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掌編小説【今から俺は】

 三千円をポケットに突っ込んで家を出た。

 今日、俺は人生をかけた大一番にのぞむ。

 この勝負に勝てば、受験勉強に楽しみが生まれ、勝利に近づくことは間違いなしだ。

 俺は生まれも育ちも群馬県前橋市にも関わらず群馬が嫌いだ。

 群馬にしか住んだことがないのだから嫌いな理由は不明だが、交通が不便な所は本当に納得が行かない。

 田舎はどこでも同じなのだろうか? そんなの高校生の俺にはわからないが、親の車に乗り込み、意中の女の子との待ち合わせに送ってもらうところとかどうかしている。

 は、意中の女の子とか、先走って、言ってしまった。そう。俺には寝ても覚めても大好きな堀池サヤカという女性がいる。

 ヤンキー映画の「今日から俺は」ではないが、「今から俺は」、俺の愛しのサヤカに愛の告白に行く。

 しかし、「今から俺は」この言い方は映画になりそうだ。

 内容は、俺とサヤカが運命的に出会い、幾多の困難を乗り越え、最終的に結ばれハッピーエンドで終わる。大ヒット間違いなしだ。

 そんな妄想をしていると人ごみにでくわした。

「本日は皆さまお集まりいただきありがとうございます。タケオリアルと高崎シティバンドのコンサートにようこそ」

 見ると身長が百八十センチ以上あろうかという男がキーボードでアニメのルパン三世のテーマ曲を演奏し、客席を楽しませていた。

 俺はサヤカを大泥棒から永遠に守り続けると武者震いをした。

 女性はプレゼントに弱いということは常識なので、鈴木ストアで猫のぬいぐるみを買った。サヤカの嬉しそうな顔が頭に浮かび幸せだった。

 サヤカと待ち合わせのモモヤの前にはパラソルが立ち並んでいた。その面前には「なか又」と「つじ半」が立ち並び人だかりができていた。

俺は気を引き締めた。今から俺は、人気店のモモヤで人生をかけた勝負をする。

まだサヤカが店に居ないことに安堵した。

女性を待たせない。これが俺のポリシーだ。

店内には多くのサインがあった。サインの為、誰のものか判別はできないが、「今日から俺は」に出演した人気俳優のものであろう。

 メニューを見つめた。千円以内で食べることができる良心的な価格である。これならば、サヤカにごちそうができる。

 メニューから顔を上げるとサヤカが立っていた。

 今日のサヤカの私服はスカイブルーのワンピースだった。ワンピースということは何かの雑誌で読んだが相手を意識している印だ。つまり、俺を意識しているのだ。

 告白は成功、間違いなしだ。

 家で何度も練習し、妄想した場面が今にも飛び出しそうになる。

「堀池さん、付き合ってください」

「こちらこそよろしくお願いします」

 シュミレーションは完璧だ。俺は高笑いしそうになった。

「久しぶり。元気? 突然、呼び出してごめん」

 俺は強気なことを言っているが、全くモテない。告白は、通例、失敗に終わる。

 だから、意中のサヤカと向き合い急にシュンとなってしまった。

「どうしたの? 呼び出しなんて」

「いやー、ここいらではっきりさせておきたいことがあって」

 俺は告白のタイミングを伺った。

 サヤカが食べる所作を見るたび、こんな風にランチをしたりする時間を過ごせたらと思う。間違いなく受験勉強のエネルギー源になるはずだ。

 俺は心を落ち着かせ、深呼吸をした。

 まずは猫のぬいぐるみを渡しジャブを打ったが、照れているのか反応が読みにくかった。

 突如として、玉砕という言葉が頭を過った。顔から火が出るほど恥ずかしくなった。でも、今という時は今しかない、玉砕なら、玉砕で仕方がないと一歩を踏み出すことにした。

「図書館で勉強している堀池さんを見て一緒に勉強したいなと思った。どうしてなんだろうね。勉強している堀池さんを見ていると気持ちが揺れて仕方ない」

 俺は水滴がつくグラスの水を飲み干し、再度サヤカを見つめた。

「だから付き合ってほしい。一緒に受験を乗り切りたい」

「モモヤで告白してくれてありがとう」

 モモヤに何かあるのか? と俺は首を傾げた。

「モモヤは母が中学卒業時に初めて彼氏とデートしたお店なの。だから、私、あなたに運命を感じたわ。了解。お互い合格目指そう」

 今から俺はサヤカの彼氏になった。


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