ASC Vision Mentorship Programの経験

2023年の9月から2024年の8月まで、The American Society of Cinematographersが主催するメンターシップ制度に参加していました。
ASC Vision Mentorship Programと呼ばれるもので、プロの撮影監督としてのキャリアを追求する人々に向けて、経験豊富なASCメンバーとの個別メンタリングを通して次世代の撮影監督を育成することを目的としています。

ここでは、私のVision Mentorship Programの経験と、そこから得た学びを、撮影監督としての活動を目指す方に向けてシェアしたいと考えています。


実際に行われること

メンターシップ制度で実際に行われることは、以下の内容があります。

  • ASCに所属する1人のシネマトグラファーとペアになり1年間かけて行う毎週のメンタリング

  • ASCが開催するメンティー向けのイベントへの参加

  • ASCが開催する会員向けのイベントへの参加

  • ARRIとAbelCine主催のメンティーが参加する作品への資金・機材援助(撮影機材で500万円、グレーディング費用で150万円)

  • 世界中にいるメンターシップ制度の歴代の参加者とのクローズドなグループへの参加

選考プロセスについて

アメリカだけでなく世界中の多くの撮影監督たちが、毎年申請をしています。AFIを卒業し、ASC vision mentorship programに選ばれることがアメリカで活動する最初のキャリアパスになっているようです。

選考にあたり以下の資料を提出する必要があります。

  • CV

  • ポートフォリオ

  • 1つのシーンについて自らストーリーと撮影意図を解説する動画

  • アーティストステイトメント

毎年10-20名程度の人物が選ばれるようです。

ASC Vision Mentorship Programでの経験

Mark Irwinというカナダ出身のシネマトグラファーとマッチングし、1年間のメンタリングを行なっていただきました。
1970年代から長編映画での活動を始め167本の長編映画に撮影監督として参加しており、以下のような代表作があります。

  • ザ・フライ、スキャナーズ( 監督:David Cronenberg)

  • RoboCop 2(監督:Irvin Kershner)

  • スクリーム(監督:Wes Craven)

  • メリーに首ったけ、ダム&ダマー(監督:Farrelly brothers)

  • ロードトリップ、オールドスクール(監督:Todd Phillips)

小学生の頃、淀川長治さんの解説でザ・フライをみた記憶が強く残っていて、そんな映画を撮影したMarkと組めたことは幸運でした。

革新的な撮影技術を教えてもらう

Markは50年以上のキャリアを持ち、ありとあらゆるジャンルの映画をさまざまな場所で撮影しています。彼の持つ経験と機材や撮影技術の発展への深い理解をこの1年間で教えていただきました。

カナダからアメリカに移住した経験から、伝統的なハリウッドの撮影方法に加え、より効率的でより自由度の高い撮影方法を多く生み出していたことにも驚きました。自由度の高いカーマウントの方法、氷上での効率的なカメラの動かし方、ダンスシーンでの特殊なリグ、夜間の屋外でのpar canを使用した効率的なアンビエントの作り方、ジャングルでの効率的なレールの設置方法など、貴重な経験を教えていただきました。

長編映画の準備方法について学んだことも大きな収穫でした。プロジェクトに参加してから本番を迎えるまでの準備について、1週間づつに区切り詳細に教えていただきました。プロダクションで起こりうるミスコミュニケーションのケーススタディーや、問題を回避する方法など貴重なノウハウを学びました。

毎月のミーティングは平均3時間を超える長さになり、次から次へと質問に答えていただきました。それぞれの参加作品の思い出や、トラブルや、教訓を惜しげもなく共有してもらいました。

ひとつ残念だったのは、Markが参加したプロジェクトの多くが世界で配給されるにつれ、オリジナルのフィルムから複製が作られ、その複製から複製が生まれ、Markのコントロールができないところで大雑把にデジタル化されて、今私たちがオンライン上で見ることのできる映画になっていたことでした。オリジナルの色やコントラストはMarkが管理しているWEBサイトでスクリーンショットとして保存してあり、ストリーミングとは比べ物にならないクオリティーだったことでした。

心に残ったMarkの話

シネマトグラフィーにおける秘伝のタレのように、自分の特徴を出すために必ず使用するフィルターやレンズや収録メディア(デジタルかフィルムか)を語る人を時に見かけるが、それに対してMarkはどう考えるかといったような質問を私がしました。
Markは「ライナスの毛布」の逸話を引用し、多くの経験の浅いシネマトグラファーが陥りがちな罠について説明をしてくれました。それ自体に本質的な価値がないにも関わらず、あるものについてこだわることで安心感を得られる。不必要なこだわりを捨てて、不安の中で技術を磨いたり問題を解決することでしか成長できないということを教えていただきました。

撮影素材1つ1つへのフィードバック

今年の4月にロサンゼルスで短編映画の撮影を終え、ハリウッドに住むMarkを訪ねました。バックアップをとったSSDに入ったデータを見ながら1つ1つの撮影素材に対してフィードバックをもらうというとても貴重な経験をすることができました。
4時間モニターを見続けながら、カメラの動かし方、被写界深度の設定、照明比率、構図、ストーリーテリングに関する詳細なフィードバックをいただきました。
11年活動を続けてきましたが、この経験を経てまだまだ学ぶことが多くあることを教えていただきました。シネマトグラフィーの奥深さと楽しさに改めて気づきました。

まとめ

現在、正式なメンターシップ期間は終了したにも関わらず、Markには引き続きメンタリングを引き受けていただいています。技術的な教えだけではなく、困難な状況に陥ったときに励ましの言葉をいただけたり、成長のための道筋をアドバイスしていただけたりと、ASC Vision Mentorship Programを通じて技術指導以上の関係性を築くことができました。

プログラムのWEBサイトには、ASCの伝統として新進気鋭のアーティストを支援することを使命としているとあります。AFIやASCのプログラムによって、アメリカの映画業界の協力的なコミュニティーに育てていただいているという実感があります。日本から海外のリソースを活用して成長に繋げようとする方に向けて少しでも役立つ情報となり、受けた恩を繋いでいければと思います。

2025年度の募集は終了したようですが、来年度の応募を検討してみてはいかがでしょうか?


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