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慢性腰痛の理解と運動療法

こんにちは!!ライターの樋口です。
今回は慢性腰痛について書いて行きます。

慢性腰痛に対するマネジメントで重要なことは、痛みが長引いている原因を痛みの原因となるような腰に負担を掛けている問題(生物医学モデル)を探すことだけではなく、心理・社会的な問題を含めた生物心理社会モデルで捉えること(全人的マネジメント)が必要であることが近年示されています。

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今回は上記を実践する為に必要な、痛みが長引く原因を理解するための痛みの基礎知識、評価者の主観に頼らない信頼性・妥当性が検証された心理社会的問題の評価方法マネジメントの考え方、慢性腰痛に対して推奨されている運動療法について解説していきます。

慢性腰痛に対しての保存療法について、運動療法が推奨されています。しかし、腰痛のある方は「ヘルニアは治らないもの」「腰の保護が必要である」などの誤った信念があることが報告されていて、「運動を避ける」という回避行動が学習されている場合はそれを修正することは難しいとも言われています。セラピストは運動の種類や方法に重点を置きがちですが、慢性痛の運動療法の初歩では『どのように運動を行っていくか』が重要なポイントになると言われています。

Ⅰ.痛みの基礎知識

Ⅰ-1.痛みとは

発症から有症期間による定義 (4)

痛みと侵害受容は異なる現象であり、 感覚ニューロンの活動だけから痛みの存在を推測することはできないと言うことが重要な部分として明確に示されています。

Ⅰ-2.痛みの分類

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腰痛だけではなく3ヶ月以上継続する痛みを慢性痛とすることが定義されていますが、本質的には有症期間で判断されるものではありません。3ヶ月以上続く痛みの中でも、組織損傷や局所の安静が必要である場合の警告信号としての意義があるものも含まれています。

発症から有症期間による定義 (5)

急性腰痛のきっかけは組織損傷などの生物的要因であり、心理社会的要因は最小限です。 しかし、慢性化するにしたがい心理社会的要因の割合が大きくなってくるため、それらを無視することはできません。その痛みは組織の損傷などの生物医学的要因のみで引き起こされるのではなく、多くの社会心理的要因が痛みを増強させます。 よって、慢性化した腰痛に加え、急性腰痛の時点でも生物心理社会モデルをもとにした評価・介入を行い、慢性化を防ぐことが重要です。

発症から有症期間による定義 (9)


痛みの機序による分類

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器質的疼痛 
・侵害受容性疼痛:
炎症や組織損傷によって生じた発痛物質が末梢の侵害受   容器を刺激することによって生じる痛み。 
・神経障害性疼痛:神経系の一時的な損傷やその機能異常が原因となる、もしくはそれによって惹起される痛み。            

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ほとんどの痛みはこれらが絡み合った混合性の痛みであることが多いです。どの要素が強い痛みであるかは様々であり、下図のように異なります。

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Aさんは侵害受容性疼痛の要素が強く、Bさんは非器質的疼痛の要素が強いです。このように、抱えている問題の要素が患者ごとにことなっているため、どの問題に対してマネジメントするべきかは変わってきます。

Ⅰ–3.痛みの多面性

痛みは感覚だけでなく、情動や認知としての側面を有していて、痛みという情報は脳内の様々な部位で処理され、構築されることがわかっています。
痛みの多面性としては「感覚-識別」「意欲-情動」「認知-評価」といった3つの側面があります。

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「感覚」とは痛みの部位、強度、持続性など痛みの種類を識別した身体的な痛み感覚です。「情動」とは、怒り、恐怖、喜び、悲しみなど急速に引き起こされた一次的かつ急激な感情の変化のことで、痛みの「情動」とは、痛みにより生じる不快感そのものです。痛みはもはや情動そのものであるとする見方もあります。

痛みの「認知」とは,過去に経験した痛みの記憶、注意、予測などに関連して身体にとってその痛みの意義を分析、認識することです。したがって、注意を集中しているか、予測しているかによって、痛みの感じ方は変化します。慢性痛は、痛みの「情動」や「認知」的側面が色濃く表出するといえます。そして、これらの側面のうちどの面をより色濃く反映した痛みであるかは患者によって異なります。

Ⅰ−4.痛みの伝導路とペインマトリックス

痛みの中枢経路には外側系(感覚系)内側系(情動・認知系)の2種類があります。

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外側系:外側脊髄視床路~視床外側核群
脊髄Ⅰ・Ⅴ層のニューロンは視床を経て大脳皮質の体性感覚野(S1,S2)に至ります。この経路は主にAδ線維からの一次痛の伝達経路で、痛みの強度や局在の識別・知覚、つまり痛みの感覚的側面に関与しています。

内側系:内側脊髄視床路,脊髄網様体視床路~視床内側核群
脊髄Ⅵ~Ⅷ層のニューロンは延髄や脳幹でシナプスを形成しながら視床を経て、大脳の島皮質から前帯状回、前頭前野、扁桃体、海馬に至るとともに、視床下部にも作用します。この経路は主にC線維からの二次痛の伝達経路で、身体にとっての痛みの意味ならびに「情動」や「認知」の情報を伝達します。

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痛みの3つの側面とペインマトリックス

痛みの感覚-識別的側面に最も関与するのは一次ならびに二次体性感覚野(S1,S2)です、意欲-情動的側面に関与するのは扁桃体(AMYG)・島(insula)・前帯状回(ACC)、認知-評価的側面に関与するのは頭頂連合野(PAA)と前頭前野(PF)とされています。

Ⅰ−5.下行性疼痛抑制系

中脳中心灰白質 (periaqueductal gray mat–ter: PAG) から吻側延髄腹内側部(rostral ven- tromedial medulla RVM) を経由して脊髄後角へ下行性に伸びている線維が存在し、この系を「下行性疼痛抑制系」と呼びます。この賦活によって脊髄後角レベルで鎮痛作用がもたらされます。下行性疼痛抑制系の起始核である PAG は、扁桃体などの大脳辺縁系からの入力を受けているため、大脳辺縁系からの興奮性入力には下行性疼痛抑制系を作動させて痛みを抑制するという機能があります。 恐怖情動を司る扁桃体が痛みの抑制に関与しているという事実は矛盾するような気もしますが、あくまでも下行性疼痛抑制系とのネットワークが正常に機能していることが前提となります。 

発症から有症期間による定義 (8)


下行性疼痛抑制系は, 有酸素運動のような単純なエクササイズでも作動することが明らかになっており、有酸素運動が痛みの理学療法において推奨されることは脳科学的理解という視点からも納得が出来ます。これに加えて、PAGは前頭前野からの入力も受けており、認知プロセスによって下行性疼痛抑制系の機能を促進できます。例えば、痛みから注意をそらすと「前頭前野(pre frontal cortex: PFC) - 前部帯状皮質 (anterior cingulate)-PAG」 のシステムが活性化して、痛みが一時的に紛れるといったことも報告されています。

とは言え、慢性的に痛みに悩んでいる方は痛みから注意をそらすこと自体が難しいことが多く「痛みから注意をそらして運動してください」と言うような教示はむしろ痛みへの過剰な注意をもたらすことも報告されています。

Ⅰ−6.慢性痛と脳の変化(中枢性感作)

中性感作(central sensitization CS) は、中枢神経系(脳および脊髄)における痛覚過敏を誘発する神経信号の拡大と定義されます。 つまり、末梢からの感覚入力は伝導路を伝わって大脳まで伝導されますが、その伝導路である中枢神経系において刺激が増大され、 本来よりも増幅される状態を指します(反応性の増大)。CS の生理学的反応の一例として、痛みと感じない刺激でも短い時間で反復して刺激すると痛み刺激に変化する現象 (wind up現象) が 知られています。 また、 CSは刺激に対する反応性の増大だけでなく、 本来備わっている中枢からの疼痛抑制機構(下行性疼痛抑制系)の機能低下を引き起こし、痛覚過敏やアロディニアの誘発、うつ症状や睡眠障害などと関連します。

CSは中枢神経系のさまざまな機能低下を引き起こすことが報告されています。 非特異的腰痛患者において、帯状回や扁桃体といった疼痛関連領域の機能的変化や、体性感覚野の縮小などの構造的変化が生じます。

Ⅰ−7.腰痛に関連するFAモデルと破局的思考

痛みの基礎知識を解説して参りました。なぜ痛みが長引くのかを考える上で痛みの恐怖回避モデル(fear-avoidance model:FAモデル)を理解することは非常に重要です。

発症から有症期間による定義 (7)

この悪循環の中で、運動や身体活動によって痛みが生じたり増悪したりする経験は多くあり、「身体を動かすこと=恐い」と言う認識を持ちやすく、痛みそのものよりも身体を動かすことへの恐怖(運動恐怖:kinesiophobia)を抱く慢性痛患者は多いです。

また、腰痛の転帰に最も影響するのは、否定的な感情を含む心理・社会的要因であるとも言われています。重要な心理的要因としては、不安、抑うつ、身体化(somatization)、恐怖回避思考(fear-avoidance beliefs: FAB)などが挙げられます。

これらの要因の中でも、特にプライマリケアにおける初期段階での心理的介入(患者説明)としてFABへの配慮が重要視されています。FAB とは、痛みに対する不安や恐怖感、自身の腰痛、その他の筋骨格系疼痛に対するネガティブなイメージから、過度に大事をとる意識や思考・行動のことです。言い換えれば、腰痛を恐れて予防としても治療としても重要な運動習慣を回避してしまうことにつながる逃避的な認知過程であり、特に『腰痛発症後の最も重要な予後規定因子』です。

Ⅱ.マネジメントの概念と層化

Ⅱ–1.マネジメントの概念と目標

ここからは『腰部へかかる負担に関わる問題』『心理社会的な問題』を両輪とした包括的なマネジメントについて解説していきます。

発症から有症期間による定義 (2)

松平は、非特異的腰痛を運動器と脳機能の不具合(disfunction)が共存した状態と捉えています。身体的負荷(メカニカル・ストレス)が前者を心理・社会的ストレスが後者のdysfunction を主にもたらす。脳dysfunc- tionの反応・結果として抑うつおよび身体化が生じる難治化した症例では、抑うつや身体化が更なるストレッサーとなり悪循環化した脳dysfunctionの状態にあると捉えます。FAB や破局的思考に伴う不活動の状態でもあり、筋肉や組織の硬直化(spasm)をもたらし運動器 dysfunction も生じやすくなります。

発症から有症期間による定義 (28)


脳dysfunction に伴う痛みの訴えは、中枢機能障害性疼痛とも呼ばれ。これに近い包括的概念として CWPおよびFSS があり、線維筋痛症はその象徴的疾患と言えますが、疼痛誘発のメカニズムに関し『中脳辺縁系 dopamine system の異常とそれに伴う自律神経系アンバランスを介した血管や筋の spasm に伴う筋骨格系疼痛』と解釈すると理解しやすく、患者への説明もしやすくなります。

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恐怖心や不安感の強い患者さんに対しては、患者自身が納得できる段階をふんでいく事が大切であり、段階を追った成功体験を築き上げていくことで患者は徐々に自信を獲得し、自分で乗り越えていけたという自己効力感の獲得へとつながっていきます。 

それと同時に腰痛の正しい知識をもち合わせることで、歪んだ認知・破局的思考恐怖回避行動からの脱却、再び腰痛が生じた際にそれらに陥ってしまう可能性を阻止することができます。

Ⅱ–2.それぞれのdisfunctionの見極め方と患者説明

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動作・姿勢に依存する疼痛が一貫性を持って誘発される場合に運動器 dysfunctionがあると判断します。軽微な動作で強い痛みを訴える痛覚過敏な状態(中枢性感作に伴う痛み閾値の低下)および顕著な身体化、広範囲な痛みの訴えや圧痛は、中枢性 dysfunction を疑う代表的かつ理解しやすい所見です。

両dysfunction は良く共存し、その割合は、同じ人でも曝露される環境因子 (メカニカルおよび心的ストレスの状況)に依存します。つまり状況に依存し変化しうるという理論で腰痛を捉え患者に向き合うと、治療も予防も円滑に行きやすいと感じています。プライマリケアの現場では,運動器(脊椎)dysfunction が主因である場合が多いです。

非特異的腰痛の範疇である場合の患者説明としては,過度に痛みを恐れず,仕事を含めた普段の活動を維持するほうが、再発および慢性化の予防として優れるエビデンスがあることを強調しています。現状では,画像所見が非特異的腰痛の原因や予後判定にそれほど役立つことはないとするエビデンスがあるため、単に画像上の変性所見などを異常であるというニュアンスを患者に与えるのは望ましくありません。

Ⅱ–3.評価票を用いたリスク把握と定量化の意味

先に述べた代表的な所見、患者の発する一言や表情・しぐさ・姿勢などを見逃さないことが大切ですが、これらはあくまで主観的であるため、 客観的な事実とは異なる場合もあります。 信頼性・妥当性が検証された評価票を用いることで、客観的に評価を行うと、治療者間の評価結果の共有、アウトカムとしての使用が可能となります。

Ⅱ–4.評価票を用いたリスク把握・定量化の流れ

先ずは、Keele Subgrouping for Targeted Treatment(STarT)Back スクリーニングツール(SBST)を用いてスクリーニングを行います。この評価票は予後に関しlow、 medium、high riskのどれに該当するかに『層化』するツールです。

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high riskの場合は、通常のアプローチのみでは改善が難しく、 FAモデルに陥っている腰痛患者と層化されます。層化により初期の段階から認知行動的なアプローチを重点的に加える介入プロトコールのほうが医療経済学的評価も含め有益であることが、Lancet 誌に公表され世界に広まりました。4 点未満であっても、慢性腰痛に対し心理的アプローチを行ううえでのkeyの媒介要因である恐怖回避行動(質問5)、不安(質問6)、破局的思考(質問7)、うつ(質問8)の設問がYesであるか否かに留意します。Yes の場合、回避行動あるいは破局的思考などの更なる評価とこれらに対しての修正ができるようなマネジメントを念頭に置く必要があります。

次に、必要に応じて心理社会的な要因が腰痛にどれほど影響しているかを評価票を用いて調べます。

評価する場合の注意点ですが、初回から脈絡もなく質問票を使用しての評価は避けた方が良いです。自身の腰痛の原因は器質的な問題が存在していると思っている患者は、まさか自分の腰痛に心理社会的要因が関与しているとは考えてはいません。 

発症から有症期間による定義 (11)

そのような状況で質問票を使用すると、自分を精神的な病気だと思っているのかと猜疑心を抱き、マネジメントを進めていくなかでの信頼関係構築の妨げになることがあります。

先ずは、問診やSBSTなどを通して得られた情報をもとにコミュニケーションをとっていくなかで、心理的評価の必要性と、患者さんのご理解の状況を判断して実施しています。また、ご自身の施設で初めて使用される場合は、前もって担当医に評価内容の説明と承諾を得ましょう。

破局的思考pain catastrophizing scale(PCS)

不安感・抑うつhospital anxiety and depression score(HADS) 

恐怖回避行動・運動恐怖はTSK-J-11を用いて評価をしています。
心理社会的要因が少なかった場合、 通常通り機能的な問題点に着目し理学療法を行えばよいです。middle risk の場合、現状は専門的な心理的介入が必須ではないが、注意しながらの対応が必要です。影響が多い場合は「痛みを媒介としないコミュケーション」を意識していくことと、痛みと身体機能・活動量、ADLの評価を行い、 介入していきます。 

Ⅱ–5.痛みとADL、身体機能・活動量の評価

痛みとADLの障害の程度を把握するために、疼痛生活障害評価尺度(PDAS)を用います。

身体活動・機能を評価すると、患者が日常どの程度の運動量・運動レベルで生活しているのかを把握できると共に、目標設定や介入経過を客観的に評価できます。今回は、広い歩行スペースや時間を確保することが難しいクリニックでも使いやすい評価を紹介させて頂きます。

発症から有症期間による定義 (18)

運動量・運動レベルについての詳細は、下記の健康づくりのための身体活動基準 2013をご覧下さい。

慢性疼痛患者群は健常群より筋出力抑制が大きいことが報告されています。

発症から有症期間による定義 (19)

体重支持指数についての詳細は下の文献をご覧下さい。


Ⅲ.運動器dysfunctionの評価・運動療法

直腸膀胱障害や広範な神経症状などのRed flagsは医師の診断でチェックされますが、診断をすり抜けて理学療法の指示が出る場合や、診断から理学療法を行う間に病態が変化している可能性もゼロではないため、Red flagsを見逃さないことは非常に重要です。

臨床では、運動器dysfunctionを二つの要素に分けて評価・介入しています。
一つ目は腰部の安定性が低下して、腰椎の動きを適切に制御できなくなることにより、腰部の周囲組織に負担がかかるために腰痛が生じる要因『動きを制御することの障害』、二つめは脊柱の運動障害であり腰部周辺の『組織が硬くなって腰痛を引き起こす要因』です。

今回は『組織が硬くなって腰痛を引き起こす要因』ついては、腰部をテーマにした他記事で解説があると思いますので、割愛させて頂きます。

Ⅲ–1.なぜ慢性痛に運動療法が推奨されるのか?

生活機能・活動量の改善に対して運動療法を行うことの意義は理解しやすいと思います。

しかし、痛みに対しての運動療法の効用として注目すべき点は、運動には(exercise-induced hypoalgesia:EIH)内因性オピオイド(脳内麻薬)の分泌を増加させ、下行性疼痛抑制系の賦活にも寄与することであるとされています。継続的な運動習慣は、脳(中枢)機能の観点からも、痛みに強い体質作りに役立つと患者さんに説明しています。低強度の有酸素運動には、精神神経免疫学的にも優れ、骨格筋における PGC-1α の発現を介しての万病の元ともいえる身体の軽微な炎症を抑制する作用もあります。

このように運動療法は、疼痛が現れている局所・末梢のみならず脳(中枢)機能改善を含む全人的・包括的なアプローチとなりうる治療手段であることを意識して介入していきます。

腰痛診療ガイドライン2019では

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と記載されています。一方で、

2016 年に Cochrane Database SystRev に報告されたレビューでは、MCE は徒手療法や他の種類の運動療法と同様の効果があると示されていることから、MCE は有益な運動療法の 1 つであることが示唆されていること、米国内科学会の最新の腰痛ガイドラインでは、MCE が通常のエクササイズと独立して推奨される介入法として挙げらている。
赤坂清和・竹林庸雄:非特異的腰痛のリハビリテーションより引用

Motor control exercise (MCE)とは、ローカル筋の賦活・協調性の再構築に焦点を当て、最終的には日常生活動作においてローカル筋とグローバル筋を協調して働かせることで腰部の安定化を目指した運動療法です。

今回は腰部の安定性の評価とMCEについて解説していきます。

Ⅲ–2.腰部の安定化に必要な要素

仙腸関節の安定性:2つのシステム

発症から有症期間による定義 (26)

form closureとは、負荷がかかった時に起こる剪断力や移動力に対して、関節の構造・位置・形などが安定性を提供することを言います。

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過剰なまたは不十分なforce closureのシステムにより仙腸関節周囲組織に過剰に負担がかかる事で痛みを起こすこともある。

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腰部の安定性:3つのシステム

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Passive Subsystem:腰椎・靭帯・椎間関節・椎間関節関節包などの受動的組織がこのサブシステムにあたり、エラスティックゾーンの制御に最も寄与します。例えば、腰椎の最大伸展位においては、前縦靭帯・椎間板の前方部椎間関節にて制限されています。 これらの組織があることにより、動きを (強制的に) 止めることが可能となります。 これらのサブシステムに関与する組織は、固有受容性感覚の受容器としても作用し、後述するControl Subsystemに影響を与えています。

 脊柱の動きが起こり受動サブシステムに刺激が入ると、そこにある位置覚運動覚が作用し、その部分に負担がかからないようにActive subSystemが働き、動きを制御します。

Active Subsystem:働いているのは、下記のローカル筋群です。

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これらの筋群の特徴は、脊柱に直接付着しており、分節1つ1つの動きを制御することができる点です。その役割は、脊柱の分節の動きをニュートラルゾーンのなかで制御することです。 したがってローカル筋群の働きは受動サブシステム組織の負担を最小限にしていることになり、 腰部の組織に加わるメカニカルストレスを減少させます。急激な・大きな力などが必要とされたり、外力が加わる際はグローバル筋と相互的に作用して体幹全体の剛体化を図ります。

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Control Subsystem:Active subSystemとPassive Subsystemを使いこなすのがこのシステムであり、「適切な筋群を適切なタイミングで使用 (収縮) させる能力」です。 これにはγニューロンがかかわっており、筋紡錘の興奮を制御しているγニューロンを介すことで、ローカル筋群 (自動サブシステム) が適切に働くことができます。

これについての有名な研究がHodges らによる 

発症から有症期間による定義 (14)

 つまり腰痛患者は 「四肢の動きに伴い脊柱(腰部)の動きが適切に制御されていない」状態であると考えられます。

ニュートラルゾーンとエラスチックゾーン

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ニュートラルゾーンとは図のR1(赤矢印)の部分です。 屈曲・仲展ともに最大可動域のなかの中間部分をさしていますが、 この部分の間で屈曲・伸展などを行った場合、組織の負担は最小限といわれています。 その動きを制御しているのが、 脊柱に直接付着しているローカル筋群です。
エラスティックゾーンとは、図のR2 の部分を指します。 脊柱の運動で考えると、 脊柱の動きが伴うたびにエラスティックゾーンにまで動きが出てしまうような制御していると、組織に負担をかけ、組織の損傷、ひいては疼痛につながります。

Ⅲ–3.腰部の安定化の評価・運動療法の実際

今回紹介する運動は、安定性や運動・動作パターン異常の原因の一部を見つけ出す事が出来ます。質量中心・支持面、介助量を調整する事で弱化筋の活性化・段階的筋力強化や、異常な運動・動作パターンを修正する運動療法としても用いる事が出来ます。

発症から有症期間による定義 (27)
発症から有症期間による定義 (17)

運動のファーストステップである呼吸。人は平均、1分間に15~20回も呼吸しているといわれ、1日に換算すれば約3万回です。その呼吸が安静時にも呼吸補助筋を過剰に使っていれば、それらの筋の緊張が高まり、前方頭位等を代表する不良姿勢に陥りやすくなります。また、横隔膜が上手く機能せず、腹腔内圧(IAP)を高めることが難しくなり脊柱の安定性が低下するといった悪循環に至ります。

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呼吸の評価はまずは背臥位で行うことが多いです。臥位で問題がない場合は座位でも評価していますが、ほとんどの患者が座位では不良な呼吸パターンである事が多いです。呼吸のチェックとIAPの触診は、可能な範囲で今回紹介する全ての評価と運動療法で行っています。

矢状面での体幹の安定性(頭部挙上)
体幹を固定した状態での頭部のコントロールの評価です。
深部頸屈筋群の協調性の評価、運動療法として用いています。

矢状面での体幹安定性(背臥位上肢挙上)
体幹を固定した状態での上肢のコントロールの評価です。
正常では胸郭は肩関節屈曲120°まで動きません。120°以下で代償が見られる場合は肩甲上腕関節の可動域制限がないかも確認しましょう。

矢状面での体幹安定性(下肢挙上)
体幹を固定した状態での下肢のコントロールの評価です。
この運動が困難な場合は台やジムボールの利用して下肢挙上位保持を行います。

発症から有症期間による定義 (23)


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矢状面での体幹安定性(前腕支持腹臥位)
肩甲帯の安定化、腰椎を安定させた状態での胸椎伸展運動を行います。

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Active SLR
体幹を固定した状態での下肢の分離運動を行います。
応用として骨盤圧迫の有無、部位の違いによる運動の変化の違いを見ることも行っています。



moter controlテスト

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正常から逸脱した動きを、抑制するように指示をする事で動きを修正する事は、そのまま運動療法としても使う事が出来ます。

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陽性所見:①体幹中間位で保持出来る角度が50°未満②腰椎の過度な前後弯
正常パターンの動画

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陽性所見:①骨盤が後傾できない②胸椎が代償的に後弯する③腰椎が伸展してしまう
正常パターンの動画

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発症から有症期間による定義 (22)


発症から有症期間による定義 (16)

陽性所見:腰椎が屈曲する。

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陽性所見:股関節の動きに伴って腰椎が屈曲及び伸展(股関節屈曲していく際に腰椎屈曲、伸展していく際に腰椎伸展)する。
正常パターンの動画

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陽性所見:膝関節屈曲に伴って腰椎前弯・骨盤前傾・回旋が生じる。
陽性の場合には、主動作筋の弱化か拮抗筋の伸張性低下か判断するため、骨盤を中間位に固定して他動関節可動域も確認する。

Ⅳ.まとめ

今回は痛みの基礎知識、心理社会的問題の評価方法とマネジメントの考え方、慢性腰痛に対しての運動療法について解説しました。

痛みがなくなることを目標にせず、痛みがあっても可能な限り身体活動量・身体機能を維持・改善する事がマネジメントにおいて重要な事となります。

痛みが長引く要因の理解、心理社会的な問題も捉えたマネジメントには沢山の知識や多面的評価・介入が必要です。そのため、セラピストとしての役割をわきまえるだけではなく、他の医療職者がどのような役割を果たしているかについても知っておくべきであると考えています。施設全体で患者の情報を共有して、マネジメントの方向性を共有することも重要な事です。

今回ご紹介した内容が、皆様の臨床においてのヒントになれば幸いです。最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献
・書籍 非特異的腰痛のリハビリテーション
・書籍 慢性疼痛診療ハンドブック
・書籍 慢性痛のサイエンス
・書籍 痛みの集学的診療:痛みの教育コアカリキュラム
・書籍 非特異的腰痛の運動療法
・書籍 マッスルインバランス改善の為の機能的運動療法ガイドブック
・Ko Matsudaira,Tomoko :FujiiStratified approach for low back pain.PAIN RESEARCH 32 (2017) 256
・東京大学附属病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座:松平浩のインタビュー記事https://lbp4u.com/interview/


○ライター紹介

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個人Twitter:@Sho_Higu
運営団体Twitter:@N_Reha_Labo
運営団体HP:https://n-rehabilitation-labo.jimdofree.com/











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