【掌編小説】赤頭巾ちゃん気をつけて
赤頭巾ちゃん気をつけて
神宮 みかん
今日はライオンさんからヒツジさんにボーリング玉が届けられる約束になっていた。
ヒツジさんは夜には届くだろうと思っていた。でも、まだ届かない。
一体全体どうしてだろう? とヒツジさんは首を傾げた。
既に夕方六時を回っている。ヒツジさんは今一度、メールを確認し、日付、時間を確認した。やはり日付等は間違っていない。
ヒツジさんはカーテンを開けた。大雨である。
郵便配達員であるお馬さんも大雨で足止めなのかも知れない。ま、仕方ない、遅れているのだろう、もうじきくると思い直し、好物の新鮮な野菜が置かれている食卓についた。
夜八時を過ぎた。夕方よりも雨脚は強くなっていた。やはり今日は届かないのだろう、と思い、外門を閉めに玄関を出ようとした。
突然、電話が鳴った。オウムさんからだった。
「ヒツジさん。ヒツジさん。ボーリング玉が間違って届いている」
「え、間違って」
「間違って」
繰り返されるオウムさんの声を聞きながら鏡に映る自分を見つめ、ヒツジさんはこの雨の中で出掛けたら大変だ、明日になったら取りに行こう、と思った。
ただ、残念なことがあった。
明日は早朝ボーリング大会。ヒツジさんがいつもびりっけつのボーリング大会だ。明日も最下位の可能性が高い。でも、ライオンさんから頂いた届いたボーリング玉で一投でも投げたならライオンさんのエネルギーが宿りストライクになるかもしれない。
え、あのヒツジさんがストライク、みんな驚くに違いない。その時、ヒツジさんは言うつもりである。
「恋人のライオンさんからもらったボーリング玉のおかけだよ」
みんなはストライクを通り越して驚嘆するだろう。
だって、ヒツジさんはイケメンだけれども、ライオンさんが恋人だなんて予想不可能だ。
きっと、え? お前があの勇ましいライオンさんの恋人、あの誰にも負けない力と美しさを兼ね備えた凛としたあの素敵なライオンの姫が恋人、信じられないと弱いヒツジさんを見直すだろう。
また、ライオンさんもヒツジさんがライオンさんのボールでストライクを取りそのナイスな写真をライオンさんに送れば喜んでくれ、頑張ったね、頑張ったね、と更に可愛がってくれるだろう。
ヒツジさんは玄関を開け、とぼとぼ雨の中を歩き始めた。雨に濡れながらも、なんとかオウムさんの家にたどり着いた。
オウムさんは言った。
「気をつけてね。気をつけてね」
ヒツジさんは重いボーリングを抱えて必死に自宅へ歩き始めた。運悪く雨の中にオオカミさんが見えた。ヒツジさんの足は襲われる、と震えた。
ただ、もう道を引き返す猶予はない。逃げ切ることはできっこない。
仕方ない、愛しているよ、ライオンさん、と死を覚悟した。でも、仮にオオカミさんに無残な殺され方をしようとも、ライオンさんが敵を取ってくれる、と思った。
相対するオオカミさんの隣に赤ずきんを被った少女が見えた。
助かった、赤ずきんちゃんだ、オオカミさんのお中に石を入れ飼いならしているはずだ、命拾いした、とヒツジさんは思った。
赤ずきんちゃんは笑顔を浮かべオオカミさんに言った。
「殺しなさい」
「もうできません。もうできません」
「どうして。あの時、お前は私を殺そうとしたじゃない」
「あの時は本当にお腹が空いていたんです。反省しています」
「反省だけならだれでもできるの。早く」
「はい」
オオカミさんはか細い声で言った。
刹那、風が吹いた。ライオンさんがヒツジさんを首にのせていたのだ。
ライオンさんは恋人のヒツジさんに言った。
「赤ずきんちゃんには気をつけて」
ヒツジさんは土砂降りの中、ライオンさんの首をきつく握った。
翌日のことだった。風とともに食いちぎられた赤ずきんちゃんの首はライオンさんの巣の中でハエにたかられていた。
ヒツジさんはその骨を見ながら、強さってなんだろう、と思った。
参照図書
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』