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メリークリスマス イン すき家
メリークリスマス イン すき家
神宮 みかん
こざっぱりとした店内。バリアフリーの階段。貼られているポスター。壁のメニュー。Uの字のカウンター。いす席の調度品。
マニュアルに乗っ取った商売。割安を売りにした画一的な料理。決まり切った自由の利かない接客。
そこに発想なんて存在しない。ロボットに取って代わられるのも間もないであろう。
異なるとすれば、 #すき家 ラジオから流れ出るDJの声だろう。
ところで、牛丼チェーンでクリスマスディナーを楽しむ人がいることを知っているのだろうか?
いる、と答え、孤独なお客さんであるクリぼっちと答える人はいるだろう。
だが、事実は異なる。高齢者からカップルまで多くの人がやってきて素敵な夜を過ごしていく。
この事実を知らないとすれば、あなたは金銭的に恵まれているのだろう。
三十歳になった今だから話せるが、僕はすき家で十六歳からバイトをしていた。
働いても、働いても決して暮らしはよくならなかった。夢を追っているのだから仕方がないことなのだろうけど……。
僕はすき家でオーダーミスをして買い取らざるをえなくなった社員価格の一律二百円引きのバイト終わりの牛丼が大好きだった。腹一杯食べられる。それだけで嬉しかった。
メジャーデビューが決定した朝、お客さんとして初めてすき家へ行った。
二百八十円の卵かけご飯を注文した。黄色いパッケージに卵が中央部に描かれている調味料をかけながらむしゃむしゃ食べた。食べるにつれて僕の頬を涙が流れた。
成功を噛み締めたからだろうか。いや違う。きっと、こんな思いで明けない夜を過ごしている全ての人を想像してしまったからだろう。
あの頃のことを思い出しながらメニューを眺め、ボタンを押した。
すき家ラジオはクリスマスイブに相応しい曲を選曲する。
タブレットを片手に注文を取る女性は、クリスマスも働くのか、と嫌気がさしている様子だった。
「牛丼の並。一つ。つゆだくでお願いします」
僕はあのクリスマスを思い出した。
なぜ、全てを捨ててまでミュージシャンになりたかったのか? なぜ、この夢を追い続けることができたのか?
その原点を探す時、僕は決まってすき家にくる。
バイトを始めて五年くらい連続で、クリスマスにライブが終わると深夜帯で朝六時まで働いた。
店長が言った。
「悪いんだけど、今年もクリスマスに働いてくれないか」
その年、僕はクリスマスのディナーショウの前座で演奏することになっていた。
「店長。俺、ホテルでクリスマスに夜ライブが入っちゃって」
と、誇らしげに言った。
店長は、良かったな、とほほ笑んだ。
その時、丁度すき家ラジオからは、彼女への思いが添えられたメッセージと一緒にバックナンバーの『クリスマスソング』が流れ始めた。
成功の一段先に歩み出せる恋人と迎える最高のクリスマスを予見できた。
僕は必死で本番の準備をした。
今まで経験をしたことのない大きな舞台に緊張というよりも手ごたえを感じていた。それくらい、僕の演奏が会場をわかせることができるという確信があった。
携帯が突如として鳴った。
恋人かな、と思ったが、電話の主は違った。電話の主は乾いた声で言った。
「今日はキャンセルで」
電話の主は僕よりメジャーなバンドが演奏することになった旨を告げ、切った。
自分の実力を勘違いしていた。名があることも芸術だと理解した瞬間だった。
その日、僕は僕を支えてきた恋人を含めた全てのものを捨て、退路を断った。
あれからどれだけ努力をしただろう。どれだけ頭を下げただろう。
去年、メジャーデビューできた。今日のクリスマス特番で、新曲、「クリスマスからの始まり」が発表されることになっている。
今、すき家ラジオでも、新曲がかかり始めた。
店内で懸命に働く女性の顔が少し元気になった気がした。
すき家で牛丼を食べる僕は、全部を捨てたあの日と同じように、牛丼を綺麗に食べあげた。
支えてくれた全てに感謝した。歌が好きだ。心からそう思った。
注
1.私小説です。真実を土台にした虚構です。
2.画像はインターネットからの転用です。
3.前回、褒めて頂いた作品の続編です。
4.素敵なクリスマスを過ごしましょう。