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最新刊 『芸能の力学』 森尻純夫・著
森尻 純夫 著
『芸能の力学』
The Dynamic Power of Performing Art
山と水と、そして、芸能の力 早池峰神楽研究
早池峰神楽(はやちねかぐら)。岩手県花巻市大迫町(おおはさまちょう)の岳(たけ)、大償(おおつぐない)の2つの地区に500年以上にわたって伝承されてきた「芸能」の総称として、早池峰神楽は知られている。
この芸能を半世紀かけて調査・研究してきた著者が、芸能の持つ「力学」の様態を余すことなくまとめた渾身の一冊。
神楽の愛好家、研究者だけではなく、日本の中世からつづく「伝統芸能」全般に関心を持つ一般の読者にも届けたい1冊だ。
日本の歴史のなかで「東北」という文化圏が持つ文化的背景を、神話、歴史、宗教など多面的な角度から読み解いていく著者の手法は、民俗芸能の先行研究はもちろんのこと、隣接した歴史学、宗教学などの研究分野の成果も取り入れつつ、より立体的に「早池峰神楽」の実像に迫っている。
また、自ら演劇人でもある著者の神楽びとたちへの眼差しは、この芸能の持つ魅力の在処を、まざまざと読者に示してくれる。
山伏神楽とも呼称され、中世の神仏習合のなかで生まれ、育まれた芸能が、明治政府による神仏分離政策や国家神道化がもたらした影響にも言及したうえで、現在の、そして未来における「芸能」のあり方をも示唆するダイナミックな筆致となっている。
神道が整備される以前のアニミズム的な山岳信仰を精神的な源泉として、芸能が地域に根付き、継承された500年以上にわたって継承されてきた早池峰神楽。しかも、同じ地域に2つの独立した拠点があり、それぞれが切磋琢磨しながら、それぞれの弟子座、孫弟子座が構成されていく数百年の物語を、「芸能の力学」という視点で描ききっている。
〈本文より〉
早池峰山頂(一九一七メートル)の一滴は、やがて山麓に至ると、せせらぎになり、川になる。せせらぎには、精霊であり神格化された「セオリツヒメ(瀬織津姫)」がいる。
岩手県のほぼ中央部、北上山系に聳える“山”と山地から発せられる“川”には、遠く古代からの歴史的文脈がある。そして伝説的伝承ばかりではなく、現世への恩恵と利益も厳然として存在している。
早池峰神楽の流通地方の人びとは、自らの生態系と「ヤマの神話と現世」をしたたかに重ねながら、生きるための「利益」を求めてきたのだ。神楽びとたちは、このような地域の要請に逞しく応じてきた。「現世の利益」を眼前させ、手に取れるような現実を与えてきたのである。
昭和の半ば頃まで、早池峰神楽は、寒冷地である東北地域に秋が深まる季節から、年を越えて旧正月の農閑期、春の遅い北国にようやくその訪れの気配を感じる時節の村落を巡り歩いた。
なによりも村落の人びとは、烈しく響く太鼓に魅せられ、玄関土間に侵入した黒い獅子が舞う「権現舞」を迎える。さらには、機会を得て神楽座の一行を家内に招き入れ、徹宵、「山の神」や「翁」、「三番叟」などの舞に、心躍らせ、ときめくのだ。近隣と縁戚の人びとが、土間はおろか庭先にまで寄り集って味わうのだ。
通常は、戸口を這入った土間で獅子の舞い「権現舞」をおこなう。地域の神社や宿に招かれる上演の際も、演奏はおなじ編成で、地域は旅する彼らの来訪を、村中に鳴り響く楽の音によって、知ることになる。いまだ冬寒に籠る村落は、けたたましい演奏に覚醒させられるのだ。
旅する芸能集団と受け入れる地域の人びとには、観る者と演ずる者の抜きがたい関係が成立している。その緊縛は、現代に至っても変わることなく歴史を育んでいる。
目次
はじめに
(1)山頂の一滴、涸れない泉
(2)黒い獅子頭
(3)早池峰神楽、「親座」と「弟子座」
(4)生態系と“ヤマ”の神話
[ノート1]権現と本地垂迹思想
第1章 早池峰信仰と現世利益
すべては大化の改新からはじまった
1 早池峰開山、伝承と歴史
(1)奈良朝から京・平安へ
(2)“蝦夷”たち拓いた歴史
(3)坂上田村麻呂伝説
(4)『遠野物語』の登場
(5)『遠野物語』と『郷土研究』
2 端山、葉山、麓山、羽山、ハヤマ……里山への崇敬
(1)死と再生
(2)子どもに託す未来
(3)山岳信仰から出羽三山へ
(4)半島の漁村、唐桑と葉山
(5)“ヤマ”と“資本主義”
(6)稲作と“百姓(ひゃくせい)”
3 インド僧法道と播磨清水寺
(1)インド僧法道仙人
(2)飛び鉢の法
[ノート2]猟師と降臨する女神たち……遠野に伝わる早池峰開山の伝承譚
4 遠野早池峰妙泉寺の成立と始閣一族
(1)蛇、「螭」と三姉妹神
(2)始閣藤蔵、三つの顔……開山、“遠野”からの視覚
(3)伊豆山権現、そして早池峰
(4)役の小角
(5)山岳信仰者としての役の小角
(6)インド、中国、日本への伝播
(7)現代の伊豆山権現神社
5 山の信仰と人間の生態
(1)“大同”という神話と始閣一族
(2)“大同”拾遺
(3)”ヤマ”の信仰から修験道へ
(4)近世の修験道
6 先行研究と時代背景
(1)「民俗芸術の会」設立
(2)「南部神楽」から「早池峰」へ
(3)“神楽”の持つ相互侵犯性
(4)私年号“大同”の横行
7 早池峰への道
(1)早池峰を囲む群山
(2)山と水、里のせせらぎ
(3)やがて海への大河
第2章 “ヤマ”信仰が生みだすもの
1 中・近世期の湧水と”ヤマ”信仰
[ノート3]各地の清水寺
2 背景としての歴史
(1)変貌する「社会」
(2)あたらしい仏教“禅”の出現と文化
(3)時は、応仁、“戦国”騒乱の時節……花巻清水寺
[ノート4]東北の列藩・伊達、佐竹・久保田、庄内・米沢、そして南部
(4)伊達氏とその藩
(5)佐竹氏・久保田氏と秋田藩
(6)庄内藩・米沢藩・南部藩
(7)東北列藩の中・近世
3 地域からの発信
(1)弟子座からの発現
(2)“大償”から『神楽とともに』
(3)五拍子、七拍子
(4)ネギは禰宜? 葱?
(5)大本家・大償神社別当家に伝わる文書
4 高度アニミズムと精霊セオリツヒメ
(1)祭神はセオリツヒメ
(2)地域伝承神話と現世利益
(3)神道と神仏習合
5 早池峰神楽の二流と神道
(1)大償、岳早池峰と田中神社
(2)伝説と伝承
(3)京都・山蔭神社と吉田神社
(4)江戸時代を縦断するふたりの存在
(5)水戸学から戊辰戦争へ
第3章 早池峰神楽、その上演
1 旅する芸能
(1) 道行く者たちの太鼓の響き
(2) 旅と芸能
[ノート5]“道”と呼ばれる“領域”
(3)宿神楽
2 神楽の上演と様式
(1)舞台・幕
[ノート6]歌舞劇ヤクシャガーナとその舞台
(2)演奏楽器
(3)装束
(4)面とトリモノ“小道具”
(5)登退場と演出
(6)謡(うた・沙門・シャモン、サモン)と科白
3 “ヤマ”そして「獅子」と「権現」
(1)「権現舞」
(2) 時代を生きる文脈
(3) 早池峰神楽・双分組織としての二流
4 演目とその種別
(1)式舞(式六番)
(2)式六番の成立とその「世界観」
(3)裏式六番
(4)神舞
(5)表神舞
(6)裏神舞
(7)座舞
(8)「舞」の種別、その異論
第4章 「旅」と弟子座・孫弟子座
1 岳系と大償系
大償流派の江戸、明治、そして昭和期
2 胡四王山
(1)景行天皇
[ノート7]「胡」伝承
3 三姉妹伝説
羽山神社」
4 岳系・石鳩岡神楽
石鳩岡神楽座のなりたち
5 その他の岳系神楽座
6 大償系神楽座
7 街道沿いの座、土沢神楽
8 孫弟子座・鴨沢神楽
9 “歴史”に翻弄されない大償・岳系神楽座
10 独自な方向性を維持し続ける円万寺、八木巻神楽座
(1)円万寺神楽
(2)八木巻神楽
[付録1]「早池峰神楽」から南インド「歌舞劇ヤクシャガーナ」「慿霊儀礼芸能ブータ」に至る
[付録2]民俗“芸能研究”の発見──“民俗芸能研究”とはなにか、を問う
むすびに代えて、先行研究を問う
森尻純夫(もりじり・すみお)
1941年東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科を中退後、1971年劇集団「流星舎」設立。1973年早稲田銅鑼魔(どらま)館を設立、2009年まで館長をつとめる。1986年から1992年まで、民俗芸能学会理事。1994年インド・カルナータカ州カンナダ大学客員教授に就任。1996年より同州マンガロール大学客員教授に就任。2001年から2023年まで東京財団研究員として、現代インドの政治、経済、外交戦略、文化の情報を発信した。現在、早稲田大学演劇博物館招聘研究員。
主な著書に『銀座カフェ・ド・ランブル物語─珈琲の文化史』(TBSブリタニカ)、『これからはインド、という時代』(日下公人と共著 ワック)、『歌舞劇ヤクシャガーナ』(而立書房)、『インド、大国化への道。』(而立書房)、『越境する女神 インド・南カルナータカの憑依霊儀礼ブータと神女シリの饗宴』(せりか書房)など。
ISBNコード 978-4-910260-06-8 C0039
発売日 2025/2/20
本体 2,500円+税10%
判型 A5/頁数 296p/縦 210mm/横 148mm/厚み 23mm/重量 444g