火活動も行われているが、数年間の植林と育成にかけた苦労がたった数時間で消えてしまうこともある。しかし、地元でも水源林を守るという意識は高まっていて、野焼きの頻度は減りつつあり、森は少しずつだが回復に向かっている。

 日本人にとってマダガスカル共和国は遠い国のように思えるが、電池にも使われているニッケルやコバルトのような鉱物、バニラ・エビ・繊維類などの農産品は私たちの身近に存在している。その一方で、マダガスカルでは多くの国民が電気も水道もない日々の暮らしを送るために森林資源を使っている。私たちの暮らしは目に見えない遠い国の人々の暮らしによって支えられ、結果的にそのことが、地球上の生物多様性の喪失につながっているということを自覚しなければならない。
 

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合同会社Uluru(ウルル) 山田勝己
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