じかんはながれるけれど、ずっとあるもの。
「あるところに、いっぽんの木がありました。」
少年と木と、約60年。のえほん。
原題”The Giving Tree"。訳は”与える木”。
木はあれもこれも少年に与えつづます。世間一般的に欲深くなっていく少年に怒りや悲しさをおぼえ、木がかわいそうに思います。
「木はしあわせでした。」
そんな言葉に涙がでるくらい感動しました。
こどものときに読んだそれとは、見方や感じ方はぜんぜんちがうくて。
コーヒーや天ぷらみたいに、こどものときにはわからない味がおとなになってわかるように。こどもじゃなくっておとなに読んでほしいと思った。
このものがたりに感じることもいろいろひとそれぞれ
・・・あなたはこの少年に似ているかもしれません。それともひょっとして、両方に似ているかもしれません。あなたがこの物語の中に何を感じるかは、あなたの自由です。それをあえて言葉にする必要もありません。そのために物語というものがあるのです。物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。・・・ (村上春樹/訳者あとがきより)
ずっといえに置いてなんどもなんども読み返すべき。
「でもじかんがながれます。」
おおきな木 1964 シェルシルヴァスタイン
では、また。
nakabayashi