【300字小説】 待合室
早朝の待合室には競馬新聞を広げた男が座っていた。対角線上に腰を下ろす。
扉の上の時計を見る。指定された列車の時刻まで14分。分針が音を立てるたびトレンチコートの右ポケットに手を入れてしまう。指先が金属に触れると安心と恐怖が入り混じる。
春の日差しが窓ガラスから差し込み、埃が浮かぶ。車両に入った後の場面を頭の中で再生する。
背広を着た男が待合室の外に立つ。すり減った踵と安っぽいネクタイを見て、身構えた体の力を抜く。
最後の分針が進み、立ち上がった瞬間だった。
「警察だ」
背広男が扉を開けるのと競馬男が立ち上がるのは同時だった。
右手でバッグを持ってしまっていた。視界の端に列車が滑り込んでくるのが見えた。