
午前3時。
東京の渋谷区富ヶ谷に引っ越して3カ月が経とうとしていた。渋谷生まれのひとから言わせると、生まれた時からここで生まれ育ってるから特に都会だとは思わないらしい。ぼくの住んでるアパートの管理人さんの息子が言ってた。ぼくから言わせてもらえば歩いて10分も経たずにスマホやテレビで何度も画面越しで見たことがある、あの渋谷があること自体が信じられなかったが、流石に三カ月もすると渋谷が日常と同化しすぎてて特に何も思わなくなってしまった。
それよりも風俗の求人の車が爆音で走り回ってることに対してのほうが違和感を持つようになった。上京したてのころは、最初はあれが何のために走ってるかもわからなかったが、同じバイト先のひととドン・キホーテに向かってる時に丁度あの下品なトラックが通りかかったので、あの車って何を宣伝してるの?と尋ねたら風俗の求人というのを教えて貰った。ぼくにはあれを見て何で女の子が働こうと思うのかが不思議だったが東京に一人も女友達がいないぼくには知る由もなかった。
いまは午前三時で16歳から吸い始めたアメリカンスピリットを肺に入れながら山手通りと井の頭通りが交差する付近で、佇みながらタバコを吸っていたら酔っぱらった何の悩みもなさそうな大学生風の男女の集団の声が聞こえてくる。それをかき消すように大型トラックの音が聞こえてきた。その様子を見て、日本経済というのは止まったら死ぬ心臓だということを自覚的にか無自覚的にかわからないが活動してるんだなと、ぼんやりとそんな考えが浮かんできた。
タバコを吸い終わったあとは、すこし罪悪感があったがその場に捨てることにした。本来なら持ち帰るべきなんだろうが、ぼくが吸い殻を持ち帰ったところで本当に環境にいいのかどうかなんて立証されてるかどうかもわからんし、よくわからんコメンテーターの言うことなんてあてにしても仕方ないという自分の怠惰さを心の中で正当化してまた幹線道路を眺めることにした。
別に道路を眺めていたいわけではない。たんに家にいてもなにも起こらないし夜勤のバイトをしているせいで夜眠れないだけだ。既に発売日のジャンプは立ち読みしたし、SNSを見ても虚しさしか積もらないので気を紛らわせるために外に出たが特に何も起こりそうにない。
それはそうだ、いくら大都会渋谷といえども、時間は午前三時だ。昼間のように大勢の忙しそうなひとが行き来してるわけでもなく、酔っ払いとトラック。あとは時折警察やタクシーが通るくらいだ。渋谷区だけでぼくの地元の10倍近くの人口が住んでるとはいえ、午前三時というのは、そういう時間だ。
東京に上京したばかりのころは生活に慣れるのに必死で、こういった寂しさやひとりで物思いに耽る時間はなかったが最近は週に一回はバイトも人に会う予定すらなく何の予定もない日の時間のつぶし方に困っている。ミュージシャンになりたくて東京に来たのはいいが一回だけライブに出て以来、それ以外は活動していないに等しい。
ぼくは一体何しに東京に来たんだろうかって気持ちだけが日に日に大きくなっていくが、曲作りに気持ちがむかない。なぜかといえば、曲がどうこうよりもメンバーは大学に行ってるが、ぼくはフリーターだし住んでるところが遠いのである。高校時代はいつも一緒にいたからわからなかったが、人とスケジュールを合わせるというのは、本当に難しいと気づいた。
あと、それ以上に気持ちを合わせるのはもっと難しいのも気づいた。曲を作ったところで、無駄になるんじゃないかって気持ちと、プロ志向でない友人に見せて自分の曲がダメだしされて友人を許せるかどうかわからないという気持ちが湧いたりして作らないでいたが、これはたんなる言い訳だ。
ぼくは音楽で生活したい。でも、現実は厳しい。ファンを作るどころかバンドメンバーの気持ちすら、ぼくに向けれないぼくに本当にプロのミュージシャンになれるのだろうかという気持ちになっているし、そもそもオリジナルと呼べる曲が作れない。ぼくが作る曲すべてが何かのコピーに感じる。
ぼくは何でミュージシャンになりたくて、何で上京してきたのかって考えたり、地元にいたころの写真を見返していたら朝日がでてきた。その朝日はぼくの気持ちとはまったく関係なく煌めいていた。ぼくはそれを見て自然や太陽のように、自分の感情や周りの気持ちに振り回されずに動き続けるにはどうしたらいいんだろうという思いにかられた。
そんなことを考えたりスマホを弄ってたら腹が減ってきたのでバイト先から持ち帰った廃棄を食べに狭いアパートに帰った。帰りながらまた考え始めた。ぼくには、人を動かせることができない。ただ自分の気持ちだけはいくらでも自由に操作できるのに現実は変わらず、むかしの自分が打ち立てた目標を叶えてやるという思いだけが前に進んでるような気がした。どうやったら朝日のように周りに左右されず淡々と周りに影響を受けず、世の中に影響を与えることができるんだろう?と考えていたら、そうだ。いまこの思いを曲にすればいいんだとおもい、午前三時という曲をつくってみることにした。